導師導古典を学びたいすべての人に

徂徠先生答問書 / 卷中

今時の人は人の過失を咎むる心つよく候故、自分も過失なき樣にと存候。是により使ひそこのふまじきと思召候御心故、疵物の使ひにくき事被仰候にて御座候。馬に乘そこなふ人ならでは馬はのり得ぬ事に候。人を使ひそこなふ人ならでは人をば使ひ不得候。堯の鯀を使ひそこなひ、周公の管蔡を使ひそこなひ給ふにて御會得可被成候。人の使ひそこなひなき樣にと思召候ば、聖人に勝らんと思召候にて御座候。大なる惑と可被思召候。

新字:今時の人は人の過失を咎むる心つよく候故、自分も過失なき様にと存候。是により使ひそこのふまじきと思召候御心故、疵物の使ひにくき事被仰候にて御座候。馬に乗そこなふ人ならでは馬はのり得ぬ事に候。人を使ひそこなふ人ならでは人をば使ひ不得候。堯の鯀を使ひそこなひ、周公の管蔡を使ひそこなひ給ふにて御会得可被成候。人の使ひそこなひなき様にと思召候ば、聖人に勝らんと思召候にて御座候。大なる惑と可被思召候。

書き下し

今時の人は人の過失を咎むる心つよく候故、自分も過失なき様にと存候。是により使ひそこのふまじきと思召候御心故、疵物の使ひにくき事被仰候にて御座候。馬に乗そこなふ人ならでは馬はのり得ぬ事に候。人を使ひそこなふ人ならでは人をば使ひ不得候。堯の鯀を使ひそこなひ、周公の管蔡を使ひそこなひ給ふにて御会得可被成候。人の使ひそこなひなき様にと思召候ば、聖人に勝らんと思召候にて御座候。大なる惑と可被思召候。

現代語訳

今どきの人は人の過失を咎める心が強いので、自分も過失のないようにと思います。そのため使い損なうまいとお思いになるお心ゆえに、疵物は使いにくいとおっしゃるのです。馬に乗り損なう人でなければ、馬は乗りこなせません。人を使い損なう人でなければ、人を使うことはできません。堯が鯀(こん、治水に失敗した臣)を使い損ない、周公が管叔・蔡叔(背いた兄弟)を使い損なわれたことで、ご会得ください。人を使い損なうことのないようにとお思いになるなら、それは聖人に勝とうとお思いになるのと同じです。大きな惑いとお考えください。

解説

人の過失を咎める心が強い者は、自分の過失も恐れる。だから人を使い損なうまいとして、疵物を避ける。徂徠はこれを逆転させる。馬に乗り損なう人でなければ馬に乗れず、人を使い損なう人でなければ人は使えない。聖人の堯でさえ治水を鯀に任せて失敗し、周公も兄弟の管叔・蔡叔に背かれた。人選を一度も誤るまいとするのは、聖人に勝とうとする思い上がりだという。任用の失敗を恐れて誰にも任せない管理職は、結局人を育てられない。失敗を前提にした任せ方こそが、人を使う技術である。

この章句が説くこと

用人過失聖人周公任用失敗

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る