新書 / 胎教
正之禮者,王太子無羞臣,領臣之子也,故謂領臣之子也。身朝王者,妻朝后,之子朝王太子,是謂臣之子也。此正禮胎教也。周妃后姙成王於身,立而不跛,坐而不𧪘,獨處不倨,雖怒不罵,胎教之謂也。成王生,仁者養之,孝者繈之,四賢傍之。成王有知,而選太公為師,周公為傅,前有與計而後有與慮也。是以封於泰山而禪梁父,朝諸侯,一天下。由此觀之,主左右不可不練也。
新字:正之礼者,王太子無羞臣,領臣之子也,故謂領臣之子也。身朝王者,妻朝后,之子朝王太子,是謂臣之子也。此正礼胎教也。周妃后姙成王於身,立而不跛,坐而不𧪘,独処不倨,雖怒不罵,胎教之謂也。成王生,仁者養之,孝者繈之,四賢傍之。成王有知,而選太公為師,周公為傅,前有与計而後有与慮也。是以封於泰山而禅梁父,朝諸侯,一天下。由此観之,主左右不可不練也。
書き下し
正の礼とは、王太子に羞臣無く、臣の子を領むるなり。故に臣の子を領むると謂う。身ら王に朝する者、妻は后に朝し、之の子は王太子に朝す、是を臣の子と謂う。此れ正礼胎教なり。周の妃后成王を身に姙むや、立ちて跛せず、坐して𧪘せず、独り処りて倨らず、怒ると雖も罵らず、胎教の謂いなり。成王生まるるや、仁者之を養い、孝者之を繈し、四賢傍らにす。成王知有るや、太公を選びて師と為し、周公を傅と為し、前に与に計る有りて後に与に慮る有るなり。是を以て泰山に封じ梁父に禅し、諸侯を朝せしめ、天下を一にす。此に由りて之を観れば、主の左右は練らざる可からず。
現代語訳
正しい礼とは、王太子に恥ずべき臣がなく、臣の子を従えることです。だから臣の子を従えるといいます。みずから王に朝見する者は、その妻は后に朝見し、その子は王太子に朝見します。これを臣の子といいます。これが正礼の胎教です。周の妃が成王を身ごもったとき、立っても片足に傾かず、座っても足を広げず、一人でいても傲らず、怒っても罵らなかった、というのは胎教のことです。成王が生まれると、仁者が養い、孝者がおくるみで包み、四人の賢者がそばに付きました。成王が物心つくと、太公を選んで師とし、周公を傅とし、前に共に計る者があり、後に共に考える者がありました。これによって泰山に封禅し、梁父に禅を行い、諸侯を朝見させ、天下を一つにしました。これによって見れば、主の左右の者は、鍛えなければなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新書』保傅古の王者は、太子初めて生まるれば、固より挙ぐるに礼を以てし、士をして之を負わしめ、有司斉粛し端冕して、之を南郊に見え、天に見ゆるなり。闕を過ぐれば則ち下り、廟を過ぐれば則ち趨る、孝子の道なり。故に赤子たりし自りして教え固より以て行わる。昔者周の成王幼くして繈褓の中に在り、召公は太保たり、周公は太傅たり、太公は太師たり。保は、其の身体を保つ。傅は、之に徳義を傅く。師は、之に教訓を道く。三公の職なり。是に於いて為に三少を置く、皆上大夫なり、少保・少傅・少師と曰い、是れ太子と燕する者なり。故に咳㖷にして、三公三少固より孝仁礼義を明らかにし、道を以て之を習わしめ、邪人を逐去し、悪行を見せしめず。是に於いて皆天下の端士、孝弟博聞にして道術有る者を選び、以て之を衛翼し、太子と居処出入を与にせしむ。故に太子初めて生まれて正事を見、正言を聞き、正道を行い、左右前後皆正人なり。習いて正人と之に居れば、正無きこと能わず、猶お楚に生長すれば、楚言せざること能わざるがごときなり。故に其の嗜む所を択ぶに、必ず先ず業を受けて、乃ち之を嘗むるを得、其の楽しむ所を択ぶに、必ず先ず習い有りて、乃ち之を為すを得しむ。孔子曰く、「少くして成るは天性の若く、習い貫れば自然の如し」と。
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『新書』胎教青史氏の記に曰く、「古者胎教の道、王后身有れば、七月にして蔞室に就く。太師は銅を持して戸の左に御し、太宰は斗を持して戸の右に御し、太卜は蓍亀を持して堂下に御し、諸官は皆な其の職を以て門内に御す。三月に比ぶ者、王后の求むる所の声音礼楽に非ざれば、則ち太師は楽を撫して習わずと称す。滋味を求むる所の者正味に非ざれば、則ち太宰は斗を荷いて敢えて煎調せず、而して曰く、敢えて以て王太子に侍せずと。太子生まれて立つや、太師は銅を吹きて曰く、声は某律に中ると。太宰曰く、滋味は某を上とすと。太卜曰く、命は云う某と。
