初学訓 / 巻之二
一長生を好むより、義理を好むこと重しとは、如何ぞや。君と親とのため、義を見て命を捨つるはいふに及ばず、かりそめに、友に連れだち道を行くにも、向より、惡人來り、行きあひて、不慮に友と口論し、戰に及ぶ時、友を見捨てて逃げ去ることは、士ほどなる者はせず。是、命より義理は重き故にあらずや。又、わづかなる祿を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命を捨つるは珍しからず、一言の辱めを受けても、義において忍びがたく、命を捨つるならひなり。國土と王位にも換へざる重き命なれども、義理は、命よりも遙かにおもき故に、いかなる賤しきおろかなる下部といへども、命を捨て義理を行ふ。是を以て、長生を好むより、義理を好むことは重しと知るべし。
新字:一長生を好むより、義理を好むこと重しとは、如何ぞや。君と親とのため、義を見て命を捨つるはいふに及ばず、かりそめに、友に連れだち道を行くにも、向より、悪人来り、行きあひて、不慮に友と口論し、戦に及ぶ時、友を見捨てて逃げ去ることは、士ほどなる者はせず。是、命より義理は重き故にあらずや。又、わづかなる禄を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命を捨つるは珍しからず、一言の辱めを受けても、義において忍びがたく、命を捨つるならひなり。国土と王位にも換へざる重き命なれども、義理は、命よりも遥かにおもき故に、いかなる賤しきおろかなる下部といへども、命を捨て義理を行ふ。是を以て、長生を好むより、義理を好むことは重しと知るべし。
書き下し
一長生を好むより、義理を好むこと重しとは、如何ぞや。君と親とのため、義を見て命を捨つるはいふに及ばず、かりそめに、友に連れだち道を行くにも、向より、悪人来り、行きあひて、不慮に友と口論し、戦に及ぶ時、友を見捨てて逃げ去ることは、士ほどなる者はせず。是、命より義理は重き故にあらずや。又、わづかなる禄を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命を捨つるは珍しからず、一言の辱めを受けても、義において忍びがたく、命を捨つるならひなり。国土と王位にも換へざる重き命なれども、義理は、命よりも遥かにおもき故に、いかなる賤しきおろかなる下部といへども、命を捨て義理を行ふ。是を以て、長生を好むより、義理を好むことは重しと知るべし。
現代語訳
長生きを好むより、義理を好むほうが重いとはどういうことでしょうか。主君や親のために、義を見て命を捨てることは言うまでもなく、かりそめに友と連れ立って道を行くときでも、向こうから悪人が来て行き会い、不意に友と口論して戦いになったとき、友を見捨てて逃げ去ることは、武士ほどの者はしません。これは命より義理が重いからではないでしょうか。また、わずかな俸禄を得て主君に仕える下僕でも、主人のために命を捨てることは珍しくなく、一言の辱めを受けても、義において忍びがたく、命を捨てるのが習いです。国土や王位とも換えない重い命であるけれども、義理は命よりもはるかに重いので、どんな身分が低く愚かな下僕であっても、命を捨てて義理を行うのです。このことから、長生きを好むより義理を好むほうが重いと知るべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之六・躬行上しかれば富貴より、命はおもきにあらずや。故曰、務業より養生は重し。又君父のために命をすつるは、云ふに及ばず、朋友とつれ立て道を行くに、もし向より人来りて、朋友と口論し闘はば士ほどの者は、其友を見すてて、逃ぐる人あるべからず。たたかひて死すれども、かへりみず。又わづかなる禄を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命をすつるは、めづらしからず。是生命より義理はおもきにあらずや。凡此三は、天下の人、むまれつきて、各其心にねがふ所にして、又行ふべき当然の道なり。つとめて怠るべからず。其内に、軽重あること此の如し。義理の、生命よりも富貴よりも、重く貴ぶべきこと、是を以て知るべし。然れば、命ををしみて義理を失ふは、軽重を知らざるなり。いはんや利欲によりて大なる義理を失ふは、いふにおよばず。
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『初学訓』巻之二一此三は、天が下の生きとし生ける人、高きいやしき、賢し愚なる、皆、是を好まざる人なし。まづ、富貴を好むより長生を好むこと重しとは、如何ぞや。富貴とは、禄多きを富といひ、位高きを貴といふ。富は国土をたもち、貴きこと国王となるは、富貴の至極なり。もし人ありて、汝に、国土をあたへ王位をゆづるべし。しからば、汝が命を奪ふべしとあらば、いかなる愚人も、命を失ひて、国土と王位を得んと思ふ者はあらじ。是、大富貴を捨てて、命を生きんことを願ふこと、かくの如し。然れば、富貴をこのむより、長生を好むは重きにあらずや。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上命なくては、富貴も用なし。命はかほど重きものなれども、義理にあたりては命をもかろく棄つること、君子はいふに及ばず、凡夫も能くするは、是人の本心なり。然れば、義理ほど重きものは無しと知るべし。かほどに一命より甚重き義理をすてて、きはめて軽き私欲にしたがふは、本心を失へるなり。誠に愚なりといふべし。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一孟子曰、志士は溝壑にあるを忘れず。勇士は其元をうしなふに忘れず。いふ意は、義理に志ある士は、たとひわが身不幸にして、飢ゑて溝壑にふしまろびて死ぬるとも、其時までは、義理を忘れず。又義理に勇む士は、たとひ人と戦つて、我がかうべを失ふ時にいたるといへども、義理を忘れずとなり。士たる者は、必此語を常に心にたもちて失ふべからずと、古人もいへり。人の命はおもき物なれど、義理は又命より甚おもし。故に生死の大事にのぞんでも、義理を忘るべからざる事、かくの如し。いはんや名利好色財宝は、皆外物の軽き物なれば、なんぞ是をむさぼりて、おもき道義を失はんや。およそ人の欲は、富貴をきはむるにあり。然れども、いたれる富貴よりも、換へがたきは命なり。
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『初学訓』巻之二一人に義理あり、利養あり。義理は、天道にしたがひて、仁義の心をたもち、五倫の道を行ふをいふ。利養は、四民ともに各其家業をつとめ、衣食居所を求むる営をなして、身を養ふをいふ。義理は心を養ひ、財利は身を養ふ。凡そ、人の日夜営むべきこと、此二の外にこれなし。然るに、義理の心を養ふは、至りておもく、利養の身を養ふは、義理にくらぶれば甚だかろし。此二の軽重を知りて、義をたつとび、利を賤むべし。義を貴び、利をいやしむは、君子の心なり。利を貴び、義を忘るるは、小人の心なり。君子小人の別は、義と利との間にあり。一およそ、人の好むこと多しといへども、其大なること三あり。一には、富貴を好む。二には、長生を好む。三には、義理をこのむ。此三の内、軽重あり。富貴をこのむより長生をこのむは重く、長生を好むより義理を好むはおもし。人の好む所、軽重おのづから此の如くなるのみならず、好むべき道理の軽重も、亦おのづからかくの如し。
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『初学訓』巻之三一節義とは、君、親夫のために、義理を守りて命を軽ずるをいふ。武士の戦場にのぞみて、君のため、命を惜まざるはいふに及ばず、禄を惜みて、君をいさめず、命ををしみて君にそむき、敵に降り、或は、婦人の夫にそむき、死をおそれて敵にしたがふやうの類を、節義を失ふといふ。是、利欲にひかれ、命ををしみて、義理をうしなふなり。凡、男女ともに、万の才能うるはしくとも、節義闕けては、其余のよきことは見るにたらず。
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