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史記 / 三王世家

於是使使即斬其使者於闕下。會武帝崩,昭帝初立,旦果作怨而望大臣。自以長子當立,與齊王子劉澤等謀為叛逆,出言曰:「我安得弟在者!今立者乃大將軍子也。」欲發兵。事發覺,當誅。昭帝緣恩寬忍,抑案不揚。公卿使大臣請,遣宗正與太中大夫公戶滿意、御史二人,偕往使燕,風喻之。到燕,各異日,更見責王。宗正者,主宗室諸劉屬籍,先見王,為列陳道昭帝實武帝子狀。侍御史乃復見王,責之以正法,問:「王欲發兵罪名明白,當坐之。漢家有正法,王犯纖介小罪過,即行法直斷耳,安能寬王。」驚動以文法。王意益下,心恐。公戶滿意習於經術,最後見王,稱引古今通義,國家大禮,文章爾雅。謂王曰:「古者天子必內有異姓大夫,所以正骨肉也;外有同姓大夫,所以正異族也。周公輔成王,誅其兩弟,故治。武帝在時,尚能寬王。今昭帝始立,年幼,富於春秋,未臨政,委任大臣。古者誅罰不阿親戚,故天下治。方今大臣輔政,奉法直行,無敢所阿,恐不能寬王。王可自謹,無自令身死國滅,為天下笑。」於是燕王旦乃恐懼服罪,叩頭謝過。大臣欲和合骨肉,難傷之以法。

新字:於是使使即斬其使者於闕下。会武帝崩,昭帝初立,旦果作怨而望大臣。自以長子当立,与斉王子劉沢等謀為叛逆,出言曰:「我安得弟在者!今立者乃大将軍子也。」欲発兵。事発覚,当誅。昭帝縁恩寛忍,抑案不揚。公卿使大臣請,遣宗正与太中大夫公戸満意、御史二人,偕往使燕,風喩之。到燕,各異日,更見責王。宗正者,主宗室諸劉属籍,先見王,為列陳道昭帝実武帝子状。侍御史乃復見王,責之以正法,問:「王欲発兵罪名明白,当坐之。漢家有正法,王犯繊介小罪過,即行法直断耳,安能寛王。」驚動以文法。王意益下,心恐。公戸満意習於経術,最後見王,称引古今通義,国家大礼,文章爾雅。謂王曰:「古者天子必内有異姓大夫,所以正骨肉也;外有同姓大夫,所以正異族也。周公輔成王,誅其両弟,故治。武帝在時,尚能寛王。今昭帝始立,年幼,富於春秋,未臨政,委任大臣。古者誅罰不阿親戚,故天下治。方今大臣輔政,奉法直行,無敢所阿,恐不能寛王。王可自謹,無自令身死国滅,為天下笑。」於是燕王旦乃恐懼服罪,叩頭謝過。大臣欲和合骨肉,難傷之以法。

書き下し

是に於いて使をして即ち其の使者を闕下に斬らしむ。会々武帝崩じ、昭帝初めて立つ、旦果たして怨みを作して大臣を望む。自ら以へらく長子当に立つべしと、斉王の子劉沢等と謀りて叛逆を為し、言を出だして曰く、「我安くんぞ弟の在る者を得んや。今立つ者は乃ち大将軍の子なり」と。兵を発せんと欲す。事発覚し、当に誅すべし。昭帝恩に縁りて寛忍し、抑案して揚げず。公卿大臣をして請はしめ、宗正と太中大夫公戸満意、御史二人を遣はし、偕に往きて燕に使ひせしめ、之を風喩せしむ。燕に到り、各々日を異にし、更々見えて王を責む。宗正は、宗室諸劉の属籍を主る、先づ王に見え、為に列陳して昭帝の実に武帝の子なる状を道ふ。侍御史乃ち復た王に見え、之を責むるに正法を以てし、問ふ、「王兵を発せんと欲する罪名明白なり、当に之に坐すべし。漢家に正法有り、王繊介の小罪過を犯せば、即ち法を行ひて直断するのみ、安くんぞ能く王を寛くせん」と。驚動するに文法を以てす。王の意益々下り、心恐る。公戸満意は経術に習ふ、最後に王に見え、古今の通義、国家の大礼を称引し、文章爾雅なり。王に謂ひて曰く、「古は天子必ず内に異姓の大夫有り、骨肉を正す所以なり。外に同姓の大夫有り、異族を正す所以なり。周公成王を輔け、其の両弟を誅す、故に治まる。武帝在りし時は、尚ほ能く王を寛くす。今昭帝始めて立ち、年幼く、春秋に富み、未だ政に臨まず、大臣に委任す。古は誅罰親戚に阿らず、故に天下治まる。方今大臣政を輔け、法を奉じて直行し、敢へて阿る所無し、恐らくは王を寛くする能はず。王自ら謹むべし、自ら身死し国滅びて、天下の笑ひと為らしむる無かれ」と。是に於いて燕王旦乃ち恐懼して罪に服し、叩頭して過ちを謝す。大臣骨肉を和合せんと欲し、之を傷つくるに法を以てするを難る。

