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史記 / 范雎蔡沢列伝

穰侯,華陽君,昭王母宣太后之弟也;而涇陽君、高陵君皆昭王同母弟也。穰侯相,三人者更將,有封邑,以太后故,私家富重於王室。及穰侯為秦將,且欲越韓、魏而伐齊綱壽,欲以廣其陶封。范睢乃上書曰:臣聞明主立政,有功者不得不賞,有能者不得不官,勞大者其祿厚,功多者其爵尊,能治眾者其官大。故無能者不敢當職焉,有能者亦不得蔽隱。使以臣之言為可,願行而益利其道;以臣之言為不可,久留臣無為也。語曰:「庸主賞所愛而罰所惡;明主則不然,賞必加於有功,而刑必斷於有罪。」今臣之胸不足以當椹質,而要不足以待斧鉞,豈敢以疑事嘗試於王哉!雖以臣為賤人而輕辱,獨不重任臣者之無反復於王邪?且臣聞周有砥砨,宋有結綠,梁有縣藜,楚有和樸,此四寶者,土之所生,良工之所失也,而為天下名器。然則聖王之所棄者,獨不足以厚國家乎?臣聞善厚家者取之於國,善厚國者取之於諸侯。天下有明主則諸侯不得擅厚者,何也?為其割榮也。良醫知病人之死生,而聖主明於成敗之事,利則行之,害則捨之,疑則少嘗之,雖舜禹復生,弗能改已。語之至者,臣不敢載之於書,其淺者又不足聽也。

新字:穰侯,華陽君,昭王母宣太后之弟也;而涇陽君、高陵君皆昭王同母弟也。穰侯相,三人者更将,有封邑,以太后故,私家富重於王室。及穰侯為秦将,且欲越韓、魏而伐斉綱寿,欲以広其陶封。范睢乃上書曰:臣聞明主立政,有功者不得不賞,有能者不得不官,労大者其禄厚,功多者其爵尊,能治衆者其官大。故無能者不敢当職焉,有能者亦不得蔽隠。使以臣之言為可,願行而益利其道;以臣之言為不可,久留臣無為也。語曰:「庸主賞所愛而罰所悪;明主則不然,賞必加於有功,而刑必断於有罪。」今臣之胸不足以当椹質,而要不足以待斧鉞,豈敢以疑事嘗試於王哉!雖以臣為賤人而軽辱,独不重任臣者之無反復於王邪?且臣聞周有砥砨,宋有結緑,梁有県藜,楚有和樸,此四宝者,土之所生,良工之所失也,而為天下名器。然則聖王之所棄者,独不足以厚国家乎?臣聞善厚家者取之於国,善厚国者取之於諸侯。天下有明主則諸侯不得擅厚者,何也?為其割栄也。良医知病人之死生,而聖主明於成敗之事,利則行之,害則捨之,疑則少嘗之,雖舜禹復生,弗能改已。語之至者,臣不敢載之於書,其浅者又不足聴也。

書き下し

穣侯・華陽君は、昭王の母宣太后の弟なり。而して涇陽君・高陵君は皆昭王の同母弟なり。穣侯相たり、三人の者更々将たり、封邑有り、太后の故を以て、私家の富は王室より重し。穣侯の秦の将と為るに及び、且に韓・魏を越えて斉の綱寿を伐ち、以てその陶の封を広めんと欲す。范睢乃ち上書して曰く、臣聞く、明主の政を立つるや、功有る者は賞せざるを得ず、能有る者は官せざるを得ず、労大なる者はその禄厚く、功多き者はその爵尊く、能く衆を治むる者はその官大なり。故に無能の者は敢へて職に当たらず、能有る者もまた蔽隠するを得ず。臣の言を以て可と為さば、願はくは行ひて益々その道を利せよ。臣の言を以て不可と為さば、久しく臣を留むるは為す無きなり。語に曰く「庸主は愛する所を賞して悪む所を罰す。明主は則ち然らず、賞は必ず功有るに加へ、刑は必ず罪有るに断ず」と。今、臣の胸は以て椹質に当たるに足らず、要は以て斧鉞を待つに足らず、豈に敢へて疑事を以て王に嘗試せんや。臣を以て賤人と為して軽辱すと雖も、独り臣を任ずる者の王に反覆無きを重んぜざるか。且つ臣聞く、周に砥砨有り、宋に結緑有り、梁に県藜有り、楚に和樸有り。此の四宝は、土の生ずる所、良工の失ふ所なり、而して天下の名器と為る。然らば則ち聖王の棄つる所の者は、独り以て国家を厚くするに足らざらんや。臣聞く、善く家を厚くする者はこれを国に取り、善く国を厚くする者はこれを諸侯に取る。天下に明主有らば則ち諸侯擅に厚くするを得ざるは、何ぞや。その栄を割くが為なり。良医は病人の死生を知り、而して聖主は成敗の事に明らかなり。利あらば則ちこれを行ひ、害あらば則ちこれを捨て、疑はしければ則ち少しくこれを嘗む。舜・禹また生まるると雖も、改むる能はざるのみ。語の至れる者は、臣敢へてこれを書に載せず、その浅き者はまた聴くに足らざるなり。

