玉勝間 / 九の巻 対馬の式社
大島ノ神社は、仁位ノ郷仁位村に有り、神階從五位下、今は和多都美神社と申す。波良波ノ神社は、同郷同村に有り、神階從五位下、今は軍殿と申す。上件十六社は、上ッ縣ノ郡なり。然るに、三根佐護伊奈などの郷みな和名抄には、下ッ縣ノ郡に有り。又仁位ノ郷は、和名抄には見えざれども、是れも古、は上縣郡なりしを、今は下縣ノ郡なりと云へり。高御魂神社は、豆酸郷豆酸村に有り、神階從四位上。銀山上ノ神社は、佐須郷久根村に在リ、神階從五位下、今は五所大明神と申す。雷命神社は、同郷阿連村に有り、神階從五位下、今は八龍殿と申す。和多都美ノ神社は、國府に有り、神階正四位上、今は八幡宮と申す。多久頭魂神社は、豆酸ノ郷豆酘村に有り、神階從四位上、攸記宮とも申す。太祝詞ノ神社は、與良ノ郷加志村に有り、神階從四位上、今は加志大明神と申す。阿麻氏留神社は、同郷小船越村にあり、神階從五位下、今は照日權現と申す。住吉ノ神社は、同郷鷄知村に在リ、神階從四位上。和多都美ノ神社は、住吉と同社なり、神階從五位上。平ノ神社は、國府八幡宮の西の側ヲに有り、神階正四位上、今は脇ノ宮と申す。敷島ノ神社は、與良ノ郷加志村に有り、神階從五位上。
新字:大島ノ神社は、仁位ノ郷仁位村に有り、神階従五位下、今は和多都美神社と申す。波良波ノ神社は、同郷同村に有り、神階従五位下、今は軍殿と申す。上件十六社は、上ッ県ノ郡なり。然るに、三根佐護伊奈などの郷みな和名抄には、下ッ県ノ郡に有り。又仁位ノ郷は、和名抄には見えざれども、是れも古、は上県郡なりしを、今は下県ノ郡なりと云へり。高御魂神社は、豆酸郷豆酸村に有り、神階従四位上。銀山上ノ神社は、佐須郷久根村に在リ、神階従五位下、今は五所大明神と申す。雷命神社は、同郷阿連村に有り、神階従五位下、今は八竜殿と申す。和多都美ノ神社は、国府に有り、神階正四位上、今は八幡宮と申す。多久頭魂神社は、豆酸ノ郷豆酘村に有り、神階従四位上、攸記宮とも申す。太祝詞ノ神社は、与良ノ郷加志村に有り、神階従四位上、今は加志大明神と申す。阿麻氏留神社は、同郷小船越村にあり、神階従五位下、今は照日権現と申す。住吉ノ神社は、同郷鶏知村に在リ、神階従四位上。和多都美ノ神社は、住吉と同社なり、神階従五位上。平ノ神社は、国府八幡宮の西の側ヲに有り、神階正四位上、今は脇ノ宮と申す。敷島ノ神社は、与良ノ郷加志村に有り、神階従五位上。
書き下し
大島の神社は、仁位の郷仁位村に有り、神階従五位下、今は和多都美神社と申す。波良波の神社は、同郷同村に有り、神階従五位下、今は軍殿と申す。上の件十六社は、上つ県の郡なり。然るに、三根・佐護・伊奈などの郷みな和名抄には、下つ県の郡に有り。又仁位の郷は、和名抄には見えざれども、これも古えは上県郡なりしを、今は下県の郡なりと云えり。高御魂神社は、豆酸郷豆酸村に有り、神階従四位上。銀山上の神社は、佐須郷久根村に在り、神階従五位下、今は五所大明神と申す。雷命神社は、同郷阿連村に有り、神階従五位下、今は八龍殿と申す。和多都美の神社は、国府に有り、神階正四位上、今は八幡宮と申す。多久頭魂神社は、豆酸の郷豆酘村に有り、神階従四位上、攸記宮とも申す。太祝詞の神社は、与良の郷加志村に有り、神階従四位上、今は加志大明神と申す。阿麻氐留神社は、同郷小船越村にあり、神階従五位下、今は照日権現と申す。住吉の神社は、同郷鶏知村に在り、神階従四位上。和多都美の神社は、住吉と同社なり、神階従五位上。平の神社は、国府八幡宮の西の側らに有り、神階正四位上、今は脇の宮と申す。敷島の神社は、与良の郷加志村に有り、神階従五位上。
現代語訳
