新書 / 胎教
然後,為王太子懸弧之禮義。東方之弧以梧,梧者,東方之草,春木也;其牲以雞,雞者,東方之牲也。南方之弧以柳,柳者,南方之草,夏木也;其牲以狗,狗者,南方之牲也。中央之弧以桑,桑者,中央之木也;其牲以牛,牛者,中央之牲也。西方之弧以棘,棘者,西方之草也,秋木也;其牲以羊,羊者,西方之牲也。北方之弧以棗,棗者,北方之草,冬木也;其牲以彘,彘者,北方之牲也。五弧五分矢,東方射東方,南方射南方,中央射中央,西方射西方,北方射北方,皆三射。其四弧具,其餘各二分矢,懸諸國四通門之左;中央之弧亦具,餘二分矢,懸諸社稷門之左。然後卜王太子名,上毋取於天,下毋取於土,毋取於名山通谷,毋悖於鄉俗。是故君子名難知而易諱也,此所以養隱之道也。」
新字:然後,為王太子懸弧之礼義。東方之弧以梧,梧者,東方之草,春木也;其牲以鶏,鶏者,東方之牲也。南方之弧以柳,柳者,南方之草,夏木也;其牲以狗,狗者,南方之牲也。中央之弧以桑,桑者,中央之木也;其牲以牛,牛者,中央之牲也。西方之弧以棘,棘者,西方之草也,秋木也;其牲以羊,羊者,西方之牲也。北方之弧以棗,棗者,北方之草,冬木也;其牲以彘,彘者,北方之牲也。五弧五分矢,東方射東方,南方射南方,中央射中央,西方射西方,北方射北方,皆三射。其四弧具,其余各二分矢,懸諸国四通門之左;中央之弧亦具,余二分矢,懸諸社稷門之左。然後卜王太子名,上毋取於天,下毋取於土,毋取於名山通谷,毋悖於郷俗。是故君子名難知而易諱也,此所以養隠之道也。」
書き下し
然る後、王太子の為に弧を懸くるの礼義あり。東方の弧は梧を以てす。梧とは東方の草、春の木なり。其の牲は鶏を以てす。鶏とは東方の牲なり。南方の弧は柳を以てす。柳とは南方の草、夏の木なり。其の牲は狗を以てす。狗とは南方の牲なり。中央の弧は桑を以てす。桑とは中央の木なり。其の牲は牛を以てす。牛とは中央の牲なり。西方の弧は棘を以てす。棘とは西方の草なり、秋の木なり。其の牲は羊を以てす。羊とは西方の牲なり。北方の弧は棗を以てす。棗とは北方の草、冬の木なり。其の牲は彘を以てす。彘とは北方の牲なり。五弧五分の矢、東方は東方を射、南方は南方を射、中央は中央を射、西方は西方を射、北方は北方を射、皆な三たび射る。其の四弧具われば、其の余は各おの二分の矢、諸を国の四通門の左に懸く。中央の弧も亦た具われば、余の二分の矢、諸を社稷門の左に懸く。然る後、王太子の名を卜す。上は天に取る毋く、下は土に取る毋く、名山通谷に取る毋く、郷俗に悖る毋し。是の故に君子の名は知り難くして諱み易し。此れ隠を養う所以の道なり」と。
現代語訳
そののち、王太子のために弧を懸ける礼儀があります。東方の弧は梧でつくります。梧は東方の草で、春の木です。その犠牲は鶏で、鶏は東方の犠牲です。南方の弧は柳でつくります。柳は南方の草で、夏の木です。その犠牲は犬で、犬は南方の犠牲です。中央の弧は桑でつくります。桑は中央の木です。その犠牲は牛で、牛は中央の犠牲です。西方の弧は棘でつくります。棘は西方の草で、秋の木です。その犠牲は羊で、羊は西方の犠牲です。北方の弧は棗でつくります。棗は北方の草で、冬の木です。その犠牲は豚で、豚は北方の犠牲です。五つの弧と五分の矢で、東方は東方を射、南方は南方を射、中央は中央を射、西方は西方を射、北方は北方を射て、それぞれ三度射ます。四つの弧がそろえば、残りの矢はそれぞれ二分を、国の四方に通じる門の左に懸けます。中央の弧もそろえば、残りの二分の矢を、社稷の門の左に懸けます。そののち、王太子の名を卜います。上は天から取らず、下は土から取らず、名山や通谷から取らず、郷の習俗に背かないようにします。だから君子の名は知りにくく、避けやすいのです。これが、隠れを養う道です」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新書』胎教正の礼とは、王太子に羞臣無く、臣の子を領むるなり。故に臣の子を領むると謂う。身ら王に朝する者、妻は后に朝し、之の子は王太子に朝す、是を臣の子と謂う。此れ正礼胎教なり。周の妃后成王を身に姙むや、立ちて跛せず、坐して𧪘せず、独り処りて倨らず、怒ると雖も罵らず、胎教の謂いなり。成王生まるるや、仁者之を養い、孝者之を繈し、四賢傍らにす。成王知有るや、太公を選びて師と為し、周公を傅と為し、前に与に計る有りて後に与に慮る有るなり。是を以て泰山に封じ梁父に禅し、諸侯を朝せしめ、天下を一にす。此に由りて之を観れば、主の左右は練らざる可からず。
