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史記 / 范雎蔡沢列伝

身所服者七十餘城,功已成矣,而遂賜劍死於杜郵。吳起為楚悼王立法,卑減大臣之威重,罷無能,廢無用,損不急之官,塞私門之請,一楚國之俗,禁游客之民,精耕戰之士,南收楊越,北并陳、蔡,破橫散從,使馳說之士無所開其口,禁朋黨以勵百姓,定楚國之政,兵震天下,威服諸侯。功已成矣,而卒枝解。大夫種為越王深謀遠計,免會稽之危,以亡為存,因辱為榮,墾草入邑,辟地殖穀,率四方之士,專上下之力,輔句踐之賢,報夫差之讎,卒擒勁吳。令越成霸。功已彰而信矣,句踐終負而殺之。此四子者,功成不去,禍至於此。此所謂信而不能詘,往而不能返者也。范蠡知之,超然辟世,長為陶朱公。君獨不觀夫博者乎?或欲大投,或欲分功,此皆君之所明知也。今君相秦,計不下席,謀不出廊廟,坐制諸侯,利施三川,以實宜陽,決羊腸之險,塞太行之道,又斬范、中行之涂,六國不得合從,棧道千里,通於蜀漢,使天下皆畏秦,秦之欲得矣,君之功極矣,此亦秦之分功之時也。如是而不退,則商君、白公、吳起、大夫種是也。吾聞之,『鑒於水者見面之容,鑒於人者知吉與凶』。書曰『成功之下,不可久處』。四子之禍,君何居焉?

新字:身所服者七十余城,功已成矣,而遂賜剣死於杜郵。呉起為楚悼王立法,卑減大臣之威重,罷無能,廃無用,損不急之官,塞私門之請,一楚国之俗,禁游客之民,精耕戦之士,南収楊越,北并陳、蔡,破横散従,使馳説之士無所開其口,禁朋党以励百姓,定楚国之政,兵震天下,威服諸侯。功已成矣,而卒枝解。大夫種為越王深謀遠計,免会稽之危,以亡為存,因辱為栄,墾草入邑,辟地殖穀,率四方之士,専上下之力,輔句践之賢,報夫差之讎,卒擒勁呉。令越成覇。功已彰而信矣,句践終負而殺之。此四子者,功成不去,禍至於此。此所謂信而不能詘,往而不能返者也。范蠡知之,超然辟世,長為陶朱公。君独不観夫博者乎?或欲大投,或欲分功,此皆君之所明知也。今君相秦,計不下席,謀不出廊廟,坐制諸侯,利施三川,以実宜陽,決羊腸之険,塞太行之道,又斬范、中行之涂,六国不得合従,棧道千里,通於蜀漢,使天下皆畏秦,秦之欲得矣,君之功極矣,此亦秦之分功之時也。如是而不退,則商君、白公、呉起、大夫種是也。吾聞之,『鑒於水者見面之容,鑒於人者知吉与凶』。書曰『成功之下,不可久処』。四子之禍,君何居焉?

書き下し

身の服する所の者七十余城、功已に成れり、而して遂に剣を賜はりて杜郵に死す。呉起は楚の悼王の為に法を立て、大臣の威重を卑減し、無能を罷め、無用を廃し、不急の官を損じ、私門の請ひを塞ぎ、楚国の俗を一にし、游客の民を禁じ、耕戦の士を精にし、南のかた楊越を収め、北のかた陳・蔡を并せ、横を破り従を散じ、馳説の士をしてその口を開く所無からしめ、朋党を禁じて以て百姓を励まし、楚国の政を定め、兵は天下に震ひ、威は諸侯を服す。功已に成れり、而して卒に枝解せらる。大夫種は越王の為に深謀遠計し、会稽の危ふきを免れ、亡を以て存と為し、辱に因りて栄と為し、草を墾き邑に入れ、地を辟き穀を殖やし、四方の士を率ゐ、上下の力を専らにし、句践の賢を輔け、夫差の讎に報い、卒に勁呉を擒にす。越をして霸を成さしむ。功已に彰れて信なり、句践終に負きてこれを殺す。此の四子の者は、功成りて去らず、禍此に至る。此れ所謂信びて詘する能はず、往きて返る能はざる者なり。范蠡これを知り、超然として世を辟け、長く陶朱公と為る。君独り夫の博する者を観ずや。或いは大いに投ぜんと欲し、或いは功を分かたんと欲す。此れ皆君の明らかに知る所なり。今、君秦に相たり、計は席を下らず、謀は廊廟を出でずして、坐して諸侯を制し、利は三川に施し、以て宜陽を実たし、羊腸の険を決し、太行の道を塞ぎ、また范・中行の涂を斬り、六国をして合従するを得ざらしめ、桟道千里、蜀漢に通じ、天下をして皆秦を畏れしむ。秦の欲得たり、君の功極まれり、此れまた秦の功を分かつの時なり。是くの如くにして退かずんば、則ち商君・白公・呉起・大夫種是れなり。吾これを聞く、『水に鑒みる者は面の容を見、人に鑒みる者は吉と凶とを知る』と。書に曰く『成功の下には、久しく処るべからず』と。四子の禍、君何ぞ居らんや。

