玉勝間 / 七の巻 ふぐし
豐後ノ國人の語りけるは、ふぐしと云ふ物、今も我國に有りて、用るなり。
新字:豊後ノ国人の語りけるは、ふぐしと云ふ物、今も我国に有りて、用るなり。
書き下し
豊後の国人の語りけるは、ふぐしと云う物、今も我が国に有りて、用うるなり。
現代語訳
豊後国の人が語ったところでは、「ふぐし」というものが今も自分の国にあって、使っているのである。
解説
豊後の人の話から、「ふぐし」という古語が今も生きていることを書き留めた段である。ふぐしは土を掘る先のとがった木や竹の道具で、万葉集巻頭の雄略天皇の歌「籠もよみ籠持ち ふくしもよみぶくし持ち」に出てくる言葉として名高い。都ではとうに使われなくなった万葉の語が、豊後では道具の名として今も用いられている。宣長は、古い言葉は人の往来の多い都より、遠い田舎にこそ残ると考えていた。この段は、その考えを裏づける生きた証拠の一つである。わずか一行の記録だが、万葉集を読む者にとっては、千年を越えて同じ名で呼ばれる道具が実在するという事実は大きい。古典の言葉が、書物の中の化石ではなく、どこかで今も使われている言葉であることを示している。
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 あがたゐのうしは古、学のおやなる事からごころをきよくはなれて、もはら古のこころ詞をたづぬるがくもんは、わが県居の大人よりぞはじまりける。この大人の学の、いまだおこらざりしほどの世の学問は、歌もただ古今集よりこなたにのみとどまりて、万葉などは、ただいと物どおく、心も及ばぬ物として、さらにその歌の善き悪しきを思い、古き近きをわきまえ、またその詞を、今のおのが物としてつかう事などは、すべて思いも及ばざりし事なるを、今はその古言をおのがものとして、万葉ぶりの歌をも詠み出で、古ぶりの文などをさえ、書きうることとなれるは、もはらこのうしのおしえのいさおにぞ有りける。今の人は、ただおのれみづから得たるごと思うめれど、みなこの大人の御蔭によらずと云うこと無し。また古事記・書紀などの、古典をうかがうにも、漢意にまどわされず、まづもはら古言を明らめ、古意によるべきことを、人みな知れるも、このうしの万葉のおしえのみたまにぞ有りける。そもそも斯かるたふとき道を、開らき初められたるいそしみは、世にいみしきものなりかし。
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