玉勝間 / 三の巻 斉明紀なる童謡
第三の句、歌理鵝理能倶邏賦は、雁雁の食ふにて、雁雁とは、山山川川國國人人など云ふ例にて、多くの雁どもの、其あたりの山の多和とよむまで、むらがりさわぎて、田の稻をはみ食ふなり。第四の句、騰和騰與美、上なるに同じ。此句、本には、美和陀騰能理歌美とあるは、美ノ字陀ノ字、能理歌の字はみな、前後にある字にて、みだれて重なりたるなり。又はじめの騰と與と落たるなり。第五の句、六の句、上なるに同じ。第七の句、比邏矩豆摩能は、平傴僂のなり。かの或人の考、に、そは卽ヲ此卷に、傴僂といふ人の名有て、此云倶豆磨と見えたり。平とは、いたくくぐせ成るさまをもて云ふ。ひきくはひたる松を、平松と云ふたくひなりと云へり。第八の句、都倶利伺は佃りしなり。本に倶例豆例とある。豆は、その四字上なる都と入かふべし。上の例は利、下の例は伺の誤リか、または都倶例例にて、つくれるの意か、いづれにても有べし。第九の句、於社幣陀乎は、押塞田をなり。おさへは、萬葉廿の卷に、筑紫國波、安多麻毛流、於佐倍乃城曾等云云とある、於佐倍と同くて、仇を押塞るよしなり。
新字:第三の句、歌理鵝理能倶邏賦は、雁雁の食ふにて、雁雁とは、山山川川国国人人など云ふ例にて、多くの雁どもの、其あたりの山の多和とよむまで、むらがりさわぎて、田の稲をはみ食ふなり。第四の句、騰和騰与美、上なるに同じ。此句、本には、美和陀騰能理歌美とあるは、美ノ字陀ノ字、能理歌の字はみな、前後にある字にて、みだれて重なりたるなり。又はじめの騰と与と落たるなり。第五の句、六の句、上なるに同じ。第七の句、比邏矩豆摩能は、平傴僂のなり。かの或人の考、に、そは即ヲ此巻に、傴僂といふ人の名有て、此云倶豆磨と見えたり。平とは、いたくくぐせ成るさまをもて云ふ。ひきくはひたる松を、平松と云ふたくひなりと云へり。第八の句、都倶利伺は佃りしなり。本に倶例豆例とある。豆は、その四字上なる都と入かふべし。上の例は利、下の例は伺の誤リか、または都倶例例にて、つくれるの意か、いづれにても有べし。第九の句、於社幣陀乎は、押塞田をなり。おさへは、万葉廿の巻に、筑紫国波、安多麻毛流、於佐倍乃城曽等云云とある、於佐倍と同くて、仇を押塞るよしなり。
書き下し
第三の句、歌理鵝理能倶邏賦は、雁雁の食うにて、雁雁とは、山山川川国国人人など云う例にて、多くの雁どもの、其あたりの山の多和とよむまで、むらがりさわぎて、田の稲をはみ食うなり。第四の句、騰和騰与美、上なるに同じ。此句、本には、美和陀騰能理歌美とあるは、美の字陀の字、能理歌の字はみな、前後にある字にて、みだれて重なりたるなり。又はじめの騰と与と落ちたるなり。第五の句、六の句、上なるに同じ。第七の句、比邏矩豆摩能は、平傴僂のなり。かの或人の考に、そは即ち此巻に、傴僂という人の名有りて、此をば倶豆磨と云うと見えたり。平とは、いたくくぐせなるさまをもて云う。ひきくはいたる松を、平松と云うたぐいなりと云えり。第八の句、都倶利伺は佃りしなり。本に倶例豆例とある。豆は、その四字上なる都と入れかうべし。上の例は利、下の例は伺の誤りか、または都倶例例にて、つくれるの意か、いずれにても有るべし。第九の句、於社幣陀乎は、押塞田をなり。おさえは、万葉廿の巻に、筑紫国は、あた守る、おさえの城ぞと云云とある、於佐倍と同じくて、仇を押塞うるよしなり。
現代語訳
