新書 / 道德說
神者,道、德、神、氣發於性也,康若濼流不可物效也。變化無所不爲,物理及諸變之起,皆神之所化也,故曰「康若濼流謂之神」,「神生變,通之以化」。明者,神氣在內則無光而爲知,明則有輝於外矣。外內通一,則爲得失,事理是非,皆職於知,故曰「光輝謂之明」,「明生識,通之以知」。命者,物皆得道德之施以生,則澤、潤、性、氣、神、明,及形體之位分、數度,各有極量指奏矣。此皆所受其道德,非以嗜欲取捨然也。其受此具也,礐然有定矣,不可得辭也,故曰命。命者,不得毋生,生則有形,形而道、德、性、神、明因載於物形,故曰「礐堅謂之命」,「命生形,通之以定」。
新字:神者,道、徳、神、気発於性也,康若濼流不可物効也。変化無所不為,物理及諸変之起,皆神之所化也,故曰「康若濼流謂之神」,「神生変,通之以化」。明者,神気在内則無光而為知,明則有輝於外矣。外内通一,則為得失,事理是非,皆職於知,故曰「光輝謂之明」,「明生識,通之以知」。命者,物皆得道徳之施以生,則沢、潤、性、気、神、明,及形体之位分、数度,各有極量指奏矣。此皆所受其道徳,非以嗜欲取捨然也。其受此具也,礐然有定矣,不可得辞也,故曰命。命者,不得毋生,生則有形,形而道、徳、性、神、明因載於物形,故曰「礐堅謂之命」,「命生形,通之以定」。
書き下し
神なる者は、道・徳・神・気の性に発するなり、康として濼流の若く物の効う可からざるなり。変化為さざる所無く、物理及び諸変の起こるは、皆神の化する所なり、故に曰く「康として濼流の若きを、之を神と謂う」、「神は変を生じ、之に通ずるに化を以てす」と。明なる者は、神気内に在れば則ち光無くして知と為り、明なれば則ち外に輝く有り。外内通じて一なれば、則ち得失、事理・是非を為すこと、皆知に職る、故に曰く「光輝を、之を明と謂う」、「明は識を生じ、之に通ずるに知を以てす」と。命なる者は、物皆道徳の施しを得て以て生ずれば、則ち沢・潤・性・気・神・明、及び形体の位分・数度、各おの極量・指奏有り。此れ皆受くる所の其の道徳にして、嗜欲の取捨を以て然るに非ざるなり。其の此の具を受くるや、礐然として定まる有り、辞するを得可からざるなり、故に命と曰う。命なる者は、生ずること毋きを得ず、生ずれば則ち形有り、形あれば道・徳・性・神・明因りて物の形に載す、故に曰く「礐堅を、之を命と謂う」、「命は形を生じ、之に通ずるに定を以てす」と。
現代語訳
神とは、道・徳・神・気が性から発したものです。のびやかで、水が湧き流れるようであり、どんな物もまねることができません。変化して為さないことはなく、物の理やもろもろの変が起こるのは、すべて神の化育によります。だから「のびやかで湧き流れるようなものを、神という」「神は変を生み、これに通じるのは化である」と言います。明とは、神気が内にあるうちは光がなく知となり、明らかになれば外に輝きが出るものです。外と内が通じて一つになれば、得失、事の理、是非を決めることが、みな知の役目となります。だから「光り輝くものを、明という」「明は識を生み、これに通じるのは知である」と言います。命とは、物がみな道徳の施しを受けて生まれると、沢・潤・性・気・神・明、さらに形や体の位置・分け前・数や度合いに、それぞれ極まりと定めが備わる、ということです。これはみな受けたものである道徳によるのであって、欲望による取捨選択でそうなるのではありません。この具わりを受けるときは、堅くしっかりと定まっていて、辞退することはできないので、命といいます。命は生まれないわけにはいかず、生まれれば形があり、形があれば道・徳・性・神・明がそれによって物の形に載ります。だから「堅く定まったものを、命という」「命は形を生み、これに通じるのは定である」と言うのです。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』智命を知るとは、天命を知るなり。天の命ずる所何如を知るを謂ふなり。先王の道は、天に本づき、天命を奉じて以て之を行ふ。君子の道を学ぶも、亦た以て天職を奉ぜんと欲するのみ。我道を学び徳を成して爵至らず、是れ天我に命じて以て道を人に伝へしむるなり。君子は教学を以て事と為し、人知らずして慍らず、是れ之を命を知ると謂ふ。凡そ人の力は、及ぶ有り、及ばざる有り。強ひて其の力の及ばざる所の者を求むるは、不智の大なる者なり。故に曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無きなり」と。後儒或いは其の然る所以の理を知ると曰ひ、或いは吉凶禍福を知ると曰ひ、或いは名利得失に毫も心を動かさずと曰ふ。皆道を知らざる者の言のみ。
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