初学訓 / 巻之一
一天地の心とは、人と萬物をうみやしなひ給ふ御めぐみの道をいふ。其理、天地ひらけしより後、萬世までにかはらず。一年につきていはば、年々に、春は生じ、夏は長じ、秋はをさめて、冬はかくす。此四時にめぐり行はるゝ道を、天道といふ。是天地の萬物を生ずるめぐみの生理なり。此四時に行はるゝ道の名目を、元亨利貞といふ。是四時の理なり。これを天地の道とす。天は地を兼ぬる故に、すべてこれを天道といふ。仁とは、天地の萬物を生じ養ひ給ふあはれみ惠の理を、人の心にうけて、生れつきたるをいふ。仁を行ふの道は、まづ、天地の生みて子として愛し給へる人倫を、あつくいつくしむにあり。人倫をあつくするの道は、先、父母に孝をつくすを本とし、主君につかへて忠を盡し、親戚をしたしみ、家人をあはれみ、民をめぐみ、朋友に信あり、次に、萬民をあはれむ。
新字:一天地の心とは、人と万物をうみやしなひ給ふ御めぐみの道をいふ。其理、天地ひらけしより後、万世までにかはらず。一年につきていはば、年々に、春は生じ、夏は長じ、秋はをさめて、冬はかくす。此四時にめぐり行はるゝ道を、天道といふ。是天地の万物を生ずるめぐみの生理なり。此四時に行はるゝ道の名目を、元亨利貞といふ。是四時の理なり。これを天地の道とす。天は地を兼ぬる故に、すべてこれを天道といふ。仁とは、天地の万物を生じ養ひ給ふあはれみ恵の理を、人の心にうけて、生れつきたるをいふ。仁を行ふの道は、まづ、天地の生みて子として愛し給へる人倫を、あつくいつくしむにあり。人倫をあつくするの道は、先、父母に孝をつくすを本とし、主君につかへて忠を尽し、親戚をしたしみ、家人をあはれみ、民をめぐみ、朋友に信あり、次に、万民をあはれむ。
書き下し
一天地の心とは、人と万物をうみやしなひ給ふ御めぐみの道をいふ。其理、天地ひらけしより後、万世までにかはらず。一年につきていはば、年々に、春は生じ、夏は長じ、秋はをさめて、冬はかくす。此四時にめぐり行はるる道を、天道といふ。是天地の万物を生ずるめぐみの生理なり。此四時に行はるる道の名目を、元亨利貞といふ。是四時の理なり。これを天地の道とす。天は地を兼ぬる故に、すべてこれを天道といふ。仁とは、天地の万物を生じ養ひ給ふあはれみ恵の理を、人の心にうけて、生れつきたるをいふ。仁を行ふの道は、まづ、天地の生みて子として愛し給へる人倫を、あつくいつくしむにあり。人倫をあつくするの道は、先、父母に孝をつくすを本とし、主君につかへて忠を尽し、親戚をしたしみ、家人をあはれみ、民をめぐみ、朋友に信あり、次に、万民をあはれむ。
現代語訳
天地の心とは、人と万物を生み養われる恵みの道をいいます。その理は、天地が開けてから万世に至るまで変わりません。一年についていえば、毎年、春は生じ、夏は育ち、秋は収めて、冬は蔵します。この四季に巡り行われる道を天道といいます。これは天地が万物を生む恵みの理です。この四季に行われる道の名を、元・亨・利・貞といいます。これは四季の理であり、これを天地の道とします。天は地を兼ねるので、すべてこれを天道といいます。仁とは、天地が万物を生み養われる憐れみと恵みの理を、人の心に受けて生まれついたものをいいます。仁を行う道は、まず天地が生んで子として愛される人々を厚く慈しむことにあります。人々を厚くする道は、まず父母に孝を尽くすことを本とし、主君に仕えて忠を尽くし、親戚に親しみ、家の者を憐れみ、民に恵み、友に信があり、次に万民を憐れむことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之二・仁之上一天によく事ふる道を仁とし、よく事ふる人を仁人と云ふ。親によく事ふる道を孝とし、よく事ふる人を孝子と云ふ。仁人の天によく事ふるは仁なり。孝子の親によく事ふるは孝なり。礼記に、仁人の親に事ふるは、天に事ふるが如く、天に事ふるは、親に事ふるが如し。是故に、孝子は身を成すといへり。親に事ふるには、愛をおもくし、天に事ふるには、敬をおもくす。愛敬を尽して、天に事へ、親に事ふるは、其身の徳行の成就する道なれば、これを身を成すと云ふ。天は地を統ぶ。地は天の内にあり。故に天道をいへば、地道は其内にあり。天に事ふれば、地に事ふるも、其内にあり。
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『五常訓』巻之一・総論昔もろこしの斉の宣王は、一牛を殺すを情なく思ひ、助けられしは、誠に惻隠の心、善心の発なり。されども、わが国の多くの人民の飢寒をすくはず。是牛を愛する仁心はありながら、其仁心をおしひろめて、万民に及ぼす工夫なくして、民を飢寒せしむ。火のはじめてもえ出でたるを打消したるが如し、物を焼くことあたはず。およそ人の善を行はずして、不善をするは、皆其善心あるをおしひろめざるなり。善をするは、皆善心の内にあるを、外におしひろむるなり。親に事ふるに、親を愛する一念あるは善なり。これをおしひろむれば、大孝にいたる。もし是をすてて、おしひろめざれば、不孝となる。自余も皆此類なり。故に善と悪とは、此心をおしひろむると、おしひろめざるとに有り。
