樵談治要抄録 / 祟る霊を鎮める
昔謀叛をおこして其心ざしをとげす、或は又何事にても恨をふくめる人の靈をまつられたる祉なり、是らは和光垂迹の神明にてはましまさゞる也、もろこしに神といふは、多くは先祖の靈をまつりて神といふ、御靈などのごとき也、かくのごとき神のたゝりをなすヿあらば、いかにも其子孫尋て、官位をもさづけ、祭のヿをなさしむべき由、橘の博覽が擬潛夫論といふものにかけり、鬼は歸する所あれば、則癘をなさずといへり、もろこしの事なれど、鄭の國に良霄といふ物あり、罪せられて死にき、その靈疫癘となりて人民をそこなひし時、子産といふ智慧の者ありて、良霄が子に官を授けて祭の事をつかさどらしめしかば、それより後は人を殺すとやみ侍り、又神の託宣といふ事昔は常に有けるにや、弘仁(嵯峨)三年九月の官符に、恠異の事は聖人語らず、妖言の罪は法制かろきにあらず、神宣はいちじるく其しるしあらはれたる事にあらずば、國司言上すべからざる由定められ侍り、是は御こかんなぎなどのするわざなるによて也、次に神祉修理の事、退轉有べからず、太神宮は諸國の役夫工米をもて廿一年に必ず造替遷宮の事あり、
新字:昔謀叛をおこして其心ざしをとげす、或は又何事にても恨をふくめる人の霊をまつられたる祉なり、是らは和光垂迹の神明にてはましまさゞる也、もろこしに神といふは、多くは先祖の霊をまつりて神といふ、御霊などのごとき也、かくのごとき神のたゝりをなすヿあらば、いかにも其子孫尋て、官位をもさづけ、祭のヿをなさしむべき由、橘の博覧が擬潜夫論といふものにかけり、鬼は帰する所あれば、則癘をなさずといへり、もろこしの事なれど、鄭の国に良霄といふ物あり、罪せられて死にき、その霊疫癘となりて人民をそこなひし時、子産といふ智慧の者ありて、良霄が子に官を授けて祭の事をつかさどらしめしかば、それより後は人を殺すとやみ侍り、又神の託宣といふ事昔は常に有けるにや、弘仁(嵯峨)三年九月の官符に、恠異の事は聖人語らず、妖言の罪は法制かろきにあらず、神宣はいちじるく其しるしあらはれたる事にあらずば、国司言上すべからざる由定められ侍り、是は御こかんなぎなどのするわざなるによて也、次に神祉修理の事、退転有べからず、太神宮は諸国の役夫工米をもて廿一年に必ず造替遷宮の事あり、
書き下し
昔謀叛をおこして其心ざしをとげす、或は又何事にても恨をふくめる人の靈をまつられたる祉なり、是らは和光垂迹の神明にてはましまさゞる也、もろこしに神といふは、多くは先祖の靈をまつりて神といふ、御靈などのごとき也、かくのごとき神のたゝりをなすヿあらば、いかにも其子孫尋て、官位をもさづけ、祭のヿをなさしむべき由、橘の博覽が擬潛夫論といふものにかけり、鬼は歸する所あれば、則癘をなさずといへり、もろこしの事なれど、鄭の國に良霄といふ物あり、罪せられて死にき、その靈疫癘となりて人民をそこなひし時、子産といふ智慧の者ありて、良霄が子に官を授けて祭の事をつかさどらしめしかば、それより後は人を殺すとやみ侍り、又神の託宣といふ事昔は常に有けるにや、弘仁(嵯峨)三年九月の官符に、恠異の事は聖人語らず、妖言の罪は法制かろきにあらず、神宣はいちじるく其しるしあらはれたる事にあらずば、國司言上すべからざる由定められ侍り、是は御こかんなぎなどのするわざなるによて也、次に神祉修理の事、退轉有べからず、太神宮は諸國の役夫工米をもて廿一年に必ず造替遷宮の事あり、
現代語訳
昔、謀反を起こして志を遂げず、あるいは何事であれ恨みを抱いた人の霊を祀られた社です。これらは和光垂迹の神明ではいらっしゃいません。中国で神というのは、多くは先祖の霊を祀って神というもので、御霊などのようなものです。このような神が祟りをなすことがあれば、何としても子孫を探し出して、官位を授け、祭りをさせるべきだと、橘の博覧が『擬潜夫論』というものに書いており、「鬼は帰するところがあれば、災いをなさない」と言っています。中国のことですが、鄭の国に良霄という者がいて、罪せられて死にました。その霊が疫病となって人民を害した時、子産という知恵ある者がいて、良霄の子に官を授けて祭りを司らせたところ、それ以後は人を殺すことがやみました。また神の託宣ということは、昔はよくあったのでしょうか。弘仁三年(嵯峨天皇)九月の官符に、「怪異のことは聖人は語らない。妖言の罪は法制上軽くない。神のお告げは、はっきりと験が現れたのでなければ、国司は言上してはならない」と定められています。これは巫女などのすることだからです。次に神社の修理のことは、衰え廃れさせてはなりません。太神宮は諸国の役夫工米によって、二十一年ごとに必ず造り替えの遷宮があります。
