導師導古典を学びたいすべての人に

玉勝間 / 九の巻 妹背山

そは萬葉三の卷に、「かけまくほしき妹の名を、此せの山にかけばいかに有らむ、又「このせの山を妹とはよばじ、など、兄の山と云ふ名につきて、妹と云ふ事をも詠めれば、又妹山と云ふことをも、まうけて、歌のふしとせるなるべし。されば背の山の事は、たしかに詠めれど、妹山の事とては、さして詠める歌見えず。唯だ妹とせの山、いもせの山、或は妹の山せの山越えて、などのみ詠める、皆兄の山につきての詞のあやに、妹山とも云へるごと聞えて、兄の山を云はずして、唯だ妹の山をのみ詠めるは無し。七の卷に、「木道にこそ妹山有といへと、唯だ一つ詠めるも、唯だ歌に此名あるによりての事なるべし。又七の卷に、「せの山にただに向へる妹の山、ことゆるせやもうち橋わたす、と云ふ歌も、兄ノ山を越ゆる時に、谷川などに、かりそめなる橋を渡せる所を見て、そのあたりにならべる山を、かりに妹山として、かくは詠めるなるべし。かの紀路にこそと云へる歌の末、二上山も妹こそ有りけれ、と詠めるも、二上山に、まことに妹と云ふが有るには有らねど、峰二つ有るによりて、設けてさは詠みつるなれば、紀の國なるも兄の山と云ふ名につきて、さも云ふべき事なり。

新字:そは万葉三の巻に、「かけまくほしき妹の名を、此せの山にかけばいかに有らむ、又「このせの山を妹とはよばじ、など、兄の山と云ふ名につきて、妹と云ふ事をも詠めれば、又妹山と云ふことをも、まうけて、歌のふしとせるなるべし。されば背の山の事は、たしかに詠めれど、妹山の事とては、さして詠める歌見えず。唯だ妹とせの山、いもせの山、或は妹の山せの山越えて、などのみ詠める、皆兄の山につきての詞のあやに、妹山とも云へるごと聞えて、兄の山を云はずして、唯だ妹の山をのみ詠めるは無し。七の巻に、「木道にこそ妹山有といへと、唯だ一つ詠めるも、唯だ歌に此名あるによりての事なるべし。又七の巻に、「せの山にただに向へる妹の山、ことゆるせやもうち橋わたす、と云ふ歌も、兄ノ山を越ゆる時に、谷川などに、かりそめなる橋を渡せる所を見て、そのあたりにならべる山を、かりに妹山として、かくは詠めるなるべし。かの紀路にこそと云へる歌の末、二上山も妹こそ有りけれ、と詠めるも、二上山に、まことに妹と云ふが有るには有らねど、峰二つ有るによりて、設けてさは詠みつるなれば、紀の国なるも兄の山と云ふ名につきて、さも云ふべき事なり。

書き下し

そは万葉三の巻に、かけまくほしき妹の名を、このせの山にかけばいかに有らむ、又このせの山を妹とはよばじ、など、兄の山と云う名につきて、妹と云う事をも詠めれば、又妹山と云うことをも、もうけて、歌のふしとせるなるべし。されば背の山の事は、たしかに詠めれど、妹山の事とては、さして詠める歌見えず。ただ妹とせの山、いもせの山、或るは妹の山せの山越えて、などのみ詠める、皆兄の山につきての詞のあやに、妹山とも云えるごと聞こえて、兄の山を云わずして、ただ妹の山をのみ詠めるは無し。七の巻に、紀道にこそ妹山有りといえと、ただ一つ詠めるも、ただ歌にこの名あるによりての事なるべし。又七の巻に、せの山にただに向かえる妹の山、ことゆるせやもうち橋わたす、と云う歌も、兄の山を越ゆる時に、谷川などに、かりそめなる橋を渡せる所を見て、そのあたりにならべる山を、かりに妹山として、かくは詠めるなるべし。かの紀路にこそと云える歌の末、二上山も妹こそ有りけれ、と詠めるも、二上山に、まことに妹と云うが有るには有らねど、峰二つ有るによりて、設けてさは詠みつるなれば、紀の国なるも兄の山と云う名につきて、さも云うべき事なり。

現代語訳

それは、『万葉集』巻三に「口にかけて言いたい妹の名を、この背の山に掛けて呼んだらどうだろう」、また「この背の山を妹とは呼ぶまい」などと、兄(せ)の山という名にちなんで「妹」ということも詠んでいるので、また妹山ということも設けて、歌の趣向としたのであろう。だから背の山のことは確かに詠んでいるが、妹山のこととしては、これといって詠んだ歌は見えない。ただ「妹と背の山」「いもせの山」、あるいは「妹の山背の山越えて」などとばかり詠んでいるのは、みな兄の山にちなんだ言葉の綾として妹山とも言ったように聞こえ、兄の山を言わずにただ妹の山だけを詠んだものはない。巻七に「紀伊路にこそ妹山があるというが」とただ一首詠んだのも、ただ歌にこの名があることによってのことであろう。また巻七に「背の山にまっすぐ向かい合っている妹の山は、承諾したのだろうか、打ち橋を渡している」という歌も、兄の山を越える時に、谷川などに仮の橋を渡してある所を見て、そのあたりに並んでいる山を仮に妹山として、このように詠んだのであろう。あの「紀伊路にこそ」という歌の末句に「二上山にも妹がいたのだ」と詠んでいるのも、二上山に本当に妹という山があるのではないが、峰が二つあるので設けてそう詠んだのであるから、紀伊国のものも兄の山という名にちなんで、そう言えることである。

解説

妹山が実在の山ではないとする宣長の論証の中心である。宣長は『万葉集』の歌を一首ずつ検討し、妹山はいつも背の山と対にして詠まれ、妹山だけを単独で詠んだ歌は一つもないことを示す。背の山の「せ」は夫や恋人を呼ぶ語でもあるから、歌人はそれに合わせて「妹」を持ち出し、言葉の遊びとして妹山を作ったのだという。二上山の峰が二つあることから「妹」を見立てた歌も、その類例として挙げられる。宣長は、歌に詠まれた名がそのまま地名の証拠になるとは限らないと見抜いている。詠まれ方の型を読み取り、言葉の綾と事実を分けること。それが、歌を史料として扱う時に欠かせない注意なのである。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る