現代語訳

穣侯と華陽君は、昭王の母宣太后の弟であり、涇陽君と高陵君はどちらも昭王の同母弟であった。穣侯が宰相となり、ほかの三人は代わる代わる将となって、それぞれ封地を持ち、太后の縁故によって、その私家の富は王室をしのぐほどであった。穣侯が秦の将となると、韓・魏を越えて斉の綱寿を討ち、自分の封地の陶を広げようとした。范睢はそこで上書した。私はこう聞いている。聡明な君主が政治を行うとき、功ある者には賞を与えずにはおかず、能力ある者には官職を与えずにはおかない。苦労の大きい者はその俸禄を厚くし、功の多い者はその爵位を高くし、多くの人を治められる者はその官職を大きくする。だから能力のない者はあえて職に就こうとせず、能力のある者も埋もれていることはない。私の言葉がよいとお思いなら、どうか実行してその道をますます広げていただきたい。私の言葉がよくないとお思いなら、いつまでも私をとどめておいても何にもならない。ことわざに「凡庸な君主は好きな者に賞を与え、嫌いな者を罰する。聡明な君主はそうではなく、賞は必ず功ある者に与え、刑は必ず罪ある者に下す」とある。いま私の胸は首切り台に当てられるほど頑丈ではなく、腰は斧で断たれるのに耐えられるほど強くはない。どうして不確かなことで王を試すようなまねができようか。私を身分の低い者と軽んじ辱めるとしても、私を推挙した者(王稽)が王に対して裏表のない者であることは重んじていただけないのか。それに私はこう聞いている。周には砥砨、宋には結緑、梁には県藜、楚には和樸という宝玉がある。この四つの宝は土から生まれ、腕のよい職人でさえ見落としたものだが、後に天下の名宝となった。そうであれば、聖王が捨ててしまった者の中にも、国家を豊かにするに足る者がいないとは言えないのではないか。私はこう聞いている。自分の家を豊かにするのがうまい者は国から取り、国を豊かにするのがうまい者は諸侯から取る。天下に聡明な君主がいれば諸侯がほしいままに富むことができないのはなぜか。君主の栄えを削り取ることになるからだ。良い医者は病人が生きるか死ぬかを見分け、聖明な君主は事の成否を見きわめる。利があれば行い、害があれば捨て、疑わしければ少し試してみる。舜や禹がよみがえっても、これを改めることはできない。最も肝心な話は、私はあえて書面には記さない。浅い話はまたお聞きになる価値もない。

解説

宣太后一族の専横と、それに対して范雎が昭王に送った上書の前半です。穣侯魏冉・華陽君・涇陽君・高陵君の四人は太后の縁故で権力と富を握り、穣侯は自分の封地の陶を広げるために斉の綱寿を攻めようとしていました。一年以上放っておかれた范雎は、「明君は功ある者を賞し、能ある者を官に就ける」と説き起こし、「用いぬなら帰せ」と迫ります。さらに、土から出た原石が後に天下の名宝となった例を挙げ、捨て置かれた者の中にも国を富ませる人材がいると自分を売り込みました。そして「家を富ませる者は国から取る」と、暗に穣侯が私腹を肥やしていることをほのめかし、「最も肝心な話は書面には書けない」と結んで、直接会う機会を引き出そうとしています。言いたいことを全部書かずに、会いたいと思わせる終わり方は、今の提案書や企画書にも通じる工夫です。

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