第三の句「歌理鵝理能倶邏賦(かりがりのくらう)」は「雁雁の食う」で、「雁雁」とは「山山」「川川」「国国」「人人」などと言う例と同じで、多くの雁たちが、そのあたりの山の鞍部に鳴り響くほど群がり騒いで、田の稲をついばみ食うのである。第四の句「騰和騰与美」は上と同じである。この句が本に「美和陀騰能理歌美」とあるのは、「美」の字、「陀」の字、「能理歌」の字はみな前後にある字で、乱れて重なったのである。また初めの「騰」と「与」が落ちたのである。第五の句、第六の句は上と同じである。第七の句「比邏矩豆摩能(ひらくづまの)」は「平傴僂(ひらくつま)の」である。あの或る人の考えに、それはこの巻に「傴僂」という人名があって「これをくつまと読む」と見えるからだという。「平」とは、ひどく腰の曲がった様子を言う。低く這った松を「平松」と言う類いである、と言っている。第八の句「都倶利伺(つくりし)」は「佃(つく)りし」である。本に「倶例豆例」とある。「豆」はその四字上の「都」と入れ替えるべきである。上の「例」は「利」、下の「例」は「伺」の誤りか、または「都倶例例」で「つくれる」の意か、どちらでもあり得る。第九の句「於社幣陀乎(おさへだを)」は「押塞田(おさえだ)を」である。「おさえ」は、万葉集巻二十に「筑紫の国は仇を守る押さえの城であるぞ」とある「於佐倍(おさえ)」と同じで、仇を押さえふさぐという意味である。
解説
関連する章句
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『玉勝間』三の巻 斉明紀なる童謡此童謡は、百済の国を救わせ給う御軍の、敗れぬべきしるしなりしかば、その救の御軍をさして、於社幣といい、田は、尾上田にたとえたる故に、それをつらね云いて、たとえと実とを合わせたるなり。かく一句の内に、実のうえの詞と、たとえたる物のうえの詞とを、まじえつらねて云える例、万葉に多し。第十の句、上なるに同じ。かくて一首の意は、かの或人の考に、救の御軍の敗れて、多くの功労の、空しくなる事を、平傴僂の、事ゆきがたき身をもて、くるしみて辛うじてつくれる山の田を、多くの雁どもの来て、はみそこないて、徒らに成れるにたとえたり、と云えるが如し。但しかの考のうちに、これかれと誤れる事ども有り。まずひらくづまのと云うを、第一の句とせる、わろし。初の句の六言なるは、古の歌に例なき事なり。そのうえ是より三句は、必ず結に有るべきおもむきなり。次に於社幣陀を、弘能幣陀の誤りとしたれども、すべて紀中、歌を書けるよう、一首の内にて、同じ詞の二つ三つあるをば、同じ仮字を用いたる例にて、此歌の尾上田をも、二所ながら烏能陛陀と書きたるに、其仮字をかえて、弘の字幣の字を書かむこと、大かたの例にたがえり。
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『玉勝間』三の巻 斉明紀なる童謡書紀の斉明の巻、六年の童謡、或人の考え置きたるによりて、おのれ又考えたるよう。とわとよみ句、をのへだを句、かりがりのくらう句、とわとよみ句、をのへだを句、かりがりのくらう句、ひらくづまの句、つくりし句、おさへだを句、かりがりのくらう結、かくの如くなるべきか。そもそも此歌は、ゆゆしき事のたとえなる故に、世にはばかりて、ことさらに、句の前後をも、文字の次第をも、書きみだして、何事とも、読み解きがたきさまにしるし伝えたる物と見えたり。なかばに甲子としるせるは、これより読み始むべき事、又それにならいて、文字の次第をも、置きかえて読むべきことを、ほのかにさとしたるしるしなり。これによりて、おのれは今、此甲子とある下より読みはじむ。第一の句、騰和騰与美は、本には、騰与を与騰と書きかえたり。さて騰和は多和にて、古事記に、山の多和とある是なり。かくて多和と騰和と通うよしは、たわむをとおむ、たわわをとおおなど、通わし云えること、万葉におおし。されば騰和は、山のたわみたる所を云う。騰与美は、響動なり。第二の句、烏能陛陀烏は、尾上田をにて、山の尾のほとりの田なり。