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『五常訓』巻之二・仁之上仁の性にしたがへば、五倫を愛する道自ら行はる。中庸に、性にしたがふを道と云ふ、是なり。仁は性なり。五倫を愛するは道なり。天地より生れつきたる仁の性にしたがひて、五倫の道を行ふが、天地につかへ奉る孝にて、人の道なり。是即仁なり。人の道とする所、さらに此外に有るべからず。次に禽獣草木を愛するも、亦仁の内の事なり。天地は万物の父母なれば、人倫を愛し、次に万物を愛するも、亦天地につかふる道なり。
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『五常訓』巻之二・仁之上いたりて不仁にして、又愚なりと云ふべし。人の子として、親に事へずして、親の用にたたず、かへりて親にそむき、不孝にして親を苦むるが如し。されば親によく事ふるを孝とし、親に背くを不孝とす。天地によく事ふるを仁とし、天地に背くを不仁とす。仁と孝とは一理なり。天地の恩と父母の恩とは同じ。父母に事ふる心を以て、天地に事ふるは仁なり。天地に事ふる心を以て、父母に事ふるは孝なり。又天理にそむきて人欲を行ふは、我が父母に不孝にして、他人の父母を親むが如し。かへすがへす、ただ人はあだなる世の迷を悟りて、大恩をうけて人と生れ、身をよせたる処の、いたりて貴き天地の道に朝暮したがひ、身を終るまで天道を畏れつつしみて、天に事へ奉るべき事にこそあれ。
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『慎思録』巻之四君子の道、親を親しみ民を仁しみ物を愛する者は、義有り。蓋し親と民と物と、三者は皆天の生ずる所にして、愛育する所なり。是を以て吾が天に事ふるの道は、当に天の愛する所を厚くすべし。吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち天心に順ひて之に事ふる所以なり。此れ一義と為す。且つ三者は本是れ天地の生ずる所にして、吾と一気同体なり。所謂民は吾が同胞、物は吾が与なり。是れ厚くせざるべからず。故に吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち吾が気類を厚くする所以なり。此れ一義と為す。然れども二義有りと雖も、之を要するに皆是れ天に事ふるの道なり。人子の親に事ふるの道も、亦た此に猶し。蓋し人の子為る者は、父母の生む所を厚くし、父母の愛する所を愛す。是れ兄弟を宜しくすれば、則ち親に事ふるの道なり、一義と為す。又克く兄弟に友なるは、此れ同気を厚くするなり、是れ一義と為す。然れども其の友愛此の如くなれば、則ち是れ父母も亦た之を悦楽す。此れも亦た親に事ふるの道なり。故に二者は、之を要するに皆是れ親に事ふるの事なり。夫れ仁人の親に事ふるや、天に事ふるが如く、天に事ふること親に事ふるが如し。蓋し仁孝は一理なり。天に事ふると親に事ふると、其の事異なりと雖も、然れども其の心同じく、其の理一なり。
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『初学訓』巻之一一人となるものは、つねに天地につかへて、其大恩を報ぜんことをおもひ、父母につかへて、孝を行ふがごとく、天地に仁をつくして忘るべからず。仁とは、心にあはれみ有りて、人物をめぐむをいふ。是天のめぐみにしたがひうけて、天地につかふる道なり。是人の道とする本意にして、一生の間つとむべきわざなり。怠るべからず忘るべからず。天につかへて仁なると、父母につかへて孝なるとは同じ。仁孝一理なり。人たる者の、必ず知りて行ふべき理、これより大なるはなく、又是より急なるはなし。すべて人は、父母の家に居ては、父母に専に孝を尽し、君に仕へては、君に専に忠をつくすべきが如く、天地の中に在りては、天地につかへ奉りて、仁をつくすべし。人となる者、若かかる大事を知らで、いたづらに日をおくり世を過ぐさば、一生をむなしくして、人となれるかひなかるべし。人となれる者是を知らざらんや。是則人の道とする所なり。此外にもし道ありといはば、まことの道にはあらず。
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