史記 / 太史公自序
作伍子胥列傳第六。孔氏述文,弟子興業,咸為師傅,崇仁厲義。作仲尼弟子列傳第七。鞅去衛適秦,能明其術,彊霸孝公,後世遵其法。作商君列傳第八。天下患衡秦毋饜,而蘇子能存諸侯,約從以抑貪彊。作蘇秦列傳第九。六國既從親,而張儀能明其說,復散解諸侯。作張儀列傳第十。秦所以東攘雄諸侯,樗裏、甘茂之策。作樗裏甘茂列傳第十一。苞河山,圍大梁,使諸侯斂手而事秦者,魏冉之功。作穰侯列傳第十二。南拔鄢郢,北摧長平,遂圍邯鄲,武安為率;破荊滅趙,王翦之計。作白起王翦列傳第十三。獵儒墨之遺文,明禮義之統紀,絕惠王利端,列往世興衰。作孟子荀卿列傳第十四。好客喜士,士歸于薛,為齊捍楚魏。作孟嘗君列傳第十五。爭馮亭以權,如楚以救邯鄲之圍,使其君復稱於諸侯。作平原君虞卿列傳第十六。能以富貴下貧賤,賢能詘於不肖,唯信陵君為能行之。作魏公子列傳第十七。以身徇君,遂脫彊秦,使馳說之士南鄉走楚者,黃歇之義。作春申君列傳第十八能忍於魏齊,而信威於彊秦,推賢讓位,二子有之。作范睢蔡澤列傳第十九。率行其謀,連五國兵,為弱燕報彊齊之讎,雪其先君之恥。作樂毅列傳第二十。
新字:作伍子胥列伝第六。孔氏述文,弟子興業,咸為師傅,崇仁厲義。作仲尼弟子列伝第七。鞅去衛適秦,能明其術,彊覇孝公,後世遵其法。作商君列伝第八。天下患衡秦毋饜,而蘇子能存諸侯,約従以抑貪彊。作蘇秦列伝第九。六国既従親,而張儀能明其説,復散解諸侯。作張儀列伝第十。秦所以東攘雄諸侯,樗裏、甘茂之策。作樗裏甘茂列伝第十一。苞河山,囲大梁,使諸侯斂手而事秦者,魏冉之功。作穰侯列伝第十二。南抜鄢郢,北摧長平,遂囲邯鄲,武安為率;破荊滅趙,王翦之計。作白起王翦列伝第十三。猟儒墨之遺文,明礼義之統紀,絶恵王利端,列往世興衰。作孟子荀卿列伝第十四。好客喜士,士帰于薛,為斉捍楚魏。作孟嘗君列伝第十五。争馮亭以権,如楚以救邯鄲之囲,使其君復称於諸侯。作平原君虞卿列伝第十六。能以富貴下貧賤,賢能詘於不肖,唯信陵君為能行之。作魏公子列伝第十七。以身徇君,遂脱彊秦,使馳説之士南郷走楚者,黄歇之義。作春申君列伝第十八能忍於魏斉,而信威於彊秦,推賢譲位,二子有之。作范睢蔡沢列伝第十九。率行其謀,連五国兵,為弱燕報彊斉之讎,雪其先君之恥。作楽毅列伝第二十。
書き下し
伍子胥列伝第六を作る。孔氏文を述べ、弟子業を興し、咸師傅と為り、仁を崇び義を厲ます。仲尼弟子列伝第七を作る。鞅衛を去りて秦に適き、能く其の術を明らかにし、孝公を彊覇ならしめ、後世其の法に遵ふ。商君列伝第八を作る。天下は衡秦の饜く毋きを患ふ。而して蘇子能く諸侯を存し、従を約して以て貪彊を抑ふ。蘇秦列伝第九を作る。六国既に従親す。而して張儀能く其の説を明らかにし、復た諸侯を散解す。張儀列伝第十を作る。秦の東して諸侯に雄たるを攘ふ所以は、樗里・甘茂の策なり。樗里甘茂列伝第十一を作る。河山を苞み、大梁を囲み、諸侯をして手を斂めて秦に事へしむる者は、魏冉の功なり。穰侯列伝第十二を作る。南は鄢郢を抜き、北は長平を摧き、遂に邯鄲を囲むは、武安率為り。荊を破り趙を滅ぼすは、王翦の計なり。白起王翦列伝第十三を作る。儒墨の遺文を猟り、礼義の統紀を明らかにし、恵王の利の端を絶ち、往世の興衰を列す。