駿台雑話 / 目次
○忠厚の心○武運の稽古○天人相勝○士の節義○歳寒知松柏○兵法の大事○孫臏韓信が兵法○兵ハ詭道○不忘向君○大敵外になし
書き下し
○忠厚の心○武運の稽古○天人相勝○士の節義○歳寒知松柏○兵法の大事○孫臏韓信が兵法○兵ハ詭道○不忘向君○大敵外になし
現代語訳
一、忠厚の心。二、武運の稽古。三、天と人とが相勝つこと。四、士の節義。五、歳寒くして松柏を知る。六、兵法の大事。七、孫臏・韓信の兵法。八、兵は詭道。九、君に向かうことを忘れず。十、大敵は外にあらず。
解説
この抄録は、室鳩巣が談話の形で武士の心得を語った『駿台雑話』から十話を選んだもので、ここはその目次にあたります。並ぶのは、忠厚の心、武運の稽古、天人相勝、士の節義、歳寒知松柏、兵法の大事、孫臏韓信が兵法、兵は詭道、不忘向君、大敵外になしの十題です。前半は人柄の厚み、天の理、節義と殉国といった心の持ち方を、後半は兵法の本質と、敵はどこにいるのかという問いを扱う構成と読めます。題には「歳寒知松柏」のように漢文の句がそのまま使われ、語り口は漢籍の引用と日本の逸話が入り交じります。才覚より先に人柄を、目先の勝ちより長い目の報いを考えさせる点は、経営者や管理職にも響く十題です。
この章句が説くこと
目次十話忠厚節義兵法駿台雑話
関連する章句
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『駿台雑話』忠厚のこゝろ(一)されば士は第一忠厚の心を、本とすべし、その人となり輕薄にしては材美ありといへどもみるにたらず、それにつきて翁日ごろ樂毅が傳をよみておもへらく、毅は戰國の士にあらず、學問ありて道のあらましをきくの人なり、しかるに後世毅が將略あるをしりて、學問あるをしらず、樂毅燕の昭王に仕へ、上將として齊を伐て、七十餘城を下せしは、非常の大功なり、不幸にして師いまだ凱旋せざりし先に昭王薨じ、惠王齊の反間を信じて、將をかへ兵權を奪ひしかば、毅みづから垂成の大功をすてゝ、すみやかに燕をさる、見機而作不俟終日といふにちかし、其後身を趙によせし時、趙王燕を伐む事を毅に謀りけるに、固辭して其謀に預からず、誠に忠臣の法とすべし、その惠王に報ずる書をみるに忠厚の心言外に藹然たり、戰國反復の世には、空谷の足音と申侍るべし、その書中に君子交絶不出惡聲忠臣去國不潔其名といへるは、三代の遺言なるべし、もし學問なくしては、誰か其言の旨き事をしらむ、今其意を解侍るべし、交絶不出惡聲とは、たとへば人と交通して、其人の惡事をいはぬは、もとよりの事なり、其人と中たがひては、己が是をいはんとて其人の非をいふべきに、交絶て後に其人のあしき事を一向に言に出さぬは、君子の忠厚人に負かざるの心なり、翁其意を詠じ侍るとて、ならはじな、兒の手がしはの、ふたおもて、身は葛の葉の、うらみありとも、今更翁づれが申もおろかなれども、伊川先生に感服する事あり、蘇東坡伊川をそねみ惡みて、哲宗に上る奏狀に、程頤が姦と稱し、
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『駿台雑話』大敵外になし(三)かくあらねば其事輕し、その事輕ければ其信深からず、其信深からねば、其人の益に成がたし、亦誠意懇到を見るべし、掃部頭學術のありし沙汰もきかねども、おのづから聖賢の敎に叶へるこそ極めて殊勝の事といふべし、我朝武家の代になりて五百年以來、世に是等の人あり是等の事あるをきかず、しかしながら祖宗德澤仁厚なるが所致なり、これによりて謹て考るに、御當家天下をしろしめして、仁政四海に廣被せしより、歷代殘殺の風變じて、太平禮義の俗となりしが、寬永明曆の間に至て、在廷の諸公運に應じて出て、承化輔治しかば、其澤日に隆洽なりしぞかし、今其人がらを聞に、いづれも篤實簡單寬厚の長者也、其政を謀るには虛文を抑へ事實をつとめ、人を取には材辨を退け實行をすゝむ、近世智巧を尚ぶの風より見れば、其拙きに似たれども、凡百の有司いづれも廉靜寡欲なりしかば、各守身恭職して、時勢に阿らず、身計をなさゞりき、是によりて庶政あがり、百事熙まり、たゞ此時を別して盛なりとす、勿論時運のしからしむるといひながら其いはれなきにあらず、然るに篤實の士は謹厚にして用にうとく、材智の士は、敏捷にして事にさとし、
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『駿台雑話』兵法の大事(四)安流する水の水先き弱きは石をたゞよはすことをきかず、鷹飛て鳥の翅をとりひしぐに至るは、禽にせまる折めのきびしければ也、ながのしする鷹の羽づかひゆるきが毀折する事をきかず、よりて善戰者は其勢必險しく其節必短し、一足も所向をしりぞけざる、一毫も軍法を敗ればきる、かく險しからねば其勢弛ぶものなり、日を刻して急にすヽみて兵を駐めず、戰勝ては早く引て長追せず、かく短からぬは其節のぶるもの也、其勢弛び其節延れば、士卒倦怠て、必勝利を失ふべし、されば勢は如彍弩とは、必はりつめて少しも手をゆるさず、節如發機とは、忽急にはなちてしばしもゆとりせず、この故に良將の下に怯卒なし、愚將の下に强兵なし、孫子に是を論じて、善戰者求之於勢、不責於人、故能擇人而任勢、任勢者、其用人也如轉木石、木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行、故善戰人之勢、如轉圓石於千仭之山者勢也、孫武が此語、一字一句も兵の肯綮にあたらざるはなし、孫武は誠に兵家の祖なるかな、
