新論 / 守禦
故古者邊郡有城堡之設、〈軍防令、凡三邊諸郡人居、皆於城堡内安置、其營田之所、唯置莊舍、至農時、堪營作者、出就莊田、收斂訖勒還、其城堡崩頽者、役當處居戸、隨闕修理、義解云、堡者高土以爲保障防賊也、〉今其制雖不可盡用、而斟酌商議、必將有適時宜者也、
新字:故古者辺郡有城堡之設、〈軍防令、凡三辺諸郡人居、皆於城堡内安置、其営田之所、唯置荘舎、至農時、堪営作者、出就荘田、収斂訖勒還、其城堡崩頽者、役当処居戸、随闕修理、義解云、堡者高土以為保障防賊也、〉今其制雖不可尽用、而斟酌商議、必将有適時宜者也、
書き下し
故に古は辺郡に城堡の設け有り。(軍防令に、凡そ三辺の諸郡の人居は、皆城堡の内に安置せよ。其の営田の所には、唯だ荘舎を置け。農時に至りて、営作に堪ふる者は、出でて荘田に就き、収斂訖らば勒して還せ。其の城堡の崩頽せる者は、当処の居戸を役して、闕くるに随ひて修理せよ、と。義解に云ふ、堡とは土を高くして以て保障と為し賊を防ぐなり、と。)今其の制尽くは用ふべからずと雖も、斟酌商議せば、必ず将に時宜に適ふ者有らんとす。
現代語訳
だから昔は辺境の郡に城や砦の設けがあった。(軍防令に「およそ三方の辺境の諸郡の住民は、みな城や砦の内に住まわせよ。田を耕す場所にはただ農作業用の小屋だけを置け。農繁期になれば、耕作に耐える者は出て田に就き、取り入れが終われば命じて砦に戻らせよ。城や砦が崩れたものは、その場所の住民を使役して、欠けるに応じて修理せよ」とある。『令義解』に「堡とは土を高く盛って守りとし、賊を防ぐものである」という。)今その制度をすべて用いることはできないが、よく考え合わせ議論すれば、必ず時勢にかなうものがあるだろう。
解説
屯兵を設くの条の続きで、正志斎は古代律令の軍防令から、辺境の住民を城堡の中に住まわせ、農繁期だけ田に出て耕させ、砦の修理も住民に担わせた規定を割注で引く。古制をそのまま復活させることはできないが、斟酌すれば時宜にかなう制度が必ず見つかるという結論で、古典を権威として持ち出すのではなく、設計の参考として使う姿勢がうかがえる。現代の組織でも、過去の仕組みや他の時代の制度を丸ごと再現するのではなく、その設計思想を読み取り、いまの条件に合わせて作り直すことが、新しい制度づくりの近道になる。
この章句が説くこと
城堡古制屯兵時宜軍防令守禦
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