朱子家訓 / 施惠無念
施惠無念,受恩莫忘。
新字:施恵無念,受恩莫忘。
書き下し
恵みを施しては念うこと無かれ、恩を受けては忘るること莫かれ。
現代語訳
人に恵みを与えたら、そのことを心にとどめて恩に着せてはいけません。人から恩を受けたら、決して忘れてはいけません。
解説
短い二句で、与える側と受ける側の心得を対にした条です。人に施したことは覚えておかず、人から受けた恩は忘れない。この非対称が、人間関係を長く温かく保つ知恵です。与えたことを覚えていると、見返りを求める気持ちが生まれ、恩着せがましさとなって関係を濁らせます。逆に恩を忘れる人は、周りから信頼されなくなります。これは古くから語られてきた徳目で、後漢の崔瑗の座右銘にも似た言葉があります。仕事でも、部下や後輩を助けたことは口にせず、上司や取引先への感謝は折にふれて言葉にする人が、結局は多くの縁に恵まれます。
この章句が説くこと
施恵無念受恩忘れず報恩謙虚
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