学問のすゝめ / 十四編・心事の棚卸し・世の事変は活物にて
また人の性に智愚強弱の別ありといえども、みずから禽獣の智恵にも叶わぬと思う者はあるべからず。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なれば自分の手にも叶うことと思い、自分相応にこれを引き受くることなれども、その事を行なうの間に、思いのほかに失策多くして最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分にも後悔すること多し。世に功業を企てて誤る者を傍観すれば、実に捧腹にも堪えざるほどの愚を働きたるように見ゆれども、そのこれを企てたる人は必ずしもさまで愚なるにあらず、よくその情実を尋ぬれば、また尤もなる次第あるものなり。畢竟世の事変は活物にて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。
書き下し
また人の性に智愚強弱の別ありといえども、みずから禽獣の智恵にも叶わぬと思う者はあるべからず。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なれば自分の手にも叶うことと思い、自分相応にこれを引き受くることなれども、その事を行なうの間に、思いのほかに失策多くして最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分にも後悔すること多し。世に功業を企てて誤る者を傍観すれば、実に捧腹にも堪えざるほどの愚を働きたるように見ゆれども、そのこれを企てたる人は必ずしもさまで愚なるにあらず、よくその情実を尋ぬれば、また尤もなる次第あるものなり。畢竟世の事変は活物にて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。
現代語訳
また人の性質に智恵や愚かさ、強さ弱さの別があるとはいえ、自分は鳥獣の智恵にも及ばないと思う者はいないでしょう。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なら自分の手にも負えると思い、身の丈相応にこれを引き受けるのですが、その事を行ううちに思いのほか失敗が多くて最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分でも後悔することが多い。世に功業を企てて誤る者を傍から見れば、実に腹を抱えずにいられないほどの愚かを働いたように見えますが、これを企てた人は必ずしもそれほど愚かではなく、よくその事情を尋ねれば、また無理もない次第があるものです。結局、世の変化は生き物であって、容易にその移り変わりを前もって知ることはできません。そのために智者といえども案外に愚かを働くことが多いのです。
解説
この章句が説くこと
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