解説
この章句が説くこと
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『樵談治要抄録』・荒廃を正す務め其外諸祉の造營はねぎ神主等小破の時修理を致すべし、萬一大風若は炎上など有て大營に及ばゞ、其由を注進せしめば、先例に任せてさた有べし、弘仁三年の官符には、有封の祉の神戸の百姓をもて無封の祉の修理を致すべき由みえたり、有封無封といふは神領のあるヿなきヿをいふ也、近代は諸國の祭事衰微せるにより、有封の祉の造營猶もてなり難かるべし、いはんや無封の神祉(陵歟)においてをや、抑此十餘年は、天下のみだれによりて、神祉の荒廢たぐひなく、祭祀の凌遲法に過たり、國のまさにおこらんとする時は、神明くだりて其德をかゞむ、國のまさにほろびんとする時も、神又くだりて其惡をみるといへり、神いかり民そむかば、何をもてかよく久しからむともいへり、かるがゆへに國司守護などは、別に私のいのりなどをしては、益なきと也、かぎり有國役などを嚴密に成敗して、昔より有つけたる神祉の修理、祭祀の退轉せるを申行ひ侍らば、君には奉公の忠となり、神には歸敬の誠を顯すべし、おほやけわたくし清淨の心ざしをさきとして、如在の祀をもぱらにせば、陰陽不測の神明も、いかでか黍稷かうばしきにあらざるヿはりをうけたまはざらんや、
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『樵談治要抄録』・祭祀は万民のため廿二祉に定められて後は不增不減也、昔は太極殿に行幸有て、その使を發遣せられしかども、太極殿なきによりて、神祇官にてをこなはるゝ也、其後諸祉の祭をの〱上卿辨など參向してとりをこなふ、其所〱月日支干などは、年中行事にみえたるべし、中にも六月十二月の月次の祭、九月十一日の例幣、十一月の新嘗會は、四度の幣といひて、伊勢太神宮へ王氏、卜部、中臣、忌部の四姓の使をたてられて、とりわき乘日の御神事など有て、嚴重の祭也、代々の聖主はいづれも我御身のためとは思ひ給はず、萬民のために、かくのごとき祭などを定めさせ給へる也、神明も由緒なき祭をばうけ給はず、天子は百神の主なりと申せば、日本國の神祇は皆一人につかさどり給ふ、次には天下主領の大將軍をまもり給べし、諸國の神祉は又その國の國司守護地頭に屬し給へるによりて、祈年祭の二千餘座をば國司につけらるゝなり、又神は我子孫の祭をとりわき受給ふによりて、諸祉の祭の使には、神の御子孫をたづね用ひらるゝなり、石清水の使には源家の人、春日の使には藤氏、北野へは菅氏を用ひらる、其人なき時は、他姓をもさゝるゝ也、八所御靈と申は、
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『樵談治要抄録』・神祇を第一に置く一神をうやまふべき事、我國は神國也、天つち開けて後、天神七代、地神五代、あひつぎ給ひて、よろづのヿわざをはじめ給へり、又君臣上下、をの〱神の苗裔にあらずといふヿなし、是によりて百官の次第を立つるに、神祇官を第一とせり、又議定はじめ、評定始と云ヿにも、先神祉の修造、祭祀の興行をもぱらさだめらる、是皆神を敬ふゆへ也、一年中のまつりは、二月四日の祈年の祭より始まる、此祭は秋津島の中に跡を垂れ給三千一百卅二座の神に、御てぐらの使をたてらるゝ物也、其中に七百卅七座には神祇官より是を獻ぜらる、のこり二千三百九十五座には、六十餘國の國のつかさをの〱うけたまはりて、幣帛を奉る也、年中の災難を除き、國土の豐饒を祈るにより、祈年の祭とは名付たる也、又此月に、祈年穀の奉幣といふヿあり、是は廿二祉に別して幣使をたてられて、旱水風損のうれへなく、五穀不熟なからん事を、祈り奉る祭也、五穀は人民のいのちなり、誰の人か是を輕くせむや、廿二祉の內、石清水、吉田、祇園、北野の四祉は、延喜式の神名帳にのらざる祉たるによりて、式外の神と申也、もとは其數さだまらざりしを、六十九代後朱雀院の御宇長曆三年八月に、
