新論 / 虜情
及各國益強梁、乃始覬覦 中國、其首入内地者波爾杜瓦、波爾杜瓦者伊斯把屬國、天文弘治間張甚、略南海諸島、新闢海東之地最多、以次來豐薩諸國唱夷敎、煽動蠢氓、而有土者亦往往爲所欺罔、大友小西之徒、首歸向之、織田氏亦嘗創寺京師、以延胡僧、其法漸浸淫中州、夷輩因而賑恤困窮、務收民心、織田氏曉其有異圖、欲毀胡寺逐胡僧、未果而即世、〈織田氏之創胡寺、其臣刑部正則諌不聽、蓋欲用以傾隣國、如遣邪徒離間荒木君臣是也、既自悔曰、凡信佛者、檀家奉財物、以布施僧侶、未聞僧奉於檀家也、且其初來、以貿易爲名、今不爲收利、而賑恤是務、必將傾人國家、正則之言果驗矣、〉
新字:及各国益強梁、乃始覬覦 中国、其首入内地者波爾杜瓦、波爾杜瓦者伊斯把属国、天文弘治間張甚、略南海諸島、新闢海東之地最多、以次来豊薩諸国唱夷教、煽動蠢氓、而有土者亦往往為所欺罔、大友小西之徒、首帰向之、織田氏亦嘗創寺京師、以延胡僧、其法漸浸淫中州、夷輩因而賑恤困窮、務収民心、織田氏暁其有異図、欲毀胡寺逐胡僧、未果而即世、〈織田氏之創胡寺、其臣刑部正則諌不聴、蓋欲用以傾隣国、如遣邪徒離間荒木君臣是也、既自悔曰、凡信仏者、檀家奉財物、以布施僧侶、未聞僧奉於檀家也、且其初来、以貿易為名、今不為収利、而賑恤是務、必将傾人国家、正則之言果験矣、〉
書き下し
各国益々強梁なるに及びて、乃ち始めて中国を覬覦す。其の首めて内地に入る者は波爾杜瓦なり。波爾杜瓦は伊斯把の属国にして、天文・弘治の間張ること甚だしく、南海の諸島を略し、新たに海東の地を闢くこと最も多し。次を以て豊薩の諸国に来たりて夷教を唱へ、蠢氓を煽動す。而して土を有つ者も亦往々にして欺罔せらる。大友・小西の徒、首めて之に帰向し、織田氏も亦嘗て寺を京師に創りて、以て胡僧を延く。其の法漸く中州に浸淫し、夷輩因りて困窮を賑恤して、務めて民心を収む。織田氏其の異図有るを暁り、胡寺を毀ち胡僧を逐はんと欲して、未だ果たさずして世を即く(織田氏の胡寺を創るや、其の臣刑部正則諌むれども聴かず。蓋し用ひて以て隣国を傾けんと欲す、邪徒を遣はして荒木の君臣を離間するが如き是なり。既にして自ら悔いて曰く、凡そ仏を信ずる者は、檀家財物を奉じて、以て僧侶に布施す。未だ僧の檀家に奉ずるを聞かざるなり。且つ其の初め来たるや、貿易を以て名と為す。今利を収むることを為さずして、賑恤是れ務む、必ず将に人の国家を傾けんとす、正則の言果たして験ありと)。
現代語訳
西洋各国がますます強大になると、はじめてわが国(中国)をうかがうようになった。最初に国内に入ってきたのはポルトガル(波爾杜瓦)である。ポルトガルはスペインの属国で、天文・弘治のころ大いに勢いを張り、南海の島々を攻め取り、海の東の新しい土地を最も多く切り開いた。次いで豊後・薩摩などの国々に来て異国の教えを唱え、無知な民をあおり動かした。領地をもつ大名たちもしばしばだまされ、大友(宗麟)・小西(行長)らが真っ先にこれに帰依し、織田氏(信長)もかつて京都に寺(南蛮寺)を建てて宣教師を招いた。その教えはしだいに国の中央にしみこみ、西洋人はそれに乗じて貧しい者を救い、つとめて民心を集めた。織田氏はその下心に気づき、南蛮寺を壊し宣教師を追い出そうとしたが、果たさないうちに世を去った(織田氏が南蛮寺を建てたとき、家臣の刑部正則が諌めたが聞き入れなかった。おそらく宣教師を使って隣国を傾けようとしたのであり、信徒を遣わして荒木(村重)の主従の仲を裂こうとしたのがその例である。のちに自ら悔いてこう言った。「およそ仏を信じる者は、檀家が財物をささげて僧侶に布施するものだ。僧が檀家に施すなど聞いたことがない。しかも彼らははじめ貿易を名目にやって来たのに、今は利益を取ろうとせず、施しばかりに努めている。きっと人の国を傾けようとしているのだ。正則の言葉はやはり当たっていた」と)。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新論』虜情豊臣氏に至りて、胡僧及び愚民の夷教に汚るる者を駆りて、尽く諸を海外に出だす。東照宮興りて、禁を設くること殊に厳なり。故に伊斯把・諳厄利諸蕃の相踵いで至る有りと雖も、卒に夷教を以て入ること能はず(東照宮嘗て西宗真なる者を西洋に遣はし、三年にして還る。台徳公も亦揖斐某を遣はして西洋に至らしめ、七年にして還る。皆虜情を探偵する所以にして、蓋し此に由りて審らかに異言を識ると云ふ。痛く之を禁絶する所以なり。大猷公も亦嘗て訳官を遣はして天竺に往き、精舎を視しむ。疑ふらくは亦深意有らん)。寛永の初め、令を下して胡神の像を鋳、愚民の過ちを悔いて正に帰する者をして足もて之を踏ましむ。外夷も亦自ら脱するを得ざるを度り、長崎を望みて股栗す。清人の或いは胡神の堂を毀たんと欲するも、亦之を引きて以て言を為す(西湖志・台湾志等の載する所、大約此くの如し)。国家の興隆には天も亦之を保佑す。故に時に島原の賊起こりて、天下の邪徒を一城に聚め、一掃して之を殲す。余燼再び燃ゆることを得ざるは、実に此に由るなり。
