初学訓 / 巻之四
一士は、萬民を養ひ助けんための官なり。昔より、其ために其職分を立てたれば、士たる人は、民を憐み惠む志忘るべからず。凡そ道に志ありて義を好み、心直にして情ふかく、僞なくて謹あるは、良士なり。一農は、田をつくる民なり。是人を養ふものなれば、四民の本なり。隙ある時を以て、わづかに使ひ、暇あらしめて、耕作を專に勤めしむべし。農人は、天の時にしたがひて、春夏秋冬のつとめ怠るべからず。又、地の利によりて、其土に宜しき五穀を種うれば、田畠のなりはひよし。其上、儉約にして財を妄に用ひざれば、財多くして、公に貢をそなへ、父母妻子を養ふに乏しからず。又、身をつゝしみ、法度を犯さず、公役におこたらず、私用を後にし、土貢をはやく納むれば、罪咎なくして、父母のうれへなく、其心も亦安樂なり、是良農なり。かやうの良農あれば、萬民の手本となる。
新字:一士は、万民を養ひ助けんための官なり。昔より、其ために其職分を立てたれば、士たる人は、民を憐み恵む志忘るべからず。凡そ道に志ありて義を好み、心直にして情ふかく、偽なくて謹あるは、良士なり。一農は、田をつくる民なり。是人を養ふものなれば、四民の本なり。隙ある時を以て、わづかに使ひ、暇あらしめて、耕作を専に勤めしむべし。農人は、天の時にしたがひて、春夏秋冬のつとめ怠るべからず。又、地の利によりて、其土に宜しき五穀を種うれば、田畠のなりはひよし。其上、倹約にして財を妄に用ひざれば、財多くして、公に貢をそなへ、父母妻子を養ふに乏しからず。又、身をつゝしみ、法度を犯さず、公役におこたらず、私用を後にし、土貢をはやく納むれば、罪咎なくして、父母のうれへなく、其心も亦安楽なり、是良農なり。かやうの良農あれば、万民の手本となる。
書き下し
一士は、万民を養ひ助けんための官なり。昔より、其ために其職分を立てたれば、士たる人は、民を憐み恵む志忘るべからず。凡そ道に志ありて義を好み、心直にして情ふかく、偽なくて謹あるは、良士なり。一農は、田をつくる民なり。是人を養ふものなれば、四民の本なり。隙ある時を以て、わづかに使ひ、暇あらしめて、耕作を専に勤めしむべし。農人は、天の時にしたがひて、春夏秋冬のつとめ怠るべからず。又、地の利によりて、其土に宜しき五穀を種うれば、田畠のなりはひよし。其上、倹約にして財を妄に用ひざれば、財多くして、公に貢をそなへ、父母妻子を養ふに乏しからず。又、身をつつしみ、法度を犯さず、公役におこたらず、私用を後にし、土貢をはやく納むれば、罪咎なくして、父母のうれへなく、其心も亦安楽なり、是良農なり。かやうの良農あれば、万民の手本となる。
現代語訳
士は万民を養い助けるための官です。昔からそのためにその職分を立てたので、士である人は、民を憐れみ恵む志を忘れてはいけません。およそ道に志があって義を好み、心がまっすぐで情け深く、偽りがなく慎みがあるのが良い士です。農は田を作る民です。これは人を養うものなので、四民の本です。暇のある時期にだけわずかに使役し、余裕を持たせて、耕作にひたすら努めさせるべきです。農民は天の時に従って、春夏秋冬の務めを怠ってはいけません。また地の利によって、その土地に適した五穀を植えれば、田畑の実りはよい。そのうえ倹約して財をむやみに使わなければ、財が多くなって、公に年貢を納め、父母妻子を養うのに乏しくありません。また身を慎み、法度を犯さず、公の役を怠らず、私用を後にし、年貢を早く納めれば、罪や咎がなくて、父母の心配もなく、その心もまた安楽です。これが良い農民です。このような良い農民がいれば、万民の手本となります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『初学訓』巻之四一士は、王公大人より下士にいたるまでをいふ。いにしへ、士を立てし本意は、農工商ををさめ養はしめんためなり、民に養はれんためには非ず。凡土地を多く領する人は、我が身ひとりに私せず、倹約にして、奢と私慾なく、民をやしなふを以て心とすれば、其家長く久しく、財宝みちみちて、身の利養ゆたかなり。いにしへ、からやまとの賢君、身に倹約を行ひ、おごりつひえをなし給はざりし故に、たびたび民の貢物をゆるし給へども、後には、倉にたから満ち満ちて、米腐り銭なは朽ちて断れたりとかや。又、公卿より下つかた、士庶人に至るまで、身ををさめて、君によく仕ふれば、君のやしなひを得、財禄をたもちて、利養は求めずして、おのづから其中にあり。しかれば、士たる人は、その官職を専らつとめて、利養は求むべからず。
