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玉勝間 / 四の巻 伏見天皇御即位の次第

左右の御うしろの御わきのとほりに、たんじゆとて、二すぢ御よほろの程に下げられたり。御まへの左右の御わきに、ぎよくはいとて、玉をつらぬきて、つけられたり。御すそに、ひうちがたのからかねをつけられたれば、ふけんのごとくに、りやらめきならせ給ふ。御まへには、大じゆをむすび下げられたり。たちのひらをのごとく、むすびたれたり。たかみくらの事ぐしたるよし、しきじ申せば、やがて行幸あり。ぎよけんはこうたう給はる。璽はこれのやくなり。右の御わきにまゐる。殿下のおほせに、そのしるしの御はこのうへにかけたるあみを、ゆびにかけつれば、とりはづし、あやまちはせぬぞとおほせあるに、御なさけの有がたく、心もつよつよしくおぼえて、あやまち無し。たかみくらへ事ゆゑなく參りつきぬ。とばりあげの役は、はくの三位のむすめなり。みやうぶ藏人四人、やくの內侍六人、うらこきそはうこきもののぐ、行幸たか御くらへなれば、御さきのみやうぶ四人、御さきに立つ。其後かみあげの內侍二人、二行にならびて參る。たか御くらの御はしの左右に、ないしたちとまれば、殿下御れんのやくにまゐり給ひぬ。

新字:左右の御うしろの御わきのとほりに、たんじゆとて、二すぢ御よほろの程に下げられたり。御まへの左右の御わきに、ぎよくはいとて、玉をつらぬきて、つけられたり。御すそに、ひうちがたのからかねをつけられたれば、ふけんのごとくに、りやらめきならせ給ふ。御まへには、大じゆをむすび下げられたり。たちのひらをのごとく、むすびたれたり。たかみくらの事ぐしたるよし、しきじ申せば、やがて行幸あり。ぎよけんはこうたう給はる。璽はこれのやくなり。右の御わきにまゐる。殿下のおほせに、そのしるしの御はこのうへにかけたるあみを、ゆびにかけつれば、とりはづし、あやまちはせぬぞとおほせあるに、御なさけの有がたく、心もつよつよしくおぼえて、あやまち無し。たかみくらへ事ゆゑなく参りつきぬ。とばりあげの役は、はくの三位のむすめなり。みやうぶ蔵人四人、やくの内侍六人、うらこきそはうこきもののぐ、行幸たか御くらへなれば、御さきのみやうぶ四人、御さきに立つ。其後かみあげの内侍二人、二行にならびて参る。たか御くらの御はしの左右に、ないしたちとまれば、殿下御れんのやくにまゐり給ひぬ。

書き下し

左右の御うしろの御わきのとおりに、たんじゅとて、二すじ御よおろの程に下げられたり。御まえの左右の御わきに、ぎょくはいとて、玉をつらぬきて、つけられたり。御すそに、ひうちがたのからかねをつけられたれば、ふけんのごとくに、りやらめきならせ給う。御まえには、大じゅをむすび下げられたり。たちのひらおのごとく、むすびたれたり。高御座の事ぐしたるよし、しきじ申せば、やがて行幸あり。ぎょけんはこうとう給わる。璽はこれのやくなり。右の御わきにまいる。殿下のおおせに、そのしるしの御はこのうえにかけたるあみを、ゆびにかけつれば、とりはずし、あやまちはせぬぞとおおせあるに、御なさけの有りがたく、心もつよつよしくおぼえて、あやまち無し。高御座へ事ゆえなく参りつきぬ。とばりあげの役は、はくの三位のむすめなり。みょうぶ蔵人四人、やくの内侍六人、うらこきそおうこきもののぐ、行幸たか御くらへなれば、御さきのみょうぶ四人、御さきに立つ。その後かみあげの内侍二人、二行にならびて参る。たか御くらの御はしの左右に、ないしたちとまれば、殿下御簾のやくにまいり給いぬ。

現代語訳

左右の御後ろの御脇の通りに、たんじゅ(綬)といって二筋を御膝の裏のあたりまで下げておられる。御前の左右の御脇には、玉佩といって玉を貫き連ねたものを付けておられる。御裾には火打ち形の唐金(青銅)を付けておられるので、(ふけんのように)りやりやと鳴らされる。御前には大綬を結び下げておられる。太刀の平緒のように結び垂らしている。高御座の支度が整った旨を職事が申し上げると、すぐに行幸がある。御剣は勾当内侍が賜る。璽は私の役である。(天皇の)右の御脇に参る。関白殿下が「その璽の御箱の上に掛けてある網を指に掛けておけば、取り外して失敗することはないぞ」と仰せになったので、その御情けがありがたく、心も強くしっかりと思われて、失敗もなかった。高御座へ無事に参り着いた。帳(とばり)上げの役は、伯の三位の娘である。命婦・蔵人の四人、役の内侍六人は、裏の濃い蘇芳の衣に濃い色の物の具(正装)で、行幸が高御座へということなので、先導の命婦四人が御前に立つ。その後、髪上げの内侍二人が二列に並んで参る。高御座の御階の左右に内侍たちが止まると、殿下が御簾の役に参られた。

解説

即位式の中心、天皇が高御座に進む場面を、神器を捧げる内侍自身の言葉で伝える段である。天皇の礼服には綬や玉佩が垂れ、裾の金具が歩むたびに鳴る。やがて高御座の準備が整い、行幸が始まる。剣は勾当内侍が、璽は日記の筆者自身が捧げ持って天皇の右脇に従う。そのとき関白が、璽の箱に掛けた網を指に掛けておけば落とす心配はない、と声をかけてくれ、その心遣いがありがたく心強くて、無事に務めを果たせた、と筆者は記す。国の最も重い儀式の只中で、一人の女官が緊張と安堵を味わった瞬間が、そのまま伝わってくる。宣長が長い本文を省かなかったのは、儀式の次第だけでなく、こうした仕える人の心の動きも、古の姿として大切だと考えたからであろう。

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