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尚書 / 益稷

欽四鄰!庶頑讒說,若不在時,侯以明之,撻以記之,書用識哉,欲並生哉!工以納言,時而颺之,格則承之庸之,否則威之。」禹曰:「俞哉!帝光天之下,至于海隅蒼生,萬邦黎獻,共惟帝臣,惟帝時舉。敷納以言,明庶以功,車服以庸。誰敢不讓,敢不敬應?帝不時敷,同,日奏,罔功。」帝曰:「無若丹朱傲,惟慢遊是好,傲虐是作。罔晝夜頟頟,罔水行舟。朋淫于家,用殄厥世。予創若時,娶于塗山,辛壬癸甲。啟呱呱而泣,予弗子,惟荒度土功。弼成五服,至于五千。州十有二師,外薄四海,咸建五長,各迪有功,苗頑弗即工,帝其念哉!」帝曰:「迪朕德,時乃功,惟敘。」皋陶方祗厥敘,方施象刑,惟明。夔曰:「戛擊鳴球、搏拊、琴、瑟、以詠。」祖考來格,虞賓在位,群后德讓。下管鼗鼓,合止柷敔,笙鏞以閒。鳥獸蹌蹌;《簫韶》九成,鳳皇來儀。夔曰:「於!予擊石拊石,百獸率舞,庶尹允諧。」帝庸作歌,曰:「勑天之命,惟時惟幾。」乃歌曰:「股肱喜哉!元首起哉!百工熙哉!」皋陶拜手稽首颺言曰:「念哉!率作興事,慎乃憲,欽哉!屢省乃成,欽哉!」乃賡載歌曰:

新字:欽四鄰!庶頑讒説,若不在時,侯以明之,撻以記之,書用識哉,欲並生哉!工以納言,時而颺之,格則承之庸之,否則威之。」禹曰:「兪哉!帝光天之下,至于海隅蒼生,万邦黎献,共惟帝臣,惟帝時舉。敷納以言,明庶以功,車服以庸。誰敢不譲,敢不敬応?帝不時敷,同,日奏,罔功。」帝曰:「無若丹朱傲,惟慢遊是好,傲虐是作。罔昼夜頟頟,罔水行舟。朋淫于家,用殄厥世。予創若時,娶于塗山,辛壬癸甲。啓呱呱而泣,予弗子,惟荒度土功。弼成五服,至于五千。州十有二師,外薄四海,咸建五長,各迪有功,苗頑弗即工,帝其念哉!」帝曰:「迪朕徳,時乃功,惟敘。」皋陶方祗厥敘,方施象刑,惟明。夔曰:「戛撃鳴球、搏拊、琴、瑟、以詠。」祖考来格,虞賓在位,群后徳譲。下管鼗鼓,合止柷敔,笙鏞以閒。鳥獣蹌蹌;《簫韶》九成,鳳皇来儀。夔曰:「於!予撃石拊石,百獣率舞,庶尹允諧。」帝庸作歌,曰:「勑天之命,惟時惟幾。」乃歌曰:「股肱喜哉!元首起哉!百工熙哉!」皋陶拝手稽首颺言曰:「念哉!率作興事,慎乃憲,欽哉!屡省乃成,欽哉!」乃賡載歌曰:

書き下し

四鄰を欽(つつし)め。庶頑讒説(しよぐわんざんせつ)、若(も)し時(これ)に在らずんば、侯(こう)して以て之を明らかにし、撻(う)ちて以て之を記(しる)し、書して用(も)て識(しる)さんかな、並び生きんことを欲するかな。工は以て言を納れ、時(これ)にして之を颺(あ)げよ。格(ただ)しければ則ち之を承けて之を庸(もち)ゐ、否なれば則ち之を威(おど)せ」と。禹曰く、「俞(しか)りなるかな。帝光天の下、海隅の蒼生に至るまで、万邦の黎献、共に惟れ帝の臣なり。惟れ帝時(これ)を挙げ、敷(あまね)く納るるに言を以てし、明らかにするに功を以てし、車服以て庸ゐれば、誰か敢へて譲らず、敢へて敬して応ぜざらん。帝時(これ)にして敷かずんば、同じく日に奏すとも功罔(な)からん」と。帝曰く、「丹朱の傲(おご)りの若(ごと)くなること無かれ。惟れ慢遊是れ好み、傲虐是れ作(な)す。昼夜罔く頟頟(がくがく)とし、水罔きに舟を行る。家に朋淫し、用(も)て厥(そ)の世を殄(た)つ。予創(こ)りて時(かく)の若くし、塗山に娶る、辛壬癸甲。啓呱呱(ここ)として泣けども、予子とせず、惟れ荒(おほ)いに土功を度(はか)る。五服を弼成して五千に至る。州に十有二の師あり、外は四海に薄(せま)り、咸(みな)五長を建て、各(おのおの)迪(みち)びきて功有り。苗は頑にして工に即かず。帝其れ念へや」と。帝曰く、「朕が徳を迪(ふ)むは、時(こ)れ乃(なんぢ)の功にして、惟れ敘(つい)づればなり」と。皐陶方(まさ)に厥の敘を祗(つつし)み、方に象刑を施して、惟れ明らかなり。夔(き)曰く、「鳴球を戛撃(かつげき)し、搏拊(はくふ)・琴・瑟、以て詠ず」と。祖考来たり格(いた)り、虞賓位に在り、群后徳もて譲る。下に管・鼗鼓(たうこ)あり、合止には柷敔(しゆくぎよ)、笙鏞(しやうよう)以て間(まじ)はる。鳥獣蹌蹌(さうさう)たり。簫韶(せうせう)九成して、鳳皇来儀す。夔曰く、「於(ああ)、予石を撃ち石を拊てば、百獣率ゐて舞ひ、庶尹允(まこと)に諧(やはら)ぐ」と。帝庸(も)て歌を作りて曰く、「天の命を勑(つつし)み、惟れ時惟れ幾(き)」と。乃ち歌ひて曰く、「股肱喜ぶかな、元首起こるかな、百工熙(ひろ)まるかな」と。皐陶拝手稽首し颺言(やうげん)して曰く、「念へや。率ゐて事を作し興し、乃の憲を慎み、欽まんかな。屢(しばしば)乃の成るを省み、欽まんかな」と。乃ち賡(つ)ぎて載(すなは)ち歌ひて曰く、