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『直毘霊』大御心を心として古えの大御代には、下が下まで、唯天皇の大御心を心として。天皇の思ほしめす御心のまにまに仕え奉りて、己が私心は露なかりき。ひたぶるに大命を畏み敬い服いて、大御慈しみの御蔭に隠ろいて、おのもおのも祖神を斎き祭りつつ天皇の大御皇祖神の御前を拝み祭り坐すがごとく、臣連八十伴緒、天の下の百姓に至るまで、各祖神を祭るは常にて、又天皇の朝廷のため天の下のために、天つ神国つ神諸をも祭り坐すが如く、下なる人どもも、事に触れては、福を求むと、善き神に請い祈ぎ、禍を逃れんと、悪しき神をも和め祭り、又たまたま身に罪穢れもあれば、祓い清むるなど、皆人の情にして、必ず有るべきわざなり、然るを心だにまことの道に適いなば、など言うめる筋は、仏の教え儒の見にこそ、さることもあらめ、神の道には、甚く背けり、又異国には、神を祭るにも、唯理を先にして、様々議論あり、淫祀など言いて、戒むることもある、皆さかしらなり、凡て神は、仏などいうなる物の趣とは異にして、善き神のみにはあらず、悪しきも有りて、心も所行も、
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『直毘霊』火の穢れを忌む然ある物なれば、悪しきわざする人も福え、善き事する人も、禍ることある、世の常なり、されば神は理の、当不をもて、思い量るべきものにあらず、唯その御怒りを畏みて、ひたぶるに斎き奉るべきなり、されば祭るにも、その心ばえ有りて、いかにも其の神の歓び坐すべきわざをなも為べき、そはまず万を斎み忌み清まわりて、穢れ悪しきをあらせず、堪えたる限り美し好き物多に献り、或いは琴弾き笛吹き歌い舞いなど、面白きわざをして祭る、これ皆神代の例にして古えの道なり、然るを唯心の至り至らぬをのみ言いて、献る物にも為すわざにも拘わらぬは、漢意の僻事なり、さて又神を祭るには、何わざよりも先ず火を重く忌み清むべきこと、神代の書の黄泉の段を見て知るべし、是は神事のみにもあらず、大方常にも慎むべく、必ず濫りにすまじきわざなり、もし火穢るるときは、禍津日神所を得て、荒び坐す故に、世の中に万の禍事は起こるぞかし、かかれば世のため民のためにも、なべて天下に、火の穢れは忌まほしきわざなり、今の代には唯神事の折、
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『潜夫論』正列晏平仲に言有り、祝は益有り、詛も亦た損有り、と。季梁の隨侯を諫め、宮之奇の虞公に説くは、天人の道に明らかに、神民の分に達すと謂う可し。夫れ妖は徳に勝たず、邪は正を伐たざるは、天の経なり。時に違う有りと雖も、然れども智者は其の正道を守りて、淫鬼に近づかず。所謂淫鬼なる者は、邪を閑し物を精にし、真の神霊の守司する有るに非ざるなり。鬼の此れ有るは、猶お人の奸言し平を売りて以て幹求する者有るがごとし。若し或いは之を誘えば、則ち遠来して止まず、終には必ず咎有り。鬼神も亦た然り。故に申が曰く、「人の忌む所は、其の気炎にして以て之を取る。人に釁無ければ、妖は自ら作らず」と。是れ人は多く忌む可からず、多く忌めば妄りに畏れ、実に妖祥を致すを謂う。且つ人に爵位有り、鬼神に尊卑有り。天地山川、社稷五祀、百辟卿士、民に功有る者は、天子諸侯の命じて祀る所なり。若し乃ち巫覡の独語と謂い、小人の望み畏るる所、土公、飛屍、咎魅、北君、銜聚、当路、直符の七神、及び民間の繕治、微蔑の小禁は、本より天王の当に憚る所に非ざるなり。

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