現代語訳

(褚先生は続ける。)そこで武帝は使者に命じ、すぐさま燕王の使者を宮門の下で斬らせた。やがて武帝が崩じ、昭帝が即位したばかりのとき、旦は案の定、恨みを抱いて大臣たちに不満を持った。自分こそ長子(存命の年長の子)として即位すべきだと考え、斉王の子の劉沢らと反逆を謀り、「わたしにどうして弟などいようか。いま即位したのは大将軍(霍光)の子だ」と言いふらした。兵を挙げようとしたが、事が発覚し、誅殺に当たる罪となった。昭帝は恩情によって寛大に忍び、事件を抑えて公にしなかった。公卿は大臣を通じて願い出て、宗正と太中大夫の公戸満意、それに御史二人を派遣し、一緒に燕へ使いさせて、遠回しに諭させた。燕に着くと、それぞれ日を変えて代わる代わる王に会い、王を責めた。宗正は皇族の劉氏一族の籍を管理する官なので、まず王に会い、昭帝がまことに武帝の子であることを詳しく述べた。次に侍御史が王に会い、正式な法をもって責め、問うた。「王が兵を挙げようとした罪は明白であり、罰を受けるべきだ。漢には正しい法があり、王がほんのわずかな罪を犯しても、ただちに法を適用して裁くだけだ。どうして王を大目に見ることができようか。」法律の条文で王を驚かせた。王の気持ちはますます萎え、心から恐れた。公戸満意は経学に通じていたので、最後に王に会い、古今に通じる道理と国家の大いなる礼を引き、その言葉は正しく雅やかであった。王に言った。「昔、天子は必ず朝廷の内に異姓の大夫を置いたが、それは骨肉の一族を正すためである。外には同姓の大夫を置いたが、それは異族を正すためである。周公は成王を補佐して、自分の二人の弟を誅したので、天下は治まった。武帝がおられたときは、まだ王を大目に見ることもできた。いま昭帝は即位したばかりで年若く、前途は長いが、まだ自ら政治に臨まれず、大臣に任せておられる。昔から、誅罰は親族にも手加減しなかったので天下は治まった。いま大臣が政治を補佐し、法を奉じてまっすぐに行い、誰にも手加減しようとしない。おそらく王を大目に見ることはできないだろう。王は自ら慎まれるがよい。身は死に国は滅んで、天下の笑い者になることのないように。」そこで燕王旦は恐れおののいて罪を認め、頭を地につけて過ちを詫びた。大臣たちは骨肉の和合を望み、法によって王を傷つけることをはばかった。

解説

燕王劉旦が昭帝の即位に不満を持って反逆を企て、朝廷から三組の使者が送られて諭される場面です。注目すべきは説得の段取りです。まず皇族の籍を司る宗正が、昭帝が正統な武帝の子であることを事実として示し、次に侍御史が法の条文で罪の重さを突きつけて恐れさせ、最後に経学に通じた公戸満意が古今の道理と周公の故事を引いて、今の大臣は親族にも容赦しないと穏やかに諭します。事実、法、道理と、役割の違う三人が日を変えて順に会うことで、燕王はついに罪を認めて謝罪しました。昭帝と大臣たちは身内を法で傷つけることを避け、事を公にせずに収めています。難しい相手を説得するとき、誰が何をどの順で伝えるかを設計する大切さがよく分かる段です。

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