導師導古典を学びたいすべての人に

うひ山ぶみ / 注[ル]御世々々の宣命には

すべて宣命にはかぎらず、何事にもせよ、からめきたるすぢをはなれて、皇國の上代めきたるすぢの事や詞は、いづれの書にあるをも、殊に心をとどめて見るべし、古ヘをしる助ケとなること也、釋日本紀、此書は後の物にて、說もすべてをさなけれども、今の世には傳はらぬ古書どもを、これかれと引出たる中に、いとめづらかに、たふときことどもの有也、諸國の風土記なども、みな今は傳はらざるに、此書と仙覺が萬葉の抄とに、引出たる所々のみぞ、世にのこれる、これ殊に古學の用なり、又むかしの私記どもも、皆亡ぬるを、此釋には、多く其說をあげたり、私記の說も、すべてをさなけれども、古き故に、さすがに取ルべき事もまゝある也、さて六國史をはじめて、こゝに擧たる書共いづれも、板本も寫本も、誤字脱文等多ければ、古本を得て、校正すべし、されど古本は、たやすく得がたきものなれば、まづ人の校正したる本を、求め借りてなりとも、つぎつぎ直すべき也、さて又ついでにいはむ、今の世は、古ヘをたふとみ好む人おほくなりぬるにつきては、

新字:すべて宣命にはかぎらず、何事にもせよ、からめきたるすぢをはなれて、皇国の上代めきたるすぢの事や詞は、いづれの書にあるをも、殊に心をとどめて見るべし、古ヘをしる助ケとなること也、釈日本紀、此書は後の物にて、説もすべてをさなけれども、今の世には伝はらぬ古書どもを、これかれと引出たる中に、いとめづらかに、たふときことどもの有也、諸国の風土記なども、みな今は伝はらざるに、此書と仙覚が万葉の抄とに、引出たる所々のみぞ、世にのこれる、これ殊に古学の用なり、又むかしの私記どもも、皆亡ぬるを、此釈には、多く其説をあげたり、私記の説も、すべてをさなけれども、古き故に、さすがに取ルべき事もまゝある也、さて六国史をはじめて、こゝに挙たる書共いづれも、板本も写本も、誤字脱文等多ければ、古本を得て、校正すべし、されど古本は、たやすく得がたきものなれば、まづ人の校正したる本を、求め借りてなりとも、つぎつぎ直すべき也、さて又ついでにいはむ、今の世は、古ヘをたふとみ好む人おほくなりぬるにつきては、

書き下し

すべて宣命にはかぎらず、何事にもせよ、からめきたるすぢをはなれて、皇国の上代めきたるすぢの事や詞は、いづれの書にあるをも、殊に心をとどめて見るべし、古ヘをしる助ケとなること也、釈日本紀、此書は後の物にて、説もすべてをさなけれども、今の世には伝はらぬ古書どもを、これかれと引出たる中に、いとめづらかに、たふときことどもの有也、諸国の風土記なども、みな今は伝はらざるに、此書と仙覚が万葉の抄とに、引出たる所々のみぞ、世にのこれる、これ殊に古学の用なり、又むかしの私記どもも、皆亡ぬるを、此釈には、多く其説をあげたり、私記の説も、すべてをさなけれども、古き故に、さすがに取ルべき事もまゝある也、さて六国史をはじめて、こゝに挙たる書共いづれも、板本も写本も、誤字脱文等多ければ、古本を得て、校正すべし、されど古本は、たやすく得がたきものなれば、まづ人の校正したる本を、求め借りてなりとも、つぎつぎ直すべき也、さて又ついでにいはむ、今の世は、古ヘをたふとみ好む人おほくなりぬるにつきては、

現代語訳

総じて宣命に限らず、何事であれ、中国めいた筋を離れて、皇国の上代らしい筋の事や言葉は、どの書にあるものでも、ことに心を留めて見るべきである。古代を知る助けとなることである。『釈日本紀』について。この書は後の物であって、説もすべて幼いけれども、今の世には伝わらない古書どもをあれこれ引き出した中に、たいへん珍しく尊いことどもがあるのである。諸国の風土記なども、みな今は伝わらないのに、この書と仙覚の『万葉集』の抄とに引き出した所々だけが世に残っている。これはことに古学の役に立つ。また昔の私記どもも皆失われたが、この『釈日本紀』には多くその説を挙げている。私記の説もすべて幼いけれども、古いので、さすがに取るべき事もまま有るのである。さて六国史をはじめとして、ここに挙げた書どもはいずれも、版本も写本も誤字や脱文などが多いので、古本を得て校正すべきである。しかし古本はたやすく得がたいものなので、まず人の校正した本を求め、借りてでも、順々に直すべきである。さてまた、ついでに言おう。今の世は古代を尊び好む人が多くなったのにつれて、

解説

注[ル]の結びは、宣命に限らず、中国めいた筋を離れた上代らしい言葉や事柄は、どの書にあっても心を留めて見よという教えである。続く注[ヲ]は『釈日本紀』を取り上げる。鎌倉時代に卜部兼方が著したこの注釈書は、説そのものは幼いが、今は失われた古書を多く引いている。諸国の風土記の逸文は、この書と仙覚の万葉集の注釈に引かれたものだけが残るという。説の良し悪しと、資料としての価値を分けて評価しているのである。さらに、版本も写本も誤字脱文が多いので、古本を得て校正せよ、得がたければ人の校正本を借りてでも直せと説く。本文そのものを疑い、整えることが学問の土台だという考えである。読んでいる本の本文が正しいかを、確かめたことがあるだろうか。

この章句が説くこと

釈日本紀風土記校正古学古本

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る