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『新書』禮昔周の文王、太公望をして太子発に傅かしむ、太子鮑魚を嗜む、而るに太公与えず、太公曰く、「礼に、鮑魚は俎に登らず、豈に礼に非ずして以て太子を養う可き有らんや」と。尋常の室に奥剽の位無ければ、則ち父子別たず。六尺の輿に左右の義無ければ、則ち君臣明らかならず。尋常の室、六尺の輿すら、処るに礼無ければ、即ち上下踳逆し、父子悖乱す、而るを況んや其の大なる者をや。故に道徳仁義、礼に非ざれば成らず。教訓正俗、礼に非ざれば備わらず。分争弁訟、礼に非ざれば決せず。君臣・上下・父子・兄弟、礼に非ざれば定まらず。宦学事師、礼に非ざれば親しまず。班朝治軍、官に莅み法を行うこと、礼に非ざれば威厳行われず。禱祠祭祀、鬼神に供給すること、礼に非ざれば誠ならず荘ならず。是を以て君子は恭敬・撙節・退譲して以て礼を明らかにす。
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『長短経』君徳〔議に曰く、賈生云う「昔、成王幼くして襁褓の中に在るとき、召公は太保と為り、周公は太傅と為り、太公は太師と為る。保は其の身体を保んじ、傅は之に徳義を傅え、師は之を教訓に導く。此れ三公の職なり。又た三少を置く。少傅・少保・少師と曰う。是れ太子と晏する者なり。乃ち孩抱にして識有れば、三公・三少は固より孝・仁・義・礼を明らかにして以て之を導き習わしむ。逐うて邪人を去り、悪行を見しめず。天下の端士・孝悌・博聞・道術有る者を選びて以て之を翼衛し、太子と居処せしむ。故に太子は乃ち生まれて正事を見、正言を聞き、正道を行う。左右前後、皆な正人なり。夫れ習いて正人と居らば、正しからざる能わず。猶お斉の地に生長すれば、斉言せざる能わざるがごとし。習いて不正の人と居らば、猶お楚の地に生長すれば、楚言せざる能わざるがごとし。
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『新書』傅職或いは春秋を称して、之が為に善を聳かし悪を抑え、以て其の心を革勧す。之に礼を教え、上下の則宜を知らしむ。或いは詩を称して、之が為に道を広め徳を顕し、以て其の志を馴明す。之に楽を教え、以て其の穢を疏し、其の浮気を填ぐ。之に語を教え、上世に明らかにして先王の務めて徳を民に明らかにするを知らしむるなり。之に故志を教え、廃興を知らしめて、戒懼せしむ。之に任術を教え、能く万官の職任を紀して、治化の儀を知らしむ。之に訓典を教え、族類の疏戚を知らしめて、隠比馴れしむ。此れ所謂太子に学ばしむるに聖人の徳を以てする者なり。或いは恵施を明らかにして以て忠を之に道き、長復を明らかにして以て信を道き、度量を明らかにして以て義を道き、等級を明らかにして以て礼を道き、恭倹を明らかにして以て孝を道き、敬戒を明らかにして以て事を道き、慈愛を明らかにして以て仁を道き、僩雅を明らかにして以て文を道き、除害を明らかにして以て武を道き、精直を明らかにして以て伐を道き、正徳を明らかにして以て賞を道き、斉粛を明らかにして以て敬を道く、此れ所謂太子を教うるなり。
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『新書』保傅太子既に冠して成人し、保傅の厳を免るるに及べば、則ち司直の史有り、徹膳の宰有り。太子に過ち有れば、史必ず之を書し、史の義、過ちを書するを得ざれば則ち死す。過ち書さるれば宰其の膳を収め、宰の義、膳を収むるを得ざれば即ち死す。是に於いて進善の旌有り、誹謗の木有り、敢諫の鼓有り、瞽史は詩を誦し、工は箴諫を誦し、大夫は謀を進め、士は民語を伝う。習いて智と長じ、故に切にして愧じず。化して心と成り、故に中道なること性の若し。是れ殷周の長く道有る所以なり。三代の礼︰天子は春に朝して日を朝し、秋に幕して月を夕す、敬有るを明らかにする所以なり。春秋に学に入り、国老を坐せしめ、醤を執りて親ら之に饋す、孝有るを明らかにする所以なり。行くに鸞和を以てし、歩むに采薺に中り、趨るに肆夏に中る、度有るを明らかにする所以なり。其の禽獣に於けるや、其の生を見ては其の死を忍びず、其の声を聞いては其の肉を嘗めず、故に庖厨を遠ざく、恩を長じ、且つ仁有るを明らかにする所以なり。食には礼を以てし、収むるには楽を以てす。度を失えば、則ち史之を書し、工之を誦し、三公進みて之を読み、宰夫其の膳を減ず、是れ天子の非を為すを得ざるなり。
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