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史記 / 衛将軍驃騎列伝

善騎射,再從大將軍,受詔與壯士,為剽姚校尉,與輕勇騎八百直棄大軍數百里赴利,斬捕首虜過當。於是天子曰:「剽姚校尉去病斬首虜二千二十八級,及相國、當戶,斬單于大父行籍若侯產,生捕季父羅姑比,再冠軍,以千六百戶封去病為冠軍侯。上谷太守郝賢四從大將軍,捕斬首虜二千餘人,以千一百戶封賢為眾利侯。」是歲,失兩將軍軍,亡翕侯,軍功不多,故大將軍不益封。右將軍建至,天子不誅,赦其罪,贖為庶人。

新字:善騎射,再従大将軍,受詔与壮士,為剽姚校尉,与軽勇騎八百直棄大軍数百里赴利,斬捕首虜過当。於是天子曰:「剽姚校尉去病斬首虜二千二十八級,及相国、当戸,斬単于大父行籍若侯産,生捕季父羅姑比,再冠軍,以千六百戸封去病為冠軍侯。上谷太守郝賢四従大将軍,捕斬首虜二千余人,以千一百戸封賢為衆利侯。」是歳,失両将軍軍,亡翕侯,軍功不多,故大将軍不益封。右将軍建至,天子不誅,赦其罪,贖為庶人。

書き下し

騎射を善くし、再び大将軍に従ふ。詔を受けて壮士を与へられ、剽姚校尉と為り、軽勇の騎八百と直ちに大軍を棄つること数百里にして利に赴き、首虜を斬捕すること当に過ぐ。是に於て天子曰く、「剽姚校尉去病、首虜を斬ること二千二十八級、及び相国・当戸、単于の大父行籍若侯産を斬り、季父羅姑比を生け捕り、再び軍に冠たり。千六百戸を以て去病を封じて冠軍侯と為す。上谷の太守郝賢四たび大将軍に従ひ、首虜を捕斬すること二千余人。千一百戸を以て賢を封じて衆利侯と為す」と。是の歳、両将軍の軍を失ひ、翕侯を亡ひ、軍功多からず。故に大将軍益封せず。右将軍建至る。天子誅せず、其の罪を赦し、贖ひて庶人と為す。

現代語訳

霍去病は騎射に優れ、二度大将軍に従って出陣した。詔によって勇士を与えられて剽姚校尉となり、身軽で勇敢な騎兵八百とともに、本隊から数百里も離れてまっすぐ敵に向かい、自軍の損失をはるかに上回る敵を斬ったり捕らえたりした。そこで天子は言った。「剽姚校尉霍去病は、敵の首や捕虜二千二十八を得たうえ、相国や当戸を捕らえ、単于の祖父の世代にあたる籍若侯の産を斬り、単于の叔父の羅姑比を生け捕りにし、二度にわたって全軍第一の功を立てた。千六百戸で霍去病を冠軍侯に封じる。上谷太守の郝賢は四度大将軍に従い、首や捕虜二千人余りを得た。千百戸で郝賢を衆利侯に封じる」。この年は二人の将軍の軍を失い、翕侯を失って、軍功は多くなかったので、大将軍には加増しなかった。右将軍蘇建が都に着いたが、天子は誅殺せず、その罪を赦し、金で贖って庶民とした。

解説

霍去病の初陣と、その鮮烈な戦果を記した段です。騎射に優れた十八歳の霍去病は、選ばれた勇士を与えられて剽姚校尉となり、わずか八百騎で本隊から数百里も離れて敵に突進し、二千余りの首や捕虜を得たうえ、単于の祖父の世代の貴人を斬り、叔父を生け捕りにしました。武帝は「再び軍に冠たり」として冠軍侯という称号を新たに設けて封じます。全軍で最も優れた者という意味の、この侯号そのものが称賛の表れです。一方で、この年は蘇建と趙信の軍を失い、趙信が寝返ったため、総大将の衛青には加増がありませんでした。全体の成果は乏しくても個人の突出した戦功は大きく評価され、全体の責任を負う者の評価は抑えられるという対比が鮮やかです。蘇建は衛青の判断どおり天子に委ねられ、赦されました。本隊の枠にとらわれず自ら機会をつかみに行った若者の大胆さが、ここから新しい時代を開いていきます。

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