現代語訳

「(白起が)自ら降した城は七十余りに及び、功はすでに成し遂げられていたが、結局剣を賜って杜郵で死んだ。呉起は楚の悼王のために法を定め、大臣の威光と権勢を削り、無能な者を罷免し、役に立たない者を退け、急がない官職を減らし、有力な家への私的な頼みごとを断ち、楚の国の風俗を一つにし、定職なく遊び歩く者を禁じ、耕作と戦闘に励む者を鍛え、南は楊越を取り込み、北は陳・蔡を併せ、連衡を破り合従を散らし、弁舌で渡り歩く遊説家に口を開く余地を与えず、徒党を禁じて民を励まし、楚の国の政治を定め、その兵は天下を震わせ、威光は諸侯を従わせた。功はすでに成し遂げられていたが、最後は手足を切り裂かれた。大夫種は越王のために深謀遠慮をめぐらし、会稽山での危機を免れさせ、滅びかけた国を存続させ、屈辱を栄光に変え、荒れ地を開墾して村を増やし、土地を切り開いて穀物を増やし、四方の士を率い、上下の力を一つにまとめ、賢い句践を補佐して、夫差への恨みを晴らし、ついに強国の呉を捕らえた。越を覇者にしたのである。功績はすでに明らかで確かなものであったが、句践は最後には彼に背いて殺した。この四人は、功を成し遂げても立ち去らなかったので、禍いがここにまで及んだのだ。これこそ、いわゆる伸びるばかりで縮むことができず、行くばかりで引き返すことのできない者である。范蠡はこのことを知っていたので、世俗を超然と避け、いつまでも陶朱公として富み栄えた。あなたは博打をする者を見たことがないのか。一気に大きく賭けようとする者もいれば、勝った分を分けて手を引こうとする者もいる。これはみな、あなたがよくご存じのことだ。いまあなたは秦の宰相として、席を立たずに計略を立て、朝廷を出ずに謀をめぐらし、座ったまま諸侯を制し、三川に利益を及ぼして宜陽を充実させ、羊腸坂の険しい道を切り開き、太行山の道を塞ぎ、さらに范氏・中行氏の旧地への道を断ち、六国が合従できないようにし、千里の桟道を蜀・漢中まで通じさせ、天下にみな秦を恐れさせた。秦の望みはかなえられ、あなたの功績は極まった。今こそ、秦が功を分けて手を引くときだ。それでも退かないのなら、商君・白公・呉起・大夫種と同じことになる。私はこう聞いている。『水を鏡とする者は自分の顔を見、人を鏡とする者は吉凶を知る』と。『書経』に『成功の後には、長くその地位にいてはならない』とある。四人の禍いに、どうしてあなたが身を置こうとするのか。

解説

蔡沢の説得の最終盤で、功成りて去らなかった四人の末路と、去った范蠡の対比を示す段です。白起は七十余城を降しながら杜郵で死を賜り、呉起は楚の政治を立て直しながら手足を裂かれ、文種は越を覇者にしながら句践に殺されました。一方、同じ越の功臣でも范蠡は功成って身を引き、陶朱公として富み栄えたと述べます。蔡沢は博打にたとえ、「一気に大きく賭ける者と、勝ち分を分けて手を引く者がいる」と言い、范雎が秦のためにすでに成し遂げた数々の功績を並べて「秦の望みはかなえられ、あなたの功は極まった。今こそ手を引くときだ」と迫りました。そして「人を鏡とする者は吉凶を知る」「成功の後には長く留まるべからず」という言葉で、四人を鏡として自分の行く末を見よと結びます。勝っているときに手を引く勇気は、事業でも投資でも、そして役職においても最も難しい判断の一つです。

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