士説 / 上・第1段
君子之行。始於爲士。終於爲聖。爲士之道何先。曰立志。何以立志。曰知自別於商賈。立志之始也。君夫介冑橫戈。洸洸乎趨營幕之下。其勇武有如此者。義冠束帶。堂堂乎立朝著之位。其威望有如此者。此世之所指目於士。而與商賈異視者也。然士之所以異於商賈者。豈在於斯哉。士以義爲職。商賈以利爲職。義利之間士商判焉。
新字:君子之行。始於為士。終於為聖。為士之道何先。曰立志。何以立志。曰知自別於商賈。立志之始也。君夫介冑横戈。洸洸乎趨営幕之下。其勇武有如此者。義冠束帯。堂堂乎立朝著之位。其威望有如此者。此世之所指目於士。而与商賈異視者也。然士之所以異於商賈者。豈在於斯哉。士以義為職。商賈以利為職。義利之間士商判焉。
書き下し
君子の行ひは、士たるに始まり、聖たるに終はる。士たるの道は何をか先にする。曰く、志を立つるなり。何を以て志を立つる。曰く、自ら商賈に別つを知るなり。志を立つるの始めなり。君夫れ介冑戈を横たへ、洸洸乎として営幕の下に趨る。其の勇武此くのごときもの有り。義冠束帯、堂堂乎として朝著の位に立つ。其の威望此くのごときもの有り。此れ世の士に指目して、商賈と異視する所の者なり。然れども士の商賈に異なる所以は、豈斯に在らんや。士は義を以て職と為し、商賈は利を以て職と為す。義利の間に士商判かる。
現代語訳
君子の行いは、士となることに始まり、聖人となることで終わります。士となる道で何を先にするのか。志を立てることです。どうして志を立てるのか。自分が商人とは違うと知ることです。これが志を立てる始まりです。さて、よろいかぶとを着けて戈を横にし、勇ましく陣営の幕の下へ駆けつける。その勇武はこのようなものです。冠と帯を整えた礼装で、堂々と朝廷の列の位に立つ。その威望はこのようなものです。これが、世間が士として指さし、商人とは違って見るところです。しかし、士が商人と異なるわけは、こんなところにあるのでしょうか。士は義を職とし、商人は利を職とします。義と利のあいだで、士と商人は分かれるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上一学問はまづ志を立つるを以て本とす。志とは心のゆく所なり。道を知り行ひて、君子に至らんと思ふ心常におこたりなく、念々やまざるを、志を立つると云ふ。志たたざれば学ぶこと成就せず。故に古人も、志ある者は其事つひになるといひ、又志たつは学の半なりといへり。たとへば弓いる者の、的に志し、道ゆく者の、宿に志すが如し。よろづの事、まづ本をつとむべし。志を立つるは学問の本なり。志を立つるには勇猛なるべし。柔弱にして怠るべからず。おこたれば験なくしてはかゆかず。道を求むるにせちなる志は、たとへば飢ゑて食を求め、渇きて湯水を求むるが如くなるべしわづかに悠々としておこたれば、志すたる。唯此道に心を一すぢにすべし。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
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『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
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『潜夫論』讚學孔子曰く、「吾嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思うも益無し。学ぶに如かざるなり」と。「耕すや、餒え其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂えて貧を憂えず」と。箕子は六極を陳べ、《国風》は《北門》を歌う。故に所謂貧を憂えざるなり。豈に貧を好みて之を憂えざらんや。蓋し志の専らとする所有りて、其の重きを昭らかにするなり。是の故に君子の豊厚を求むるや、嘉饌・美服・淫楽・声色の為に非ざるなり、乃ち将に以て其の道を底し其の徳を邁めんとするなり。
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『弁名』君子小人小人も亦た民の称なり。民の務むる所は生を営むに在り。故に其の志す所は一己を成すに在りて、民を安んずるの心無し。是れ之を小人と謂ふ。其の志す所小なるが故なり。上位に在りと雖も、其の心を操ること此の如くんば、亦た之を小人と謂ふ。経伝の言ふ所、或は位を主として之を言ひ、或は徳を主として之を言ふ。指す所同じからずと雖も、其の小人と称する所以の意は、皆此を出でず。後世の諸老先生の道と為す所は、皆淑身の説勝ちて、民を安んずるの心無し。亦た小人の帰か。学者諸を察せよ。
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孔子家語・屈節解子路孔子に問いて曰く、「由聞く、丈夫世に居りて、富貴にして物に益有る能わず、貧賤の地に處りて、節を屈して以て伸を求むる能わざれば、則ち以て人の域を論ずるに足らずと。」孔子曰く、「君子の己を行うや、必ず己に達するを期す。屈すべければ則ち屈し、伸ぶべければ則ち伸ぶ。故に節を屈する者は、待つ有る所以なり。伸を求むる者は、時に及ぶ所以なり。是を以て屈を受くと雖も其の節を毀たず、志達すれども義を犯さず。」
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