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初学訓 / 巻之三

一學者、讀書の樂きはまりなし。此樂、無學の人に知らしめ難し。わが輩の如き愚者といへども、書を讀めば、古の聖賢に目のあたり見えて、その敎を聽くが如し。又、書を讀めば、天地萬物の道理に通じ、からやまとの天下古今の事を知る。其樂大ならずや。一いまだ道を知らざる人は、酒に醉ひて醒めず、眠りて覺めざるが如し。道を知れる人は、酒にゑひて醒むる如く、ねぶりの覺めたるがごとし。故に、道を知れる人を、先醒といふ。此醉さむる人稀なり。吾も人も、身を終るまで、醉ひてねぶり覺めず。されども、よく學んで、久しく此道に志ある人は、晩くとも覺むる理あり。少し學べば少しの益あり。大に學べば大に益あり。益あらずといふことなし。されども、學びやう惡しくして、善を行はず人をあはれまず、我が身にほこり人をそしり侮り、人に勝たんとする心甚しくなるは、學才長ずるに隨ひて、彌其人あしくなる。今の世には、かやうの學者多くなる。末世の學者のならひ、おそるべし。

新字:一学者、読書の楽きはまりなし。此楽、無学の人に知らしめ難し。わが輩の如き愚者といへども、書を読めば、古の聖賢に目のあたり見えて、その教を聴くが如し。又、書を読めば、天地万物の道理に通じ、からやまとの天下古今の事を知る。其楽大ならずや。一いまだ道を知らざる人は、酒に酔ひて醒めず、眠りて覚めざるが如し。道を知れる人は、酒にゑひて醒むる如く、ねぶりの覚めたるがごとし。故に、道を知れる人を、先醒といふ。此酔さむる人稀なり。吾も人も、身を終るまで、酔ひてねぶり覚めず。されども、よく学んで、久しく此道に志ある人は、晩くとも覚むる理あり。少し学べば少しの益あり。大に学べば大に益あり。益あらずといふことなし。されども、学びやう悪しくして、善を行はず人をあはれまず、我が身にほこり人をそしり侮り、人に勝たんとする心甚しくなるは、学才長ずるに随ひて、弥其人あしくなる。今の世には、かやうの学者多くなる。末世の学者のならひ、おそるべし。

書き下し

一学者、読書の楽きはまりなし。此楽、無学の人に知らしめ難し。わが輩の如き愚者といへども、書を読めば、古の聖賢に目のあたり見えて、その教を聴くが如し。又、書を読めば、天地万物の道理に通じ、からやまとの天下古今の事を知る。其楽大ならずや。一いまだ道を知らざる人は、酒に酔ひて醒めず、眠りて覚めざるが如し。道を知れる人は、酒にゑひて醒むる如く、ねぶりの覚めたるがごとし。故に、道を知れる人を、先醒といふ。此酔さむる人稀なり。吾も人も、身を終るまで、酔ひてねぶり覚めず。されども、よく学んで、久しく此道に志ある人は、晩くとも覚むる理あり。少し学べば少しの益あり。大に学べば大に益あり。益あらずといふことなし。されども、学びやう悪しくして、善を行はず人をあはれまず、我が身にほこり人をそしり侮り、人に勝たんとする心甚しくなるは、学才長ずるに随ひて、弥其人あしくなる。今の世には、かやうの学者多くなる。末世の学者のならひ、おそるべし。

現代語訳

学ぶ者にとって、読書の楽しみは限りがありません。この楽しみは、学問のない人には知らせがたい。私のような愚か者でも、書を読めば、昔の聖賢に目の当たりに会って、その教えを聞くようです。また書を読めば、天地万物の道理に通じ、中国と日本の天下古今の事を知ります。その楽しみは大きくないでしょうか。いまだ道を知らない人は、酒に酔って醒めず、眠って覚めないようなものです。道を知った人は、酒の酔いが醒めたように、眠りから覚めたようです。だから道を知った人を「先醒」(先に醒めた人)といいます。この酔いが醒める人はまれです。私も人も、生涯酔って眠り、覚めないのです。けれども、よく学んで長くこの道に志す人は、遅くとも覚める理があります。少し学べば少しの益があり、大いに学べば大いに益があります。益がないということはありません。けれども、学び方が悪くて、善を行わず人を憐れまず、自分を誇り人をそしり侮り、人に勝とうとする心がはなはだしくなるのは、学才が伸びるにつれて、ますますその人が悪くなるのです。今の世には、このような学者が多くなりました。末世の学者の習いは恐るべきものです。

解説

読書の楽しみを語る、益軒の実感のこもった条です。書を読めば昔の聖賢に会って教えを聞くようだという言葉は、生涯に膨大な書を読み、多くの著作を残した益軒ならではのものです。道を知らない状態を酔いと眠りにたとえ、学べば少しずつ醒めていくと言います。「先醒」は漢の賈誼の『新書』にある篇名です。一方で、学ぶほど傲慢になる学者への警告も忘れません。本を読むことは楽しみであると同時に、自分を正す営みであるべきなのです。

この章句が説くこと

読書楽しみ学問先醒傲慢

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