大島神社は仁位郷の仁位村にあり、神階は従五位下、今は和多都美神社と申す。波良波神社は同じ郷の同じ村にあり、神階は従五位下、今は軍殿と申す。以上の十六社は上県郡である。ところが三根・佐護・伊奈などの郷は、みな『和名抄』では下県郡にある。また仁位郷は『和名抄』には見えないが、これも昔は上県郡であったのを、今は下県郡だと言っている。高御魂神社は豆酸郷の豆酸村にあり、神階は従四位上。銀山上神社は佐須郷の久根村にあり、神階は従五位下、今は五所大明神と申す。雷命神社は同じ郷の阿連村にあり、神階は従五位下、今は八龍殿と申す。和多都美神社は国府にあり、神階は正四位上、今は八幡宮と申す。多久頭魂神社は豆酸郷の豆酘村にあり、神階は従四位上、攸記宮とも申す。太祝詞神社は与良郷の加志村にあり、神階は従四位上、今は加志大明神と申す。阿麻氐留神社は同じ郷の小船越村にあり、神階は従五位下、今は照日権現と申す。住吉神社は同じ郷の鶏知村にあり、神階は従四位上。和多都美神社は住吉と同じ社である、神階は従五位上。平神社は国府の八幡宮の西のそばにあり、神階は正四位上、今は脇の宮と申す。敷島神社は与良郷の加志村にあり、神階は従五位上。
解説
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社和多都美の神社は、三根の郷木坂村に在り。神階従四位上、今は八幡本宮と申す。島大国魂の神社は、豊崎の郷豊村にあり、神階正五位下、今は島の首神の社と申す。能理刀の神社は、同郷西泊村に有り、神階従五位下。天の諸羽の命の神社は、佐護の郷恵古村に有り、神階従五位上。天神多久頭多麻の神社は、同郷湊村に在り、神階従五位上、又主基社とも申す。宇努刀の神社は、古えは三根の郷佐賀に在り、今は国府八幡宮の境内に有りて、祇園の社と申す、神階従五位上。小枚宿禰の命の神社は、三根の郷三根村に有り、神階従五位上、今は座王権現と申す。那須加美乃金子の神社は、伊奈の郷三根の郷の堺にて、南は三根の郷志多賀村、北は伊奈の郷小鹿村なり。今は那祖師大明神と申す、神階従五位上。伊奈久比神社は伊奈郷伊奈村に有り、神階従五位上。行相神社は、佐護・伊奈二郷の堺に有り、神階従五位上。和多都美御子の神社は、仁位郷仁位村に在り、神階正五位上、今は天神と申す。胡禄神社は、伊奈の郷琴村に有り、神階従四位下、今は琴崎の社と申す。胡禄御子神社は同郷同村に有り、神階従四位下、今は郷崎の社と申す。島大国魂御子神社は、佐護の郷佐須奈村に有り、神階正五位下。
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社都都智の神社は、佐須の郷久根村にあり、神階従五位下、今は矢立神山と申す。銀山の神社は、同郷樫根村に有り、神階従五位下、今は六所大明神と申す。上の件十三社は、下つ県の郡なり。然るに豆酸の郷、和名抄に上つ県の郡に有り、佐須の郷・与良の郷は、同抄に見えざれども、賀志郷・鶏知の郷ありて、これ又ともに上つ県の郡に見えたり。然れば式と和名抄と、郡の上下あいかわれり。今も和名抄のごとくにて、初めの十六社は、みな下つ県、後の十三社は、みな上の県の郡なり、とぞ。いつの世に、いかなる由にて、さはかわりぬらむ。さて右の神社どもの中に、多久頭多麻の神社、式には、下なる多の字無し。又多久頭魂の神社、式には魂の字無し。郷名のうちの、豆酸の酸の字、めづらしければ、もし酸を誤れるにはあらざるかと思いしに、字書を見れば、酸の字音頭なり。この郷を、朝鮮国の海東諸国記と云う物には、豆豆郡としるせり。さてこの対馬の式社の事も、小篠の御野が、彼の島にあい知れる人の有るが許に、問いにやりしに、書きつけておこせしとて、ここにも書きつけて見せにおこせたりしを、しるせるなり。
