導師導古典を学びたいすべての人に

玉勝間 / 四の巻 伏見天皇御即位の次第

事しづまりて、みなみをはるかに見やれば、せちげのはた立て、風にひらめきて立ちたり。大きなるかうばんに、みやうがうやにほふらんと見えたり。こがねのたからすとて、あしの三あるとり見ゆ。しんこんたけうのなかには、日の中に、さんぞくのからすあり、月の中には、ろくそくのうさぎありと聞きしも、ほんせちある事なりけりと、信おこりておぼえて、から人のすがたどもなみたちて、はいし奉るに、身のけも立ち、淚ぐましく、めでたくうれし。右大臣殿からめかしき御すがたにて、まくのうちよりねりいで給へば、ぎよくはいのおとかや、みちにりやらめきて、びびしく、御たけのたかさ、御てんのたかさにもたちおとり給はず。たか御くらにむきてはいし給ふを、見るにもめでたく侍。「ためしなきここちこそすれ君が代のかかるみゆきにけふつかへつる、と思ひつづけたれども、うちまぎれぬ。やうやうたいれいのぎどももはてぬれば、殿たか御くらへのぼり給ふ。あした所へかへり入らせおはします。御けんしるしの御はこなど、もとのごとくつとむ。主上御しやうぞくめしあらためて、くわんぎよのぎになるほどに、この御やすまくへいらせ給ひぬ。

新字:事しづまりて、みなみをはるかに見やれば、せちげのはた立て、風にひらめきて立ちたり。大きなるかうばんに、みやうがうやにほふらんと見えたり。こがねのたからすとて、あしの三あるとり見ゆ。しんこんたけうのなかには、日の中に、さんぞくのからすあり、月の中には、ろくそくのうさぎありと聞きしも、ほんせちある事なりけりと、信おこりておぼえて、から人のすがたどもなみたちて、はいし奉るに、身のけも立ち、涙ぐましく、めでたくうれし。右大臣殿からめかしき御すがたにて、まくのうちよりねりいで給へば、ぎよくはいのおとかや、みちにりやらめきて、びびしく、御たけのたかさ、御てんのたかさにもたちおとり給はず。たか御くらにむきてはいし給ふを、見るにもめでたく侍。「ためしなきここちこそすれ君が代のかかるみゆきにけふつかへつる、と思ひつづけたれども、うちまぎれぬ。やうやうたいれいのぎどももはてぬれば、殿たか御くらへのぼり給ふ。あした所へかへり入らせおはします。御けんしるしの御はこなど、もとのごとくつとむ。主上御しやうぞくめしあらためて、くわんぎよのぎになるほどに、この御やすまくへいらせ給ひぬ。

書き下し

事しずまりて、みなみをはるかに見やれば、せちげのはた立てて、風にひらめきて立ちたり。大きなるこうばんに、みょうごうやにおうらんと見えたり。こがねのたからすとて、あしの三あるとり見ゆ。しんこんたけうのなかには、日の中に、さんぞくのからすあり、月の中には、ろくそくのうさぎありと聞きしも、ほんせちある事なりけりと、信おこりておぼえて、から人のすがたどもなみたちて、はいし奉るに、身のけも立ち、涙ぐましく、めでたくうれし。右大臣殿からめかしき御すがたにて、まくのうちよりねりいで給えば、ぎょくはいのおとかや、みちにりやらめきて、びびしく、御たけのたかさ、御てんのたかさにもたちおとり給わず。たか御くらにむきてはいし給うを、見るにもめでたく侍る。「ためしなきここちこそすれ君が代のかかるみゆきにきょうつかえつる、と思いつづけたれども、うちまぎれぬ。ようようたいれいのぎどももはてぬれば、殿たか御くらへのぼり給う。あした所へかえり入らせおわします。御けんしるしの御はこなど、もとのごとくつとむ。主上御しょうぞくめしあらためて、かんぎょのぎになるほどに、この御やすまくへいらせ給いぬ。

現代語訳

儀式が静まって南をはるかに見やると、節下の旗が立てられ、風にひらめいて立っている。大きな幡に、(名号か)香っているのだろうかと見えた。「黄金の烏」といって、足が三本ある鳥の飾りが見える。書物の中に、日の中には三本足の烏があり、月の中にはろくそく(六足か)の兎があると聞いていたのも、本説(根拠)のあることだったのだと、信じる心が起こって思われ、唐風の姿をした人々が並び立って拝し申し上げるのに、身の毛もよだち、涙ぐましく、めでたく嬉しい。右大臣殿が唐風のお姿で幕の内から練り出てこられると、玉佩の音であろうか、道にりやりやと鳴って華やかで、そのお背の高さは御殿の高さにも見劣りなさらない。高御座に向かって拝されるのを見るにつけても、めでたいことである。「例のない心地がすることよ、わが君の御代のこのような行幸に、今日お仕えしたことは」と思い続けたけれども、(儀式の忙しさに)紛れてしまった。次第に大礼の儀式どもも終わったので、関白殿が高御座へお上りになる。(天皇は)朝所へお帰りになる。御剣と璽の御箱などは、元のように務める。天皇が御装束をお召し替えになって、還御の儀となる頃に、この御休み幕へお入りになった。

解説

即位式の最高潮の光景と、それを見た筆者の感動を記した段である。式が静まって南を見やると、節下の旗がはためき、三本足の烏をかたどった黄金の飾りが見える。日には三足の烏、月には兎がいるという書物の話は本当に根拠のあることだった、と筆者は信じる心が起こり、唐風の礼装の人々が居並んで拝するさまに、身の毛がよだち、涙ぐむほど嬉しかったという。即位式の装飾や礼装は多く中国の制にならったもので、宣長の立場からは漢意の産物でもある。それでも宣長はこの感動の記述を削らなかった。儀式に仕えた人の心がありのままに記されていることこそ、古い記録の値打ちだと見ていたのであろう。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る