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春秋左氏伝 / 哀公五年 分を越えた駟秦

冬。十月。公子嘉。公子駒。公子黔。奔衛。公子鉏。公子陽生。來奔。萊人歌之曰。景公死乎不與埋。三軍之事乎不與謀。師乎師乎。何黨之乎。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也。而常陳卿之車服於其庭。鄭人惡而殺之。子思曰。詩曰。不解于位。民之攸塈。不守其位。而能久者鮮矣。商頌曰。不僭不濫。不敢怠皇。命以多福。

新字:冬。十月。公子嘉。公子駒。公子黔。奔衛。公子鉏。公子陽生。来奔。萊人歌之曰。景公死乎不与埋。三軍之事乎不与謀。師乎師乎。何党之乎。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也。而常陳卿之車服於其庭。鄭人悪而殺之。子思曰。詩曰。不解于位。民之攸塈。不守其位。而能久者鮮矣。商頌曰。不僭不濫。不敢怠皇。命以多福。

書き下し

冬、十月、公子嘉・公子駒・公子黔、衛に奔る。公子鉏・公子陽生、來奔す。萊人之を歌ひて曰く、「景公死せるに埋むるに與らず、三軍の事に謀るに與らず。師や師や、何の黨にか之かん」と。鄭の駟秦、富みて侈る。嬖大夫なり。而も常に卿の車服を其の庭に陳ぬ。鄭人惡みて之を殺す。子思曰く、「詩に曰く、『位に解(おこた)らず、民の塈(いこ)ふ攸なり』と。其の位を守らずして、能く久しき者は鮮し。商頌に曰く、『僭せず濫せず、敢へて怠皇せず、命ずるに多福を以てす』と」。

現代語訳

冬十月、(斉の)公子嘉・公子駒・公子黔は衛へ逃れ、公子鉏(しょ)と公子陽生は魯へ亡命してきた。萊の人々は歌って言った。「景公が死んでも葬儀に加われず、三軍の大事にも相談にあずかれない。公子たちよ、公子たちよ、どこへ行こうというのか」。鄭の駟秦(しじん)は富んでいて贅沢であった。寵愛を受けているだけの大夫にすぎないのに、いつも卿の身分の車や衣服を自分の庭に並べていた。鄭の人々はこれを憎んで殺した。子思(しし、鄭の執政、国参)は言った。「『詩』に『その位において怠らない者こそ、民が安らぎを得るよりどころとなる』とある。自分の位を守らずに長く保てた者は少ない。『商頌』には『分を越えず、度を過ごさず、怠りなまけることもしない。そうすれば天は多くの福を授ける』とある」。

解説

前半は斉の景公の死後の混乱である。幼い荼が立てられ、萊に移されていた公子たちは相次いで国外へ逃れた。萊の人々の歌は、父の葬儀にも国の大事にも加われない公子たちの行き場のなさを哀れんでいる。後半は鄭の駟秦の話で、寵愛されているだけの大夫が、卿の車や衣服を自邸の庭に並べて見せびらかし、人々に憎まれて殺された。ここでの子思は孔子の孫ではなく、鄭の執政国参の字である。彼は『詩』の「位に解らず」と「商頌」の「僭せず濫せず」を引く。位にふさわしい務めを怠らず、身分を越えた振る舞いをしないことが、長く保つ条件だという。駟秦は富んでいたが、富そのものではなく、自分の位を越えた見せ方が命取りになった。肩書と実際の立場のずれを見せびらかすことの危うさを示す話である。

この章句が説くこと

分限驕り僭越職責後継者

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