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初学訓 / 巻之二

輕重と貴賤を知らざるなり。愚なりといふべし。愚人も、義理を好む心あれど、私欲にまよひて、義理のおもきことを忘る。是、本心を失へるなり。かろき財利を貪りて、至りて貴き義理を捨つるは、たとへば、雀をとらんとて、寶玉を礫にして、投げうつが如し。

新字:軽重と貴賤を知らざるなり。愚なりといふべし。愚人も、義理を好む心あれど、私欲にまよひて、義理のおもきことを忘る。是、本心を失へるなり。かろき財利を貪りて、至りて貴き義理を捨つるは、たとへば、雀をとらんとて、宝玉を礫にして、投げうつが如し。

書き下し

軽重と貴賤を知らざるなり。愚なりといふべし。愚人も、義理を好む心あれど、私欲にまよひて、義理のおもきことを忘る。是、本心を失へるなり。かろき財利を貪りて、至りて貴き義理を捨つるは、たとへば、雀をとらんとて、宝玉を礫にして、投げうつが如し。

現代語訳

これは軽重と貴賤を知らないのです。愚かというべきです。愚かな人にも義理を好む心はありますが、私欲に迷って義理の重いことを忘れます。これは本心を失っているのです。軽い財利を貪って、きわめて貴い義理を捨てるのは、たとえば雀を捕ろうとして、宝玉を石つぶての代わりに投げつけるようなものです。

解説

前の条の金と銅の喩えに続き、雀を捕るために宝玉を投げるという喩えを重ねます。これは『荘子』譲王篇の「随侯の珠を以て千仞の雀を弾つ」を踏まえたものと見られ、得るものに比べて失うものがはるかに大きい愚かさを示します。益軒は、愚かな人にも義を好む心はあるが、私欲に迷って忘れるのだと言い、人を見下してはいません。私たちも、つまらない見栄や小さな得のために、信頼や人間関係という宝を投げ出していないか、振り返ってみたいものです。

この章句が説くこと

義理私欲軽重本心喩え

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