-
『君子訓』巻之中一農は国の本なり。一年の間隙なく耕作を務め、米穀を作り出して、上に貢し、万民を養ふものなり。最憐みて飢寒の憂なからしむべし。農の時を奪はざるは、農の為のみにあらず、国の為なり。農民は日夜勤労すれども、ややもすれば水早風虫の災ありて、其利少し。歳凶して土貢を納むることを欠けば、妻子を売り身を売るに至る。年豊なれば、米穀価やすくして困究をまぬかれず。利少き故なり。工人は其勤農に及ばざれど其利多し。商人の利は工に倍す。故に農人漸々に減じ、工商は年々に增す。田を作る者は少くして、器を造り、貨物を商ふ者多し。布を織るもの少くして、綾錦を製し繍染を事とする者多きは、世間困究の本なり。是を以て、古の明王は農を重んじて工商を抑へ、五穀を貴んで金玉を賤み給へり。倹約を行ひて華美を禁ずるは、本を重んじ末を抑ふるの道にして、国を治め民を安んずるの政なり。
-
『初学訓』巻之四一勤は、万事の立ちて行はるる所なり。勤めざれば、おこたりて、何事も廃る。五倫の道も、勤にあらざれば行はれず。中につきて、忠孝の道をつとむるは、人道の大節なり。四民ともに、夙にはやく起き、夜におそく寝ねて、其家業をよく勤むれば、各その業をさまる。士は、君につかへて身をかへりみず、私なくして誠をつとむべし。此の如くなれば、禄は求めずして、其中にあり。農工商は、家の業をよく勤めつつ慎みて、偽なければ、財を得て貧しからず。古語に、人生は勤にあり、つとむれば則ち匱しからず、と言へるが如し。
-
『管子』小匡今夫れ農は、羣萃して州處し、其の四時を審らかにし節を權り、其の械器を具備し、耒耜穀芨を用比す。寒に及べば、槀を擊ち田を除き、以て時を待ちて乃ち耕す。深く耕し均しく種き疾く耰し、雨に先んじて芸耨し、以て時雨を待つ。時雨既に至れば、其の槍刈耨鎛を挾み、旦暮を以て田壄に從事し、衣を稅ぎて功に就き、苗莠を別ち、疏遬を列ね、首に苧蒲を戴き、身に襏襫を服し、體を沾し足を塗り、其の髪膚を暴し、其の四支の力を盡くして、以て疾く田野に從事す。少くして焉に習えば、其の心焉に安んじ、異物を見て遷らず。是の故に其の父兄の教は、肅ならずして成る。其の子弟の學は、勞せずして能くす。是の故に農の子は常に農と為る、樸野にして慝ならず。其の秀才の士と為る能う者は、則ち賴むに足るなり。故に以て耕せば則ち粟多く、以て士とせば則ち賢多し、是を以て聖王は農を敬い畏れ戚しむ。
-
『初学訓』巻之四一文学を好みて、義理をこのまざるを、俗学といふ。たとひ、四書五経を専に読み、其文義に通じ、程朱の学をするとも、義理を好まざるは、俗学なり。いやしむべし。一国土に四民あり、士農工商なり。四民みな、義理を行ふことは一にして、利養を求むることわざ、各かはれり。義理を行ふとは、即人倫の道を行ふをいふ。是四民ともに同じ。利養は、世を渡るいとなみなり。是四民各かはれり。
-
『益軒家訓』士業勿怠一四民の内、士を以て長とす。故に士となるは大なるさいはひ也。文武の道をまなび、身をたて、道を行ひ、その家を興し、先祖よりの家業を弥保ち守るべし、若艱厄に値ひ、貧窮になり、或は多病にして、君に仕ふる事なりがたくて、農工商とならん事は、口惜けれど、義によつて業を改むるは苦しからず。但利の為に父祖の家を捨て、庶民となるべからず。我が子孫是をいましむべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る