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玉勝間 / 五の巻 また

又上のくだり、人と云ひて、神代に有し物の、生れるはじめを記して、此人と云ひける物の、出來しやうは、まつはじめ某の國に、男女住みける。その男女、夜ルねたりし程に、しかじかのわざをしたりしに、女の腹なん、やうやうにふくらかになりて、十月と云ふ頃ほひ、腹いたく覺えて、にはかにまへより、何にかあらん、動きて啼ものぞ出來にける。とりあげて見ければ、云云の物になん有ける。またはじめ、腹のふくらかになりつる程よりして、胸乳より白き汁の出そめて、たえず出けるを、かの出來て啼物の、聲のいづる孔にあてて、くくめしかば、心地よげにのむままに、よるひると云はず飮ませつつ、月日をふるままに、其物、やうやうに大きになりゆきて、初めの程はせざりしわざどもも、やうやうにしいでてなむ、上の件に云へるやうにはなれりける、としるしたらんを、儒者見てば、又何とか云はむとする。例の、寓言とぞ云ふべき。すべて神代の事どもも、今は世にさる事の無ければこそ、あやしとは思ふなれ。今も有らましかば、あやしとは思はましや。今世に有る事も、今有ればこそ、あやしとは思はね、つらつら思ひめぐらせば、世ノ中にあらゆる事、なに物かはあやしからざる。云ひもてゆけば、あやしからぬは無きぞとよ。

新字:又上のくだり、人と云ひて、神代に有し物の、生れるはじめを記して、此人と云ひける物の、出来しやうは、まつはじめ某の国に、男女住みける。その男女、夜ルねたりし程に、しかじかのわざをしたりしに、女の腹なん、やうやうにふくらかになりて、十月と云ふ頃ほひ、腹いたく覚えて、にはかにまへより、何にかあらん、動きて啼ものぞ出来にける。とりあげて見ければ、云云の物になん有ける。またはじめ、腹のふくらかになりつる程よりして、胸乳より白き汁の出そめて、たえず出けるを、かの出来て啼物の、声のいづる孔にあてて、くくめしかば、心地よげにのむままに、よるひると云はず飲ませつつ、月日をふるままに、其物、やうやうに大きになりゆきて、初めの程はせざりしわざどもも、やうやうにしいでてなむ、上の件に云へるやうにはなれりける、としるしたらんを、儒者見てば、又何とか云はむとする。例の、寓言とぞ云ふべき。すべて神代の事どもも、今は世にさる事の無ければこそ、あやしとは思ふなれ。今も有らましかば、あやしとは思はましや。今世に有る事も、今有ればこそ、あやしとは思はね、つらつら思ひめぐらせば、世ノ中にあらゆる事、なに物かはあやしからざる。云ひもてゆけば、あやしからぬは無きぞとよ。

書き下し

又上のくだり、人と云いて、神代に有りし物の、生まるるはじめを記して、この人と云いける物の、出で来しようは、まずはじめ某の国に、男女住みける。その男女、夜ねたりし程に、しかじかのわざをしたりしに、女の腹なん、ようようにふくらかになりて、十月と云う頃おい、腹いたく覚えて、にわかにまえより、何にかあらん、動きて啼くものぞ出で来にける。とりあげて見ければ、云云の物になん有りける。またはじめ、腹のふくらかになりつる程よりして、胸乳より白き汁の出でそめて、たえず出でけるを、かの出で来て啼く物の、声のいずる孔にあてて、くくめしかば、心地よげにのむままに、よるひると云わず飲ませつつ、月日をふるままに、その物、ようように大きになりゆきて、初めの程はせざりしわざどもも、ようようにしいでてなむ、上の件に云えるようにはなれりける、としるしたらんを、儒者見てば、又何とか云わむとする。例の、寓言とぞ云うべき。すべて神代の事どもも、今は世にさる事の無ければこそ、あやしとは思うなれ。今も有らましかば、あやしとは思わましや。今世に有る事も、今有ればこそ、あやしとは思わね、つらつら思いめぐらせば、世の中にあらゆる事、なに物かはあやしからざる。云いもてゆけば、あやしからぬは無きぞとよ。

現代語訳

また先の話で、人と呼んで神代にいたものとし、その生まれる始まりを次のように記したとする。この人というものが出てきた様子は、まず初めにある国に男と女が住んでいた。その男女が夜寝ていたときに、これこれのことをしたところ、女の腹がしだいにふくらんできて、十か月ほどたったころ、腹がひどく痛み、にわかに前から、何であろうか、動いて泣くものが出てきた。取り上げて見ると、しかじかのものであった。また初め、腹がふくらみはじめたころから、胸の乳から白い汁が出はじめて絶えず出ていたのを、あの出てきて泣くものの声の出る穴に当てて含ませると、心地よさそうに飲むので、夜昼かまわず飲ませつづけ、月日がたつにつれて、そのものはしだいに大きくなっていき、初めのうちはしなかったこともだんだんするようになって、先に述べたようなものになった、と記したとしたら、儒者はそれを見て、また何と言うだろうか。いつものとおり寓言だと言うにちがいない。そもそも神代の事柄も、今の世にそういうことがないからこそ不思議だと思うのである。今もあったなら、不思議だと思うだろうか。今の世にあることも、今あるからこそ不思議だと思わないのであって、よくよく考えめぐらせば、世の中のあらゆることで、何が不思議でないことがあろうか。突きつめていけば、不思議でないものなど一つもないのだよ。

解説

前の段の思考実験を、今度は人の誕生に当てはめた続編である。男女が夜にあることをすると女の腹がふくらみ、十月ほどで泣く生き物が出てくる。胸からは白い汁が出て、それを飲ませるうちに大きくなり、やがて人になる。これを神代の話として書けば、儒者はまた寓言だと言うだろう、と宣長は言う。そして結論を明言する。神代の事が怪しく見えるのは今の世にないからで、今あることは今あるから怪しまないだけだ。突きつめれば世の中に怪しくないものは一つもない。これは宣長が古事記の神々の話を、理屈で割り切らずにそのまま受け取るべきだとした根拠の一つである。信仰の是非は別として、当たり前こそ最大の不思議だという見方は、学問の出発点としての驚きを思い出させる。

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