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玉勝間 / 一の巻 古書どもの事

かくて風土記も、今の世にもかれこれと有るは、はじめの奈良の御代のには有らず、やや後の物にて、そのさま古きとはいたくかはりて、大かたおかしからぬものなり。其中に、豐後國のは、奈良のなれど、唯だいささかのこりて、全からず。そもそも斯くはじめの善きは絕えて、後の惡ろきがのこれるは、いかなるゆゑにかと思ふに、これはた世人の心、おしなべてからざまにのみなれるから、古くてからめかぬをば好まず、後のいささかもからざまに近きをよろこべる故なるべし。神代ノ卷も、日本紀のをのみたふとみて、古事記のをば、えうぜぬをもてなずらへ知るべし。さて然かもとの風土記はみな絕ぬる中に、國はしも多かるに、出雲ののこれる事は、まがことの中のいみしきさきはひなり。又日本紀はもとより絕ゆまじきことわりなるを、古事記萬葉集のたまたまに絕えで殘れるは、殊にいみしき後の世のさきはひなり。大かた今の世にして、古、のすがたを知る事は、もはら此二ふみのみたまになむ有ける。

新字:かくて風土記も、今の世にもかれこれと有るは、はじめの奈良の御代のには有らず、やや後の物にて、そのさま古きとはいたくかはりて、大かたおかしからぬものなり。其中に、豊後国のは、奈良のなれど、唯だいささかのこりて、全からず。そもそも斯くはじめの善きは絶えて、後の悪ろきがのこれるは、いかなるゆゑにかと思ふに、これはた世人の心、おしなべてからざまにのみなれるから、古くてからめかぬをば好まず、後のいささかもからざまに近きをよろこべる故なるべし。神代ノ巻も、日本紀のをのみたふとみて、古事記のをば、えうぜぬをもてなずらへ知るべし。さて然かもとの風土記はみな絶ぬる中に、国はしも多かるに、出雲ののこれる事は、まがことの中のいみしきさきはひなり。又日本紀はもとより絶ゆまじきことわりなるを、古事記万葉集のたまたまに絶えで残れるは、殊にいみしき後の世のさきはひなり。大かた今の世にして、古、のすがたを知る事は、もはら此二ふみのみたまになむ有ける。

書き下し

かくて風土記も、今の世にもかれこれと有るは、はじめの奈良の御代のには有らず、やや後の物にて、そのさま古きとはいたくかわりて、大かたおかしからぬものなり。その中に、豊後国のは、奈良のなれど、ただいささかのこりて、全からず。そもそも斯くはじめの善きは絶えて、後の悪ろきがのこれるは、いかなるゆえにかと思うに、これはた世人の心、おしなべてからざまにのみなれるから、古くてからめかぬをば好まず、後のいささかもからざまに近きをよろこべる故なるべし。神代の巻も、日本紀のをのみたふとみて、古事記のをば、ようぜぬをもてなずらえ知るべし。さて然かもとの風土記はみな絶えぬる中に、国はしも多かるに、出雲ののこれる事は、まがことの中のいみしきさきわいなり。また日本紀はもとより絶ゆまじきことわりなるを、古事記・万葉集のたまたまに絶えで残れるは、殊にいみしき後の世のさきわいなり。大かた今の世にして、古のすがたを知る事は、もはらこの二ふみのみたまになむ有りける。

現代語訳

こうして風土記も、今の世にあれこれとあるものは、初めの奈良の御代のものではなく、やや後のもので、その様子は古いものとはひどく変わっていて、おおかた面白くないものである。その中で豊後国のものは奈良時代のものだが、ほんの少し残っているだけで完全ではない。そもそもこのように初めの良いものは絶えて、後の悪いものが残っているのはどういうわけかと思うに、これもまた世の人の心がおしなべて中国風にばかりなったので、古くて中国風でないものを好まず、後の、少しでも中国風に近いものを喜んだからであろう。神代の巻も、日本書紀のものだけを尊んで、古事記のものを重んじないことから、なぞらえて知るべきである。さてこのように元の風土記はみな絶えた中で、国は多いのに出雲のものが残ったことは、災いの中の大きな幸いである。また日本書紀はもとより絶えるはずのない道理のものだが、古事記と万葉集がたまたま絶えずに残ったのは、ことに後の世の大きな幸いである。おおよそ今の世で古の姿を知ることができるのは、ひとえにこの二つの書のおかげなのである。

解説

前の段を受けて、古書の残り方には偏りがあると論じる段である。今出回る風土記の多くは奈良時代のものではなく後世の作で、古い良いものほど失われ、漢風に近い後の物ほど残った。宣長はそこに、古くて漢風でないものを好まず、少しでも漢風に近いものを喜ぶ世の好みが働いたと見る。神代の話でも日本書紀ばかりが尊ばれ、古事記が顧みられなかったのと同じだ、と。だからこそ、出雲国風土記と古事記・万葉集が残ったことを「いみしきさきわい」と喜ぶ。古事記伝に生涯をかけた宣長の、古事記への思いがにじむ一文である。何が残り何が消えるかは、その時代の好みによって選ばれる。残ったものを当たり前と思わない目を持ちたい。

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