諸葛亮集 / 前出師表・第三段
宮中府中,俱爲一體,陟罰臧否,不宜異同。若有作奸犯科及爲忠善者,宜付有司論其刑賞,以昭陛下平明之治,不宜偏私,使內外異法也。
新字:宮中府中,倶為一体,陟罰臧否,不宜異同。若有作奸犯科及為忠善者,宜付有司論其刑賞,以昭陛下平明之治,不宜偏私,使内外異法也。
書き下し
宮中・府中は、倶に一体たり。陟罰臧否は、宜しく異同あるべからず。若し奸を作し科を犯す及び忠善を為す者有らば、宜しく有司に付して其の刑賞を論ぜしめ、以て陛下の平明の治を昭らかにすべし。宜しく偏私して、内外をして法を異にせしむべからざるなり。
現代語訳
宮中と丞相府は、ともに一つの体です。昇進させ処罰し、善を認め悪を退けるその基準に、違いがあってはなりません。もし悪事を働き法を犯す者、あるいは忠義や善行をなした者がいれば、担当の役人に任せてその刑罰や賞を論じさせ、陛下の公平で明らかな政治を示してください。私情にかたよって、宮中の内と外とで法を異にしてはなりません。
解説
宮中と政府(府中)は一つの体であり、賞罰の基準を分けてはならないという一段です。ここでの宮中は皇帝のそば、府中は諸葛亮のいる丞相府を指します。身内には甘く、外には厳しいという二重基準は、組織の信頼を最も早く損ないます。諸葛亮は、判断を担当の役人に委ね、公平な治を示すよう求めました。現代でも、近しい人や社長のお気に入りへの評価が甘いと、制度全体への信用が失われます。評価と処遇の基準を全員に同じに保つことが、組織の土台になると読めます。
この章句が説くこと
宮中府中一体陟罰臧否有司刑賞平明の治
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