初学訓 / 巻之二
一國土を治め給ふ君は、民を惠み治むる役人にて、民をいつくしみ惠むを以て職分とす。是、民の父母なれば、其臣下と萬民を愛して、情ふかく憐みあつかるべし。われ一人の樂を專にして、民を苦ましむるは不仁なり。上仁あれば、民も亦、其めぐみになつきて、君を仰ぐ事、父母の如く思ひて忘れず。上は下を憐みて仁あり、下は上を尊びて義あるべし。上仁あり下義あれば、上下和合し、國土平安なり。一條內大臣の歌に、民やすく國ゆたかなる御代なれば君を千とせと誰が祈らぬといへるが如くなるべし。君を千とせと萬民のいのるは、君の德なり。まことにめでたく尊ぶべし。
新字:一国土を治め給ふ君は、民を恵み治むる役人にて、民をいつくしみ恵むを以て職分とす。是、民の父母なれば、其臣下と万民を愛して、情ふかく憐みあつかるべし。われ一人の楽を専にして、民を苦ましむるは不仁なり。上仁あれば、民も亦、其めぐみになつきて、君を仰ぐ事、父母の如く思ひて忘れず。上は下を憐みて仁あり、下は上を尊びて義あるべし。上仁あり下義あれば、上下和合し、国土平安なり。一条内大臣の歌に、民やすく国ゆたかなる御代なれば君を千とせと誰が祈らぬといへるが如くなるべし。君を千とせと万民のいのるは、君の徳なり。まことにめでたく尊ぶべし。
書き下し
一国土を治め給ふ君は、民を恵み治むる役人にて、民をいつくしみ恵むを以て職分とす。是、民の父母なれば、其臣下と万民を愛して、情ふかく憐みあつかるべし。われ一人の楽を専にして、民を苦ましむるは不仁なり。上仁あれば、民も亦、其めぐみになつきて、君を仰ぐ事、父母の如く思ひて忘れず。上は下を憐みて仁あり、下は上を尊びて義あるべし。上仁あり下義あれば、上下和合し、国土平安なり。一条内大臣の歌に、民やすく国ゆたかなる御代なれば君を千とせと誰が祈らぬといへるが如くなるべし。君を千とせと万民のいのるは、君の徳なり。まことにめでたく尊ぶべし。
現代語訳
国土を治められる主君は、民に恵みを施して治める役目の人で、民を慈しみ恵むことを職分とします。これは民の父母なので、その臣下と万民を愛して、情け深く憐れみ厚くあるべきです。自分一人の楽しみを専らにして、民を苦しめるのは不仁です。上に仁があれば、民もまたその恵みになついて、主君を仰ぐことを父母のように思って忘れません。上は下を憐れんで仁があり、下は上を尊んで義があるべきです。上に仁があり下に義があれば、上下が和合して、国土は平安です。一条内大臣の歌に「民やすく国ゆたかなる御代なれば君を千とせと誰が祈らぬ(民が安らかで国が豊かな御代なので、君の千年の長寿を誰が祈らないことがあろうか)」とあるようであるべきです。主君の千年の長寿を万民が祈るのは、主君の徳によるのです。まことにめでたく、尊ぶべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之六古人曰く、一人を以て天下を治め、天下を以て一人に奉ぜずと。是れ上古君を立つるの意、須らく此くの如くなるべし。嗚呼古の賢君は、一人の力を以て彼の億兆の人を養ふ。何ぞ其れ仁なるや。古の暴君は、億兆の力を労して我が一人を養ふ。何ぞ其れ不仁なるや。
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『五常訓』巻之三・仁之下一いにしへ国家の長久せしは、其君仁なればなり。亡びしは、其君不仁なればなり。桀紂以下、歴代不仁の君ほろびざるは無し。堯舜湯武は申すに及ばず、漢の高祖文帝、後漢の光武、唐の太宗、其余歴代の賢君は、皆仁愛ありし故、国家長久せり。凡国家の興亡、身の安危皆仁と不仁とによれり。貴きも賤しきも、仁の道豈つとめざるべけんや。禹湯は、己が身をせむ。故にさかえたまふ。桀紂は人をせむ。故に亡びたり。己をせむるは仁なり。人をせむるは不仁なり。左伝に、国のおこるは、民を見る事やぶるが如し。其亡ぶるは、民を見ること土芥の如しといへるも、仁不仁の異なるなり。
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『君子訓』巻之下一太公望曰く、不仁を以て之を得、不仁を以て之を守れば、必ず其の亡に及ぶなり。言ふこころは、不仁にして国を得たる人、不仁を以て其国を守れば、かならず其一代にて亡ぶ。大和唐土其ためし多し。国の長久するは、其君仁なればなり。亡ぶるは不仁なればなり。桀紂以下歴代不仁の君亡びざるはなし。堯舜湯武はいふも更なり、漢の高祖文帝、後漢の光武、唐の太宗、其余歴代の賢君は、皆仁心ありし故、国長久せり。凡国家の興亡、身の安危、皆仁と不仁とによれり。禹湯は己が身をせむ、故に栄え給ふ。桀紂は人をせむ、故に亡びたり。己を責むるは仁なり、人を責むるは不仁なり。仁の道豈勤めざるべけんや。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の楽をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひききも同じ人なれば、民の楽み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。
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『五常訓』巻之三・仁之下一人も餓死せしむる事なかれ。民の妻子下人を売らしめ、父母兄弟離散し、貧窮飢寒にいたらしむる事、わが身にかへり見るべし。心をいたましむる至極なり。あはれむべし。凡吝嗇にしては、仁義礼智共に行はれず。殊に仁の道欠くるものなり。又吝嗇ならねども、不仁なる人は、人をめぐむ事をこのまず、無用の事には、財を多く費すもの也。
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『慎思録』巻之四怒りを蔵し怨みを宿し、旧悪を念ひて忘れざる者は、不仁者の常情なり。小過を赦し愚を矜れむこと能はず。人君為る者、苟も怨怒の深きこと此の如くなれば、則ち其の下民之を視ること寇讐の如く、寃を含み恥を忍びて、其の命に堪へざる者多し。凶暴の至り、天怒り人怨み、其の災を降し禍に報いて、子孫に利あらず。心は民に忍刻にして顧みずと雖も、豈に其の子孫を愛せざらんや。不仁の甚だしき、禍を子孫に貽す。畏るべきかな。詩に曰く、厥の孫謀を貽して、以て翼子を燕んず、と。古人曰く、子孫の為に福を惜しむべし、と。無学の人と雖も、亦た希はくは微しく省悟すべし。
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