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『新書』胎教青史氏の記に曰く、「古者胎教の道、王后身有れば、七月にして蔞室に就く。太師は銅を持して戸の左に御し、太宰は斗を持して戸の右に御し、太卜は蓍亀を持して堂下に御し、諸官は皆な其の職を以て門内に御す。三月に比ぶ者、王后の求むる所の声音礼楽に非ざれば、則ち太師は楽を撫して習わずと称す。滋味を求むる所の者正味に非ざれば、則ち太宰は斗を荷いて敢えて煎調せず、而して曰く、敢えて以て王太子に侍せずと。太子生まれて立つや、太師は銅を吹きて曰く、声は某律に中ると。太宰曰く、滋味は某を上とすと。太卜曰く、命は云う某と。
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『新書』保傅古の王者は、太子初めて生まるれば、固より挙ぐるに礼を以てし、士をして之を負わしめ、有司斉粛し端冕して、之を南郊に見え、天に見ゆるなり。闕を過ぐれば則ち下り、廟を過ぐれば則ち趨る、孝子の道なり。故に赤子たりし自りして教え固より以て行わる。昔者周の成王幼くして繈褓の中に在り、召公は太保たり、周公は太傅たり、太公は太師たり。保は、其の身体を保つ。傅は、之に徳義を傅く。師は、之に教訓を道く。三公の職なり。是に於いて為に三少を置く、皆上大夫なり、少保・少傅・少師と曰い、是れ太子と燕する者なり。故に咳㖷にして、三公三少固より孝仁礼義を明らかにし、道を以て之を習わしめ、邪人を逐去し、悪行を見せしめず。是に於いて皆天下の端士、孝弟博聞にして道術有る者を選び、以て之を衛翼し、太子と居処出入を与にせしむ。故に太子初めて生まれて正事を見、正言を聞き、正道を行い、左右前後皆正人なり。習いて正人と之に居れば、正無きこと能わず、猶お楚に生長すれば、楚言せざること能わざるがごときなり。故に其の嗜む所を択ぶに、必ず先ず業を受けて、乃ち之を嘗むるを得、其の楽しむ所を択ぶに、必ず先ず習い有りて、乃ち之を為すを得しむ。孔子曰く、「少くして成るは天性の若く、習い貫れば自然の如し」と。
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『新書』立後義古の聖帝将に世子を立てんとするや、則ち帝自ら朝服して阼階より升り、西に鄉いて妃に於いてす。妃世子を抱きて房より出で、東に鄉う。太史書を奉じて西のかた堂に上り、両階の間に当たりて、北面して立ち、曰く、世子の名は某と曰う者参ると。帝礼を執りて辞を称し、世子に命じて曰く、大祖大宗と社稷とを子に度する者参ると。其の命ずるや、妃は不敢と曰うこと再びす。三たび命ずるに於いて、謹んで命を受くと曰い、拝して退く。太史以て太祝に告げ、太祝以て太祖太宗と社稷とに告ぐ。太史出でて、以て太宰に告げ、太宰以て州伯に告げ、州伯命じて之を州府に蔵せしむ。凡そ諸貴已下百姓の男女に至るまで、敢えて世子と名を同じくする者無し。此を以て民百姓の猶お君と為るを争う者有るを防ぐ。
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『新書』傅職或いは春秋を称して、之が為に善を聳かし悪を抑え、以て其の心を革勧す。之に礼を教え、上下の則宜を知らしむ。或いは詩を称して、之が為に道を広め徳を顕し、以て其の志を馴明す。之に楽を教え、以て其の穢を疏し、其の浮気を填ぐ。之に語を教え、上世に明らかにして先王の務めて徳を民に明らかにするを知らしむるなり。之に故志を教え、廃興を知らしめて、戒懼せしむ。之に任術を教え、能く万官の職任を紀して、治化の儀を知らしむ。之に訓典を教え、族類の疏戚を知らしめて、隠比馴れしむ。此れ所謂太子に学ばしむるに聖人の徳を以てする者なり。或いは恵施を明らかにして以て忠を之に道き、長復を明らかにして以て信を道き、度量を明らかにして以て義を道き、等級を明らかにして以て礼を道き、恭倹を明らかにして以て孝を道き、敬戒を明らかにして以て事を道き、慈愛を明らかにして以て仁を道き、僩雅を明らかにして以て文を道き、除害を明らかにして以て武を道き、精直を明らかにして以て伐を道き、正徳を明らかにして以て賞を道き、斉粛を明らかにして以て敬を道く、此れ所謂太子を教うるなり。
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説苑・修文射る者は必ず心平らかに體正しく、弓矢を持すること審かに固く、然る後射る者能く以て中つ。詩に云う、「大侯既に抗げ、弓矢斯に張る。射夫既に同じくして、爾が發の功を獻ず。」此を之れ謂うなり。弧の言たる豫なり、豫とは吾が意を豫めするなり。故に古は兒生まれて三日、桑弧蓬矢もて六たび天地四方を射る、天地四方とは、男子の事有る所なり、必ず其の事有る所を意うこと有りて、然る後敢えて穀を食う、故に曰く、「素飧せず。」此を之れ謂うなり。
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