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『玉勝間』三の巻 斉明紀なる童謡次に美和陀騰能理歌美とあるを、美歌理能陀和美騰として、御狩のたゆむ間に、雁の来るなりと解き、また美歌理能美和陀騰ともして、水のみわだの淀む如く、御狩に出で給わぬを云うといえる、二つともにわろし。御狩のなき間の事を、たわみとも、みわだとも、云うべきにあらず。次に甲子の下なる騰和与騰美を、和騰与騰美とも、また和騰騰与美ともよみて、朕とよどむ、朕ととよむなど解ける、さらに聞こえぬ事なり。さてまた羽倉(東麻呂)大人は、文字を置きかえて読めるを、ひが事として、本の次第のままによみて、解かれたる説あれど、皆しいごとにて、すべて詞ととのわず、其ことわりも、聞こえがたし。其説は秘説とあれば、ここには顕しがたし。そもそもいかに上つ代の歌と云えども、おりおりこそ聞こえぬ詞もまじりたれ、いずれの歌も、すべてはよく聞こえて、むげに聞こえぬは、一首も無きを、此歌にかぎりて、むげに聞こえぬは、はじめに云える如く、句の前後、文字の次第を、ことさらに書きみだりたる物にて、かの野馬台の詩とかいう物の如くなる書きざまなるを、そこに心を附けたる人の無きは、いかにぞや。但しおのが今のかむがえも、必ずこれよしとにはあらず。初めの句のとわとよみなど、猶善き考えも有るべきにや。
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『玉勝間』十三の巻 万葉集に山ノ字を玉に誤れる例万葉集に、山の字を玉に誤れる例多し。草書にては、山と玉とよく似たる故なり。二の巻に、「三吉野の玉松が枝は」云云、十五の巻に、やままつかげにともあり。玉は山を誤れることしるし。然るを後の歌に、玉松と詠めるは、この歌によれるにて、皆ひがことなり。玉松と云うことは、有る事無し。又同じ二の巻に、「人はよし思いやむとも玉かずら影に見えつつ」云云、こは山かずらは、日かげかずらのことにて、影の枕詞に置けるなり。山かずら日かげとつづく意にて、十四の巻に、あしひきの山かずらかげと詠めるかげに同じ。十八の巻にも、かずらかげと有り、みなかげは日かげのかずらの事なり。然るを後の世に、この玉かずらを、山かずらの誤りなる事を知らずして、影と続きたるを、懸の意と心得たるは、ひがことなり。又十三の巻に、「斎串立て」云云「雲聚の玉蔭見ればともしも」、こはうずに垂れたる日かげのかずらなり。十六の巻に、「あしひきの玉かずらの児」とあるは、あしひきのとあれば、山なること論無し。即ち「玉久世の清き河原」云云と云う歌も、ならべる歌には、山かずらの児とあり。さて件の例どもによりて思えば、十一の巻に、山代の久世の河原なりけむを、山を玉に、能を清に誤り、代を脱せるにこそ。玉久世と云うことは、有るべくも覚えず。
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『玉勝間』十二の巻 つつみなく又つつがなくと云ふ言同じ集六に、草管見身疾不有とよめる、草と云えるは、かのから書の草居云云の説によれるか、と思う人もあんめれど、然にはあらず。この草の字は、莫を誤れるにて、これもつつみなくなるをや。さてつつみと云う言の意は、大祓の後釈に云えれば、ここにはもらしつ。
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『玉勝間』十の巻 おのが帰鴈のうた帰雁の題にておのれ、「春くれば霞を見てやかえる雁われもと空に思いたつらむ、いまひとつ、「かえるかりこれも越路の梅香や風の便りにさそいそめけむ、と詠めりける、後なるをよく思えば、末の二句に、雁の縁無くて、いかにぞや覚えければ、またとかく思いめぐらして、「梅が香やさそいそめけむ帰る雁これも越路の風のたよりに、となん詠み直しける。これはしも、こしじを末の句に移したるにて、雁の縁はさる事ながら、歌ざまは、いささかおとりて覚ゆるは、いかならむ。歌よく見知れらむ人、さだめてよ。
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