初学訓 / 巻之二
一人を譏るは、わが同類を疎んじにくみて害ふなり。是、不仁にして愛なきなり。同類をあなどり輕んじて蔑にするは、不敬なり、無禮なり。不仁無禮は惡なり、尤いましむべし。人をそしりて、たとひ理にあたるとも、厚き道にあらず、況や、實に過ぐるをや。人をそしるは、道理にそむくのみならず、必ず身の禍となる。人をそしれば、人も亦我をそしる。天に向ひて唾吐くが如し。そしらるゝ人は、一生の恨となる。人をそしりて、人知るまじきと思ふは愚なり。惡事千里を行く理あり、壁に耳ありと思ふべし。なかにつきて、君上をそしるは大不敬にして、其罪大なり。古語にも、臣の惡は莫大於誹君といへり。もし人ありて君上を誹らば、わが身は、口を噤んでいふべからず。
新字:一人を譏るは、わが同類を疎んじにくみて害ふなり。是、不仁にして愛なきなり。同類をあなどり軽んじて蔑にするは、不敬なり、無礼なり。不仁無礼は悪なり、尤いましむべし。人をそしりて、たとひ理にあたるとも、厚き道にあらず、況や、実に過ぐるをや。人をそしるは、道理にそむくのみならず、必ず身の禍となる。人をそしれば、人も亦我をそしる。天に向ひて唾吐くが如し。そしらるゝ人は、一生の恨となる。人をそしりて、人知るまじきと思ふは愚なり。悪事千里を行く理あり、壁に耳ありと思ふべし。なかにつきて、君上をそしるは大不敬にして、其罪大なり。古語にも、臣の悪は莫大於誹君といへり。もし人ありて君上を誹らば、わが身は、口を噤んでいふべからず。
書き下し
一人を譏るは、わが同類を疎んじにくみて害ふなり。是、不仁にして愛なきなり。同類をあなどり軽んじて蔑にするは、不敬なり、無礼なり。不仁無礼は悪なり、尤いましむべし。人をそしりて、たとひ理にあたるとも、厚き道にあらず、況や、実に過ぐるをや。人をそしるは、道理にそむくのみならず、必ず身の禍となる。人をそしれば、人も亦我をそしる。天に向ひて唾吐くが如し。そしらるる人は、一生の恨となる。人をそしりて、人知るまじきと思ふは愚なり。悪事千里を行く理あり、壁に耳ありと思ふべし。なかにつきて、君上をそしるは大不敬にして、其罪大なり。古語にも、臣の悪は莫大於誹君といへり。もし人ありて君上を誹らば、わが身は、口を噤んでいふべからず。
現代語訳
人をそしるのは、自分の同類を疎んじ憎んで損なうことです。これは不仁で愛がないのです。同類を侮り軽んじてないがしろにするのは、不敬であり無礼です。不仁や無礼は悪であり、最も戒めるべきです。人をそしって、たとえそれが理にかなっていても、厚い道ではありません。まして事実を越えてそしるのはなおさらです。人をそしるのは、道理に背くだけでなく、必ず身の禍となります。人をそしれば、人もまた自分をそしります。天に向かって唾を吐くようなものです。そしられた人には一生の恨みとなります。人をそしって、人に知られないだろうと思うのは愚かです。悪事千里を走るという理があり、壁に耳ありと思うべきです。中でも、主君や目上をそしるのは大きな不敬で、その罪は大きい。古語にも「臣の悪で、主君をそしるより大きなものはない」とあります。もし誰かが主君や目上をそしっていたら、自分は口を閉ざして言ってはいけません。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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