孟子荀卿列伝第十四を作る。客を好み士を喜び、士薛に帰し、斉の為に楚魏を捍ぐ。孟嘗君列伝第十五を作る。馮亭を争ふに権を以てし、楚に如きて以て邯鄲の囲みを救ひ、其の君をして復た諸侯に称せしむ。平原君虞卿列伝第十六を作る。能く富貴を以て貧賤に下り、賢能にして不肖に詘するは、唯だ信陵君のみ能く之を行ふ。魏公子列伝第十七を作る。身を以て君に徇ひ、遂に彊秦を脱し、馳説の士をして南郷して楚に走らしむるは、黄歇の義なり。春申君列伝第十八を作る。能く魏斉に忍び、而して威を彊秦に信(の)べ、賢を推して位を譲るは、二子之有り。范睢蔡沢列伝第十九を作る。其の謀を率行し、五国の兵を連ね、弱燕の為に彊斉の讎に報い、其の先君の恥を雪ぐ。楽毅列伝第二十を作る。
現代語訳
そこで伍子胥列伝第六を作った。孔子は古の文を述べ伝え、弟子たちはその学業を興し、みな諸侯の師や守り役となり、仁を尊び義を励ました。そこで仲尼弟子列伝第七を作った。商鞅は衛を去って秦に行き、その術を明らかにして孝公を強大な覇者にし、後世もその法に従った。そこで商君列伝第八を作った。天下は連衡策をとる秦の飽くことのない欲を憂えた。そこで蘇秦は諸侯を存続させ、合従の盟約を結んで貪欲な強国を抑えた。そこで蘇秦列伝第九を作った。六国が合従して親しんだあと、張儀はその説を明らかにして、再び諸侯の同盟を解き散らした。そこで張儀列伝第十を作った。秦が東へ進んで諸侯の中で雄となれたのは、樗里子と甘茂の策略による。そこで樗里甘茂列伝第十一を作った。黄河と山々を包み込み、大梁を囲み、諸侯に手をこまぬいて秦に仕えさせたのは、魏冉の功績である。そこで穰侯列伝第十二を作った。南は鄢・郢を攻め落とし、北は長平で趙を打ち砕き、ついに邯鄲を囲んだのは、武安君(白起)が率いたからである。楚を破り趙を滅ぼしたのは、王翦の計略である。そこで白起王翦列伝第十三を作った。儒家・墨家の残した文献を広く集め、礼義の体系を明らかにし、恵王が利を求めるきっかけを断ち、過去の興亡を並べた。そこで孟子荀卿列伝第十四を作った。客を好み士を喜んだので、士は薛に集まり、斉のために楚・魏を防いだ。そこで孟嘗君列伝第十五を作った。馮亭の上党を得ることを権謀によって争い、楚に行って邯鄲の包囲を救い、その君主を再び諸侯の間でたたえられるようにした。そこで平原君虞卿列伝第十六を作った。富貴の身でありながら貧賤の者にへりくだり、賢く有能でありながら愚かな者に身を屈することは、ただ信陵君だけがよく行えた。そこで魏公子列伝第十七を作った。身を捨てて主君に尽くし、ついに(太子を)強い秦から脱出させ、遊説の士たちを南の楚に向かわせたのは、黄歇(春申君)の義である。そこで春申君列伝第十八を作った。魏斉から受けた辱めに耐え、強い秦で威光を伸ばし、賢者を推して位を譲ったことは、二人(范睢と蔡沢)に備わっていた。そこで范睢蔡沢列伝第十九を作った。その謀を率先して実行し、五か国の兵を連合させ、弱い燕のために強い斉への仇を討ち、先君の恥をすすいだ。そこで楽毅列伝第二十を作った。
解説
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