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初学訓 / 巻之一

一およそ、人の道とする所は、天地より生れつきたる五常の性を失はず、その五性にしたがひて、五倫の道をあつく行ふにあり。五常を保ちて失はざるは、德を保ちて心ををさむる理なり。五倫をいつくしみて厚くするは、行をつとめて身を修むる道なり。心の德ををさめ、身の行を篤くするは、是卽ち人の道にして、天地につかへ奉る孝なり。一天道より、わが心に生れつきたる理を性といふ。仁義禮智信の五性是なり、これを五常といふ。五倫にまじはる時、此五常の、うまれつきの善なるまゝに隨ひて行ひ、少しも人欲の私を以て妨げざるを道といふ。道とは、日々、人の行き通ふべき條理ある道路の如し。故に、其名を借りて、道といふ。我が生れつきたる自然の理の、行ふべき大道をば行はずして、人欲にしたがひて私を行ふは、たとへば、定まりて行くべき大道をば行かずして、ほりがけを通り、いばらからたちの中を分け行くが如し。

新字:一およそ、人の道とする所は、天地より生れつきたる五常の性を失はず、その五性にしたがひて、五倫の道をあつく行ふにあり。五常を保ちて失はざるは、徳を保ちて心ををさむる理なり。五倫をいつくしみて厚くするは、行をつとめて身を修むる道なり。心の徳ををさめ、身の行を篤くするは、是即ち人の道にして、天地につかへ奉る孝なり。一天道より、わが心に生れつきたる理を性といふ。仁義礼智信の五性是なり、これを五常といふ。五倫にまじはる時、此五常の、うまれつきの善なるまゝに随ひて行ひ、少しも人欲の私を以て妨げざるを道といふ。道とは、日々、人の行き通ふべき条理ある道路の如し。故に、其名を借りて、道といふ。我が生れつきたる自然の理の、行ふべき大道をば行はずして、人欲にしたがひて私を行ふは、たとへば、定まりて行くべき大道をば行かずして、ほりがけを通り、いばらからたちの中を分け行くが如し。

書き下し

一およそ、人の道とする所は、天地より生れつきたる五常の性を失はず、その五性にしたがひて、五倫の道をあつく行ふにあり。五常を保ちて失はざるは、徳を保ちて心ををさむる理なり。五倫をいつくしみて厚くするは、行をつとめて身を修むる道なり。心の徳ををさめ、身の行を篤くするは、是即ち人の道にして、天地につかへ奉る孝なり。一天道より、わが心に生れつきたる理を性といふ。仁義礼智信の五性是なり、これを五常といふ。五倫にまじはる時、此五常の、うまれつきの善なるままに随ひて行ひ、少しも人欲の私を以て妨げざるを道といふ。道とは、日々、人の行き通ふべき条理ある道路の如し。故に、其名を借りて、道といふ。我が生れつきたる自然の理の、行ふべき大道をば行はずして、人欲にしたがひて私を行ふは、たとへば、定まりて行くべき大道をば行かずして、ほりがけを通り、いばらからたちの中を分け行くが如し。

現代語訳

およそ人の道とするところは、天地から生まれつき受けた五常の性を失わず、その五性に従って五倫の道を厚く行うことにあります。五常を保って失わないのは、徳を保って心を治める理です。五倫を慈しんで厚くするのは、行いに努めて身を修める道です。心の徳を治め、身の行いを厚くするのは、すなわち人の道であり、天地に仕える孝です。天道から自分の心に生まれついた理を性といいます。仁義礼智信の五性がこれで、これを五常といいます。五倫に交わるとき、この五常の生まれつきの善のままに従って行い、少しも人欲の私心で妨げないことを道といいます。道とは、日々人が行き来すべき筋道のある道路のようなものです。だからその名を借りて道というのです。自分に生まれついた自然の理の、行うべき大道を行わずに、人欲に従って私心を行うのは、たとえば、行くべきと定まった大道を行かずに、堀や崖を通り、いばらやからたちの中を分け入っていくようなものです。

解説

「道」という言葉を、文字通り人が日々通う道路にたとえて説明する条です。本性に従って行えば平らな大道を歩けるのに、私欲に従えば堀や崖、いばらの藪を進むことになるという喩えは、益軒らしい分かりやすさです。朱子学でいう天理と人欲の対立を、身近な情景で示しています。近道のつもりでずるをしたり、欲に任せて無理をしたりすると、かえって傷だらけの回り道になるものです。正しいやり方は結局いちばん歩きやすい道だと気づかせてくれます。

この章句が説くこと

道五常人欲本性修身

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