初学訓 / 巻之五
一耳目口腹の慾を恣にして、一時快しと思へど、其樂いまだ果てざる内に、早くうれへ來る。酒食色慾を過して、樂むと思へど、其樂の内に、早く祟をなすが如きの類なり。すでに、はじめに快きことは、終には、必ず禍となる。後の禍をおそるれば、前に快きことを求むべからず。又、はじめに苦みて勤むれば、必ず後の喜樂となる。味よき酒食を過せば、たちまち病起り、にがき藥をのみ、あつき炙をすれば、必ず後は病去りて、身の益となるが如し。
新字:一耳目口腹の慾を恣にして、一時快しと思へど、其楽いまだ果てざる内に、早くうれへ来る。酒食色慾を過して、楽むと思へど、其楽の内に、早く祟をなすが如きの類なり。すでに、はじめに快きことは、終には、必ず禍となる。後の禍をおそるれば、前に快きことを求むべからず。又、はじめに苦みて勤むれば、必ず後の喜楽となる。味よき酒食を過せば、たちまち病起り、にがき薬をのみ、あつき炙をすれば、必ず後は病去りて、身の益となるが如し。
書き下し
一耳目口腹の慾を恣にして、一時快しと思へど、其楽いまだ果てざる内に、早くうれへ来る。酒食色慾を過して、楽むと思へど、其楽の内に、早く祟をなすが如きの類なり。すでに、はじめに快きことは、終には、必ず禍となる。後の禍をおそるれば、前に快きことを求むべからず。又、はじめに苦みて勤むれば、必ず後の喜楽となる。味よき酒食を過せば、たちまち病起り、にがき薬をのみ、あつき炙をすれば、必ず後は病去りて、身の益となるが如し。
現代語訳
耳目口腹の欲をほしいままにして、一時は快いと思っても、その楽しみがまだ終わらないうちに、早くも憂いがやって来ます。酒食や色欲を過ごして楽しむと思っても、その楽しみの中で、早くも祟りをなすような類です。つまり、初めに快いことは、終わりには必ず禍となります。後の禍を恐れるなら、先に快いことを求めてはいけません。また、初めに苦しんで勤めれば、必ず後の喜びと楽しみになります。おいしい酒食を過ごせば、たちまち病が起こり、苦い薬を飲み、熱い灸をすえれば、必ず後には病が去って身の益となるようなものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを楽とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かかるいやしき楽を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元気衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ楽とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に従ふほどの楽、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、ただ是を以て楽とすべし。道を行ひ人をすくふを楽とせずして、あだなる世俗の楽を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、慎みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを楽むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて楽を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し尽して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいままにすれば、名を汚し、財禄と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
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『初学訓』巻之四慾をこらふるは、酒食好色など、およそ、わが心に合ひてすき好める耳目口体の慾、財宝器物の慾、皆こらへて、恣に貪らざるなり。忿と慾との二をこらへざれば、義理にそむき、心を乱し、病を生じ、財をつひやし、恥辱をとり、命を失ふ。其害大なり。凡そ身の禍は、忿慾をこらへざるより起る。しばしの間、忿をこらへずして身を忘るれば、父母をうれへしむ。不孝、是より大なるはなし。しばらく堪忍すれば、禍なくして喜あり。古人の詩にも、忍過事堪喜といへり。堪忍しすまして後は、喜ありといふ意なり。しばし堪忍せざれば、莫大の禍となる。程子も、貪慾を忍ぶと忍ばざると、便見有徳無徳といへり。
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『初学訓』巻之五一養生の道も、亦よく謹みて、慾を堪ふるにあり。養生の要は、飲食色慾をこらへて過さず、心を和け気を平らかにし、かなしみ、いかり、うれへ、思ひを過さず、又風寒暑湿の外邪を防ぐべし。飲食色慾は内慾なり。風寒暑湿は外邪なり。つよき人も、内慾を過し、外邪に傷らるれば、病に冒されて、長生を得がたし。又、生れつきよわけれど、よく保養すれば、天年をたもちて長寿なり。わかき時より、早く養生をつとむべし。わかく血気さかんなれば、飲食色慾恣なり。いましむべし。飲食色慾を恣にすれば、元気つきて短命なり。中年以後は、色慾より、飲食の慾尤こらへ難し。内慾にやぶられて元気減れば、外邪も侵しやすく、病起りやすし。人の天年を保たずして、早く死ぬるは、多くは、飲食色慾の二に傷らるればなり。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の耳目口体の、見る事、聞く事、飲み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飲食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいままにすれば、節に過て、身をそこなひ、礼義にそむく。万の悪は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口体の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人はここに於て、専心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
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『養生訓』巻第二・総論下一古語に曰く、日に一日を慎めば、寿終るまで殃無し。言は、一日々々をあらためて、朝より夕迄、毎日つつしめば、身にあやまちなく、身をそこなひやぶる事なくして、寿くして天年終るまでわざはひなしとなり。是身をたもつ要道なり。一飲食色慾をほしいままにして、其はじめ、少しの間我心に快き事は、後に必ず身をそこなひ、長きわざはひとなる。後にわざはひ無からん事を求めば、初わが心に快からん事をこのむべからず。万の事、はじめ快くすれば、必ず後の禍となる。初つとめてこらふれば、必ず後の楽となる。
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『楽訓』巻之上・総論世俗の楽は、其楽いまだ止まざるに、はやく我が身の苦とぞなれる。たとへば味よき物をむさぼりて、恣に飲みくへば、はじめは快しといへど、やがて病おこり、身の苦となれるが如し。凡世俗の楽は、心をまよはし、身をそこなひ、人を苦ましむ。君子の楽は、迷なくして心を養ふ。外物を以ていはば、月花をめで、山水を見、風を吟じ、鳥をうらやむの類、其楽淡ければ、終日楽めども身にわざはひなく、人のとがめ、神のいさむるわざにあらず。此楽、貧賤にしても得やすく、後のわざはひなし。富貴の人は、其おごり怠にすさみて、此楽を知らず。貧賤の人は、此二の失すくなし。志だにあれば、此楽を得やすし。
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