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春秋左氏伝 / 成公十四年 定姜の嘆き

冬。十月。衛定公卒。夫人姜氏既哭而息。見大子之不哀也。不內酌飲。歎曰。是夫也。將不唯衛國之敗。其必始於未亡人。烏呼。天禍衛國也。夫吾不獲鱄也。使主社稷。大夫聞之。無不聳懼。孫文子自是不敢舍其重器於衛。盡寘諸戚。而甚善晉大夫。

新字:冬。十月。衛定公卒。夫人姜氏既哭而息。見大子之不哀也。不内酌飲。嘆曰。是夫也。将不唯衛国之敗。其必始於未亡人。烏呼。天禍衛国也。夫吾不獲鱄也。使主社稷。大夫聞之。無不聳懼。孫文子自是不敢舎其重器於衛。尽寘諸戚。而甚善晋大夫。

書き下し

冬、十月、衞の定公卒す。夫人姜氏既に哭して息ふ。大子の哀しまざるを見る。内に酌飲せず。歎じて曰く、「是の夫や、將に唯だ衞國を敗るのみならず、其れ必ず未亡人より始めん。烏呼、天衞國に禍ひするなり。夫れ吾鱄を獲て、社稷を主らしめざるなり」と。大夫之を聞き、聳懼せざる無し。孫文子是より敢へて其の重器を衞に舍かず、盡く諸を戚に寘き、而して甚だ晉の大夫に善くす。

現代語訳

冬十月、衛の定公が亡くなった。夫人の姜氏(定姜)は哭礼を終えて休んだとき、太子(衎、後の献公)が少しも悲しんでいないのを見た。太子は喪にありながら、水さえ口にしないということもなかった(平然と飲食していた)。定姜は嘆いて言った。「この男は、衛の国を損なうだけではすまない。きっとまず、この未亡人の私から害を加え始めるであろう。ああ、天が衛国に禍いを下したのだ。私は鱄(せん、衎の同母弟の子鮮)を得て国家の主とすることができなかった」。大夫たちはこれを聞いて、みな震え恐れた。孫文子(孫林父)はこの時から、自分の重要な宝器を衛の都に置かず、すべて自分の領邑の戚に移し、晋の大夫たちと非常に親しくした。

解説

衛の定公が亡くなり、太子の衎(後の献公)が喪主となった場面である。定公の夫人定姜は、父を失った太子が少しも悲しまず、喪中の節制もしないのを見て、国を損なうだけでなく真っ先に自分を害するだろうと嘆く。本来なら弟の鱄(子鮮)を立てたかった、という言葉まで漏らした。親の喪にどう向き合うかは、当時、人柄を最も端的に示すものとされていた。定姜の見立ては的中し、献公は後に孫林父らによって国を追われる。孫林父が財宝を自領の戚に移し、晋の大夫に接近したのは、新しい君主の下で自分の身が危ういと見て、早くも退路を用意したということである。一人の後継者のふるまいが、重臣たちに次の動きを始めさせる。トップの交代は、公式の発表より先に、周囲の人々の身の振り方に表れる。

この章句が説くこと

後継者喪礼人物鑑定保身予見

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