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慎思録 / 巻之一

宋儒以氣質之性。天地之性。分拆言之。此爲學者易曉也。其實人無二性。氣質之本然。即是天地之性而已。性者本是氣質之謂也。朱子曰。不公心之人。不能讀書。信哉斯言也。葢不公心之人。其心多偏邪。雖力學讀書。其所見不平正。常徇一己之私。主張之。是以不能得正理。所見多差。所以不能讀書也。

新字:宋儒以気質之性。天地之性。分拆言之。此為学者易暁也。其実人無二性。気質之本然。即是天地之性而已。性者本是気質之謂也。朱子曰。不公心之人。不能読書。信哉斯言也。葢不公心之人。其心多偏邪。雖力学読書。其所見不平正。常徇一己之私。主張之。是以不能得正理。所見多差。所以不能読書也。

書き下し

宋儒は気質の性と天地の性とを以て、分拆して之を言ふ。此れ学者の暁り易きが為なり。其の実人に二性無し。気質の本然、即ち是れ天地の性のみ。性とは本是れ気質の謂なり。朱子曰く、心を公にせざるの人は、書を読むこと能はずと。信なるかな斯の言や。蓋し心を公にせざるの人は、其の心偏邪多し。力学読書すと雖も、其の見る所平正ならず、常に一己の私に徇ひて、之を主張す。是を以て正理を得ること能はず、見る所差多し。書を読むこと能はざる所以なり。

現代語訳

宋の儒者は、気質の性と天地の性を分けて説きました。これは学ぶ者が分かりやすいようにするためです。実際には人に二つの性はありません。気質の本来のあり方が、そのまま天地の性なのです。性とは、もともと気質のことを言います。朱子は「心を公にしない人は、本を読むことができない」と言いました。まことにそのとおりです。心を公にしない人は、心に偏りや邪さが多く、力を尽くして学び本を読んでも、見方が公平で正しくなく、いつも自分一人の私心に従って主張します。だから正しい道理を得ることができず、見方に誤りが多いのです。これが本を読むことができない理由です。

解説

朱子学の性の二分説に対する益軒の独自の見方が表れた条です。宋儒は、人の本性を理そのものである天地の性と、気に左右される気質の性に分けましたが、益軒は、それは説明の便宜で、実は性は一つだと言います。晩年の益軒は『大疑録』で朱子の理気二元論に疑問を記し、気を重んじる立場を示しました。この条はその考えの一端と言えます。後半では、心を公にしなければ本を正しく読めないと説きます。自分の結論に都合のよい読み方をしていないか、振り返りたくなります。

この章句が説くこと

気質朱子読書

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