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『駿台雑話』兵法の大事(一)後日諸客來會しけるに、例の講はてゝ、翁いひけるは、各日比武田流の兵法を講ぜらるゝ、よしきゝ侍る、前日申せし信繁の敵近くならば人數をあらくつかふべしといはれしは、いかく輕き事のやうなれども、尤用兵の要を得たり、信繁も是にて毎度利を得て簡要の事と思はるればこそかく子息へもいひ傳へられけめ、此序に兵法の事をあら〱語り侍るべし、翁日ごろ兵書を考へ見るに兵術の要は孫武が十三篇にあり、十三篇の要は軍形兵勢の二篇にあり、おほよそ用兵の法は、形勢のふたつに過べからず、しばらく常語にていはゞ軍形は軍のかた、又は軍のもやうといはんかし、兵勢は兵のきをひ、又は兵の調子といはんかし、軍形は行師の法にして、兵勢は合戰の法なり、軍形は行師の法といふは、今僅百ばかりの人數とても廻して見給へ、それさへ末々迄は下知とゞかぬ物ぞかし、まいて三軍の師をまはすに、時に當ての下知ばかりにしては、いかで自由に廻るべき、たゞ將師たる人成算より割出して、軍伍を定め、手分を定め、約束を定め、其外の事迄分段を明かにして、人數を一定の形にはめて師をやれば、三軍ひとつもやうになりて、なにの造作もなく廻るべし、
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『駿台雑話』兵は詭道(三)此事を朱子兵を論ずるとていひ出で、兵はかくあるべき事なりと仰られし、語類に見えしと覺へ侍る、されば孔子も三軍を行はゞ、臨事而懼好謀而成者にくみせんとの給へり、異國の事は遠ければ姑くさし置、我朝武家の世になりしより、天下攻伐をつとめて、戰爭やむ事なかりし、建武以來宮方武家がたとて、諸國にたて分れて、日夜合戰に及しかども、いづれも諸國假合の卒をあつめて、衆の多寡をくらべ兵の强弱を爭ひ、なにの成策もなく、兩軍よせ合せて相撲角力の塲のごとく、一時に勝負を決する外はなし、或は勝時もあり或は負る時もあり、勝も負も一旦の事にて、むなしく士卒を多くころしてやみぬ、なにの兵法か論ずべき、いはゆる齊の技擊魏の勇卒ともいふべし、足利氏の季世に至て、英雄蠭起し、四方に割據して、兵を磨士を養ひ、日ごろ附循して用ひしかば、其兵勇銳にして百戰して挫けず、秦の銳士ともいふべきにや、中にも武田上杉などの兵は號令脩り、約束明かに、師出るに律をもてすれば、桓文の節制にも近かるべし、されば本朝の兵は、こゝに至て始て兵法をも論ずべかめり、然れども當代兵家者流と號する人、多くはかの兵律を傳るのみにて、兵法のもとは、敵を料り勝ことを制するの謀にありといふ事をしらず、其中ことに理にくらき人は、兵に荷擔して、國家を治るの道も是に外ならずといふめる、
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『駿台雑話』兵は詭道(二)是を節制の兵といふ、嬴秦の兵は、たゞ賞罰を嚴にし、首級を尙ぶ、嘗て兵に節制あることをしらず、然ども士卒を淬勵して勇敢を唱ふが故に、敵に赴て戰死する事をたのしむ、其强き事魏齊の兵に比するに甚優れり、魏の兵は勇力の卒を募り、齊の兵は技擊の材を選び、一朝かりあつめて敵と鬪しむ、其兵たゞ利を要して、あへて死敵の念なし、是によりていふに、秦の銳士より以下は、やゝ優劣ありといへど、一切に武力をもて取勝のみ、すべて兵法ある事をきかず、兵法は節制の兵より以上にあるべし、仁義の兵といへども、僅に兵といへば形勢智謀をすてぬ事にて候、是を捨てはいかで敵を料り、勝ことを制し候べき、もとより仁義の兵に、後世の兵のごとく詐僞を尙び反間を用るやうのむつかしく巧なる事はあるまじく候へども、たゞ敵と對したる正面におゐて、或は敵の銳氣を挫き、或は敵の惰氣をうち、或は不意にいで、或は險阻に逼る、とかくに敵を制して敵に制せられず、敵をいたして敵にいたされざるやうに謀るは兵の法なり、昔趙宋の時、いづれの戰にか、ある一將城守して敵に聞れしに、炎天の事にて有けり、敵しきりに戰をいどみしかども、堅く城を閉て兵を出さず、一人に冑をきさせて庭中にたゝせ置けるが、時を移して冑火のごとくなりて、其人堪がたかりける時に、敵もさこそ困まんと量りて、急にきりて出ければ、敵一こらへもこらへずして敗軍しけりとなり、
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