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『新論』虜情西夷の海上に跋扈すること、幾ど三百年なり。而して土疆日に広く、意欲日に満つる者は、是れ其の智勇大いに人に過絶する者有るか、仁恩甚だ民に洽きか、礼楽刑政脩備せざる莫きか、抑々神造鬼設、人力の能く為す所に非ざる者有るか。而るに皆然るに非ざるなり。彼其の恃みて以て伎倆を逞しうする所の者は、独り一の耶蘇教有るのみ。夫れ彼の所謂教法なる者は、邪僻浅陋、固より論ずるに足る無し。然れども其の帰易簡にして、其の言猥瑣、以て愚民を誑誘し易し。巧言繁辞、天を誣ひて以て天を敬すと為し、人道を滅裂して、以て倫理に暁らかなりと為す。時に小恵を行ひて、以て仁聞を市り、因りて其の説を誇張し、舌を鼓して世を眩はす。誕妄迂怪、以て耳を濫すに足る。故に世の異を好む者、道聴途説して、士大夫と雖も、亦往々沾染を免れざる者有り。心蠱し志溺れて、頑乎として其れ解くべからざるに至る。是れ狡夷の用ひて以て其の術を售る所なり。
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『新論』虜情故に人の国家を傾けんと欲すれば、則ち必ず先づ通市に因りて其の虚実を窺ひ、乗ずべきを見れば則ち兵を挙げて之を襲ひ、不可なれば則ち夷教を唱へて、以て民心を煽惑す。民心一たび移れば、簞壺相迎へて、之を禁ずるを得る莫し。而して民は胡神の為に死を致し、相欣羨して以て栄と為す、其の勇以て闘ふに足る。資産を傾けて以て胡神に奉ず、其の財以て兵を行ふに足る。人の民を誘ひ人の国を傾くるを以て、胡神の心に副ふと為し、兼愛の言を仮りて、以て其の呑噬を逞しうす。其の兵貪と云ふと雖も、而も以て義兵の名を衒ふに足る。其の国を併せ地を略する、皆此の術に由らざる莫きなり。
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『新論』虜情夫れ西夷の中国を窺ふ者、前後武を接し、各国逓ひに至る。其の国殊なりと雖も、其の敬事尊奉する所以の者は、則ち同一の胡神なり。故に耶蘇の中原を闚ふこと三百年にして変ぜず。而して中国の之を待つ所以の者は、則ち時論の趨舎に係り、或は雄断に出で、或は姑息に出づ。是れ其の間を闚ふ者は始終一意にして、之に応ずる者は前後論を異にす。一意なる者を以て、異論なる者を闚ふ、安んぞ其の能く久しくして間の乗ずべき無きを保たんや。然らば則ち時論をして一定し乗ずべきの間無からしめんと欲せば、虜情を審らかにするに在るかな、虜情を審らかにするに在るかな。(巻上終)
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『新論』虜情庸俗また謂ふ、今日耶蘇の禁厳なること甚だし、民詿誤せらるるを得べからず、と。其の自ら小智を衒ひて、憂ふるに足らずとす。夫れ夷虜の伎倆を騁するを得ずして、以て今日に至る者は、実に幕府厲禁の致す所にして、億兆生霊の大幸なり。然れども神姦の潜行する、其の名は変ずべく、其の状は更むべくして、其の民心を蠱する所以の者は自若たり。則ち彼其の術を為す、豈に必ずしも柱に膠し舷に刻みて、以て往日の轍を践まんや。民の利を好み鬼を畏るるは、其の情の免るる能はざる所なり。苟も潜かに其の心を移す所以の者有らば、則ち厳刑峻法と雖も、亦た得て詰むべからざる者有り。
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『新論』虜情升平已に久しく、海内無事なるに及びて、夷復た中国を窺ひ、諳厄利重ねて通商を乞ふ(長崎夜話に是の事を載す。大略に云ふ、諳厄利往年市舶を通じ、元和中に至りて、自ら其の通舶を罷むる者は、蓋し深く時勢を知る者有ればなり。世移り時改まるに及びて、又徼幸する所有らんと欲し、延宝癸丑を以て復た通商を乞ふも、許さずと。今其の語意を詳らかにするに、亦泛言なる者に非ざるに似たり)。而して邏馬も亦僧を遣はして潜入し、窃かに夷教を唱ふ。亦皆未だ其の志を得ること能はざるなり。近時に至りては、則ち鄂羅殊に張り、蝦夷を誘ふに邪教を以てし、諸島を蚕食して、遂に内地を伺ふ。而して諳厄利も亦頻りに来たりて、潜かに辺氓を誘ふ。然らば則ち其の胡神を奉じて以て中国を覬覦する者、豈に独り波爾杜瓦のみにして止まんや。
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