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史記 / 范雎蔡沢列伝

君何不以此時歸相印,讓賢者而授之,退而巖居川觀,必有伯夷之廉,長為應侯。世世稱孤,而有許由、延陵季子之讓,喬松之壽,孰與以禍終哉?即君何居焉?忍不能自離,疑不能自決,必有四子之禍矣。《易》曰『亢龍有悔』,此言上而不能下,信而不能詘,往而不能自返者也。願君孰計之!」

新字:君何不以此時帰相印,譲賢者而授之,退而巖居川観,必有伯夷之廉,長為応侯。世世称孤,而有許由、延陵季子之譲,喬松之寿,孰与以禍終哉?即君何居焉?忍不能自離,疑不能自決,必有四子之禍矣。《易》曰『亢竜有悔』,此言上而不能下,信而不能詘,往而不能自返者也。願君孰計之!」

書き下し

君何ぞ此の時を以て相印を帰し、賢者に譲りてこれに授け、退きて巌居川観せざる。必ず伯夷の廉有りて、長く応侯と為らん。世世孤と称し、而して許由・延陵季子の譲、喬松の寿有らん。禍を以て終はるといづれぞや。即ち君何ぞ居らん。忍びて自ら離るる能はず、疑ひて自ら決する能はずんば、必ず四子の禍有らん。易に曰く『亢竜悔い有り』と。此れ上りて下る能はず、信びて詘する能はず、往きて自ら返る能はざる者を言ふなり。願はくは君これを孰計せよ」と。

現代語訳

「あなたはなぜこの時機に宰相の印綬を返し、賢者に譲って授け、退いて岩屋に住み川を眺める暮らしをしないのか。そうすれば必ず伯夷のような清廉さの評判を得て、いつまでも応侯でいられる。代々諸侯として称えられ、許由や延陵季子のような譲りの徳の名と、王子喬や赤松子のような長寿を得られるだろう。それと禍いのうちに生涯を終えるのとでは、どちらがよいか。あなたはどちらに身を置くのか。未練を断ち切れずに自ら離れることができず、迷ったまま自ら決断することができなければ、必ず四人と同じ禍いに遭うだろう。『易経』に『昇りつめた竜には悔いがある』とある。これは、昇るばかりで下りることができず、伸びるばかりで縮むことができず、行くばかりで自ら引き返すことのできない者のことを言っているのだ。どうかあなたはよくよくお考えいただきたい。」

解説

蔡沢の長い説得を締めくくる段で、『易経』の「亢竜(こうりゅう)悔い有り」が引かれます。蔡沢は、今この時に宰相の印綬を返して賢者に譲り、山水の間に隠棲すれば、伯夷のような清廉の名、許由や延陵季子のような譲りの徳の名を得て、応侯の地位も子孫に伝えられ、仙人のような長寿も得られると説きました。反対に、未練を断ち切れず、迷って決断できなければ、商鞅・白起・呉起・文種と同じ禍いに遭うと警告します。昇りつめた竜が下りられずに悔いを残すという易の言葉は、頂点に立った者が自ら降りることの難しさを言い表したものです。蔡沢は、自分がその後任になりたいという本心を隠さずに、それでも相手の利益として退くことを勧めており、その率直さが范雎の心を動かしました。退き際を決められない理由が「未練」と「迷い」にあるという指摘は、今の経営者や管理職にとっても耳の痛い言葉です。

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