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初学訓 / 巻之一

一五倫の道は、父母につかへて、孝を行ふを以て本とす。わが身は、父母よりうけたれば、父母は、わが身の本なり。其上、わが生れし初より、父母の養育によりて人となれり。生るゝと、育はるゝと、二の恩あり。其恩のふかく大にして窮りなきこと、山よりも高く、海よりも深くして、譬をとるに物なし。天地の、我をうみ、我を養へるに等し。この故に、孝を以て、仁を行ふの本とし、人倫の道の初とす。聖人の道は、五倫の道をあつく行ふを以てむねとす。中につきて、父母に孝をつくすを、五倫の初とし、百行の本とす。故に、古の君子は、孝において尤あつく行へり。よろづ才行うるはしくとも、孝に疎なれば、其餘は見るに足らず。故に、人の子たる者は、まづ父母につかふる道を、早くまなびて知るべし。

新字:一五倫の道は、父母につかへて、孝を行ふを以て本とす。わが身は、父母よりうけたれば、父母は、わが身の本なり。其上、わが生れし初より、父母の養育によりて人となれり。生るゝと、育はるゝと、二の恩あり。其恩のふかく大にして窮りなきこと、山よりも高く、海よりも深くして、譬をとるに物なし。天地の、我をうみ、我を養へるに等し。この故に、孝を以て、仁を行ふの本とし、人倫の道の初とす。聖人の道は、五倫の道をあつく行ふを以てむねとす。中につきて、父母に孝をつくすを、五倫の初とし、百行の本とす。故に、古の君子は、孝において尤あつく行へり。よろづ才行うるはしくとも、孝に疎なれば、其余は見るに足らず。故に、人の子たる者は、まづ父母につかふる道を、早くまなびて知るべし。

書き下し

一五倫の道は、父母につかへて、孝を行ふを以て本とす。わが身は、父母よりうけたれば、父母は、わが身の本なり。其上、わが生れし初より、父母の養育によりて人となれり。生るると、育はるると、二の恩あり。其恩のふかく大にして窮りなきこと、山よりも高く、海よりも深くして、譬をとるに物なし。天地の、我をうみ、我を養へるに等し。この故に、孝を以て、仁を行ふの本とし、人倫の道の初とす。聖人の道は、五倫の道をあつく行ふを以てむねとす。中につきて、父母に孝をつくすを、五倫の初とし、百行の本とす。故に、古の君子は、孝において尤あつく行へり。よろづ才行うるはしくとも、孝に疎なれば、其余は見るに足らず。故に、人の子たる者は、まづ父母につかふる道を、早くまなびて知るべし。

現代語訳

五倫の道は、父母に仕えて孝を行うことを根本とします。わが身は父母から受けたものなので、父母はわが身の本です。そのうえ、生まれた初めから、父母の養育によって人となりました。生んでもらったことと、育ててもらったことと、二つの恩があります。その恩が深く大きく限りないことは、山よりも高く、海よりも深くて、たとえるものがありません。天地が自分を生み、自分を養うのに等しいのです。このため、孝を仁を行う本とし、人倫の道の初めとします。聖人の道は、五倫の道を厚く行うことを主眼とします。中でも父母に孝を尽くすことを五倫の初めとし、あらゆる行いの本とします。だから昔の君子は、孝において最も厚く行いました。どれほど才能や行いが立派でも、孝がおろそかであれば、そのほかは見るに足りません。ですから人の子である者は、まず父母に仕える道を早く学んで知るべきです。

解説

孝を「百行の本」とするのは儒学の基本で、『孝経』も孝を徳の本としています。論語でも有若が「孝弟は仁を為すの本か」と語っています。益軒は、生んでもらう恩と育ててもらう恩の二つを挙げ、それを山よりも高く海よりも深いとたとえます。どれほど才能があっても孝がおろそかなら見るに足らないという言葉は厳しいですが、身近な人を大切にできない人が、他人から本当に信頼されることは難しいでしょう。家族との関係を見直すことが、人としての土台を固めることになるのです。

この章句が説くこと

孝百行の本父母恩五倫

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