現代語訳

四方の隣人である臣下たちを敬え。多くの頑なな者や讒言をする者が、もし正しい道にいないならば、弓の射礼の場で明らかにし、むち打ってその過ちを記憶させ、記録に書きとめて戒めとし、共に生きていけるようにしたいものだ。楽官は民の言葉を取り入れ、時に応じてそれを歌にして上に届けよ。正しければそれを受け入れて用い、そうでなければ威厳をもって正せ。」禹は言った。「そのとおりだ。帝よ、天の光が照らす下、海の果ての人々に至るまで、あらゆる国の賢者はみな帝の臣下である。帝がその中から人を選び、言葉を聞いて広く受け入れ、功績によって明らかに試し、車や衣服を与えて報いるならば、誰があえて譲り合わず、誰があえて敬って応じないだろうか。帝がそのように広く行わなければ、みなが一様に毎日報告に来ても成果はないだろう。」帝は言った。「丹朱(たんしゅ、堯の子)のように傲慢であってはならない。彼はただ怠けて遊ぶことを好み、傲慢で残虐なことを行った。昼夜の別なく休まずに騒ぎ、水のない所で舟を押して行かせた。家では仲間と乱れた遊びにふけり、そのために家の世継ぎを絶やした。私(禹)はこれを戒めとしてこのようにしてきた。塗山氏の娘をめとったが、(婚礼の)辛・壬・癸・甲の四日だけで家を出た。息子の啓(けい)が生まれて泣いていても、私は子として慈しむ暇もなく、ただ大いに治水の工事を計画した。五つの服(王畿から外へ広がる五つの地域)を整えて五千里に及ぼした。州ごとに十二人の長を置き、外は四方の海に迫る地まで、みな五人の長を立て、それぞれが民を導いて功績をあげた。ただ苗の民だけは頑なで、仕事に就こうとしない。帝よ、どうかそのことを心に留められよ。」帝は言った。「わが徳が行きわたったのは、そなたの功績であり、それが秩序立っていたからである。」皐陶は今まさにその秩序をつつしんで守り、刑罰の図像を示して明らかにしていた。夔(き、音楽の長官)は言った。「玉の磬を打ち鳴らし、拍子をとる楽器と琴と瑟を奏でて歌う。」すると祖先の霊が降りて来られ、虞の賓客(堯の子の丹朱)も席につき、諸侯は徳をもって譲り合った。堂の下では笛と振り太鼓を鳴らし、始めと終わりには柷と敔(しゅくぎょ、合図の打楽器)を打ち、笙と大鐘を交互に鳴らした。鳥獣も舞い踊った。簫韶(しょうしょう、舜の音楽)の曲が九度奏でられて、鳳凰が飛来して舞った。夔は言った。「ああ、私が石の楽器を打ち鳴らせば、あらゆる獣が連れ立って舞い、多くの役人の長もまことに和合する。」帝はそこで歌を作って言った。「天の命をつつしんで、ただ時に応じ、ただ事のきざしを見よ。」そして歌った。「手足となる臣下が喜んで務めれば、頭である君主は奮い立ち、多くの役人の仕事は盛んになる。」皐陶は手を拝して額を地につけ、声を上げて言った。「よく考えられよ。臣下を率いて事業を起こし、法をつつしみ、つつしんで務められよ。しばしば成果を省みて、つつしんで務められよ。」そして続けて歌って言った。

解説

益稷篇の後半で、君臣のあり方から宮廷の音楽の場面へと移る。舜は讒言する者を戒めつつ、楽官に民の声を歌にして上へ届けさせよと命じる。禹は、言葉を聞き、功績で試し、成果に報いれば人は自ずと譲り合うと答え、丹朱の傲慢を戒めとして、結婚四日で家を出て、生まれた息子の泣き声も顧みずに治水に打ち込んだ自らの経験を語る。公のために私を忘れる献身の姿として、後世長く語り継がれた。夔の奏でる簫韶の曲に祖先の霊が降り、鳳凰が舞い降りたという描写は、君臣の和合が天地万物に通じる理想を表している。舜の歌では、臣下が喜んで働けば君主が奮い立ち、事業が盛んになると歌われる。組織の活力は、命じる力よりも、働く人が喜んで力を出せる空気から生まれる。

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