新書 / 過秦上
秦孝公據崤函之固,擁雍州之地,君臣固守以窺周室,有席卷天下,包舉宇內,囊括四海之意,幷吞八荒之心。當是時也,商君佐之,內立法度,務耕織,修守戰之具;外連衡而鬬諸侯。於是秦人拱手而取西河之外。
新字:秦孝公拠崤函之固,擁雍州之地,君臣固守以窺周室,有席巻天下,包舉宇内,嚢括四海之意,幷呑八荒之心。当是時也,商君佐之,内立法度,務耕織,修守戦之具;外連衡而闘諸侯。於是秦人拱手而取西河之外。
書き下し
秦の孝公は崤函の固きに拠り、雍州の地を擁し、君臣固く守りて以て周室を窺い、天下を席巻し、宇内を包挙し、四海を囊括するの意、八荒を併呑するの心有り。是の時に当たりて、商君之を佐け、内に法度を立て、耕織に務め、守戦の具を修め、外は連衡して諸侯を鬬わしむ。是に於いて秦人拱手して西河の外を取る。
現代語訳
秦の孝公は崤山と函谷関の堅固な地形に拠り、雍州の地を領有し、君臣そろって固く守りながら周王室の動きをうかがい、天下を席巻し、天下をひとまとめに抱え、四海を袋に収めようとする意志と、八方の果てを併せ呑もうとする心を持っていました。そのとき商君が補佐し、国内では法制を立てて農耕と機織りに努め、守りと戦いの備えを整え、国外では連衡策で諸侯を互いに争わせました。こうして秦の人々は、手を拱いたまま西河の外の地を手に入れたのです。
解説
『過秦論』の書き出しで、秦がなぜ強国になれたかを、孝公の代から語ります。崤山と函谷関に守られた地の利、固く結んだ君臣、そこへ商君が法度を立てて農と戦の備えを整えた、という三点が柱です。天下を巻き取る、包む、袋に収めるという重ねた比喩で、孝公の野心の大きさを先に印象づけています。賈誼は、この強さを丁寧に描くほど、のちの崩壊の落差が際立つように組んでいます。会社でも、立地や制度や人材が噛み合った創業期の勢いは、衰えを論じる前に正確に押さえておく必要があります。
この章句が説くこと
過秦論孝公商君連衡法度新書
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史記 秦始皇本紀故に周は五序其の道を得て、千余歳絶えず。秦は本末并びに失ふ、故に長久ならず。此に由りて之を観れば、安危の統相去ること遠し。野諺に曰く「前事の忘れざるは、後事の師なり」と。是を以て君子の国を為むるや、之を上古に観、之を当世に験し、参ふるに人事を以てし、盛衰の理を察し、権勢の宜しきを審らかにし、去就序有り、変化時有り。故に日を曠しくすること長久にして社稷安し。秦の孝公殽函の固めに拠り、雍州の地を擁し、君臣固く守りて周室を窺ふ。天下を席巻し、宇内を包挙し、四海を囊括するの意、八荒を并呑するの心有り。是の時に当たり、商君之を佐け、内は法度を立て、耕織を務め、守戦の備へを修め、外は連衡して諸侯を闘はしむ。是に於て秦人手を拱きて西河の外を取る。孝公既に没し、恵王・武王故業を蒙り、遺冊に因り、南のかた漢中を兼ね、西のかた巴・蜀を挙げ、東のかた膏腴の地を割き、要害の郡を収む。諸侯恐懼し、会盟して秦を弱めんことを謀り、珍器重宝肥美の地を愛まず、以て天下の士を致し、合従して交はりを締び、相与に一と為る。是の時に当たり、斉に孟嘗有り、趙に平原有り、楚に春申有り、魏に信陵有り。此の四君は、皆明知にして忠信、寛厚にして人を愛し、賢を尊び士を重んじ、従を約し衡を離し、韓・魏・燕・楚・斉・趙・宋・衛・中山の衆を并す。是に於て六国の士に寧越・徐尚・蘇秦・杜赫の属之が為に謀る有り、斉明・周最・陳軫・昭滑・楼緩・翟景・蘇厲・楽毅の徒其の意を通じ、呉起・孫臏・帯佗・兒良・王廖・田忌・廉頗・趙奢の朋其の兵を制す。常に十倍の地、百万の衆を以て、関を叩きて秦を攻む。秦人関を開きて敵を延く。九国の師逡巡遁逃して敢へて進まず。
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『新書』過秦上孝公既に没し、恵文・武・昭襄王、故業を蒙り、遺策に因り、南は漢中を取り、西は巴蜀を挙げ、東は膏腴の地を割き、北は要害の郡を収む。諸侯恐懼し、会盟して秦を弱めんことを謀り、珍器重宝肥饒の地を愛しまず、以て天下の士を致し、合従して交わりを締び、相挙げて一と為る。此の時に当たりて、斉に孟嘗有り、趙に平原有り、楚に春申有り、魏に信陵有り。此の四君は、皆明智にして忠信、寛厚にして人を愛し、賢を尊びて士を重んじ、従を約し衡を離し、韓・魏・燕・趙・宋・衛・中山の衆を兼ぬ。是に於いて六国の士、甯越・徐尚・蘇秦・杜赫の属有りて之が謀を為し、斉明・周最・陳軫・召滑・楼緩・翟景・蘇厲・楽毅の徒、其の意を通じ、呉起・孫臏・帯佗・倪良・王廖・田忌・廉頗・趙奢の朋、其の兵を制す。嘗て十倍の地、百万の師を以て、関を仰ぎて秦を攻む。秦人関を開きて敵を延き、九国の師逡巡して敢えて進まず。秦に亡矢遺鏃の費無くして、天下已に困しめり。是に於いて従は散じ約は解け、争いて地を割きて秦に賂う。
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