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社そもそも式社は、国のやむことなき神たちなるに、いずれの国も、今の世には、定かならざるが多く、絶え給えるさえ多きは、万よりも憂わしきわざなるを、さる片ほとりの島国にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐すことは、いとも珍らしく、有りがたく覚ゆるままに、殊にかくしるせるなり。思うにかの島などは、遥かに海中に、離れたる所なれば、かえりて国の乱れさわぎたりし世なども、おさおさ有らざりけむゆえに、古えのさまの、いたくは変わらぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有りける。
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『玉勝間』七の巻 神社の祭る神を知らまほしくする事古き神社どもにはいかなる神を祭れるにか、知られぬぞ多かる。神名帳にも、すべてまつれる神の御名は、しるされず、ただその社号のみを挙げられたり。出雲風土記の、神社をしるせるようも、同じ事なり。社号すなわちその神の御名なれば、さも有るべき事にて、古はさしも祭る神をば、しいては知らでも有りけむ。然るを後の世には、必ず祭る神を知らでは、有るまじき事のごと心得て、知られぬをも、しいて知らむとするから、万ずにもとめて、或いは社号につきて、神代のふみに、いささかも似よれる神の名あれば、おしあてにその神と定めたるたぐい多ければ、その社に伝えたる説も、信じがたきぞ多かる。そもそも神は、八百万の神など申して、天にも地にも、その数限り無くおわします事なれば、天の下の社々には、その中のいずれの神を祭れるも、知るべからぬぞ多かるべき。神代紀などに出でたる神は、その千万の中の一つにもたらざんめるを、必ずその中にて、その神と定めむとするは、八百万の神の御名は、神代紀に、ことごとく出でたりと思うにや。古書に御名の出でざる神の多かる事を、思いわきまえざるは、いかにぞや。
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『秘本玉くしげ』下 式内社への参詣今時惣体大名の領内の神を祭り玉ふさまは、ただ戦国の比の風にて、おろそかなる事也。今の世国家の繁昌、諸大名の盛大なる勢に応じては、神社はいかほど興立し玉ひても宜しき事なるに、神国の実にも似ず、神社の衰へたる事は、かへすがへす歎かはしきこと也。そもそも神を敬ひ祭る事は、たれもよく知りたる事にはあれども、まことの道の根本の子細をしらざる故に、世人の思ふところは猶甚おろそか也。別巻に其子細は委しく申せり。今かくめでたき治平の御代久しくつづけるに付ては、大名方はいよいよ領内領内の神社を興立し厚く祭り玉ひ、殊に式内の社などは、御自身もおりおり御参詣あるべき御事也。殊に又、尾張に熱田大神、紀の国に日前国懸の両大神、出雲に杵築大国主大神などの類、其外もかやうの殊なる由緒まします大社は、なほさら其領主領主の大切に厚く敬祭し玉ふべき御事也。
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『玉勝間』十四の巻 神社の位階の事同じく天武天皇の御巻に、軍政既に訖りて、将軍等、この三神の教言を挙げて、これを奏す。即ち勅して三神の品を登げ進めて以て祠るとみえたる。品とは、位階を云えるか。もし然らばこれ、神社に位を授け奉り給うことの、物に見えたる始めと云うべし。されどこれは、必ずしも位階にはあらで、ただその社の班列をあげ給えるにも有るべし。三神の教言の事は、件の文の上に出でたり。
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