史記 / 律書
淸明風居東南維,主風吹萬物而西之。軫。軫者,言萬物益大而軫軫然。西至於翼。翼者,言萬物皆有羽翼也。四月也,律中中呂。注者,言萬物之始衰,陽氣下注,故曰:注。五月也,律中蕤賓。蕤賓者,言陰氣幼少,故曰:蕤;痿陽不用事,故曰:賓。景風居南方。景者,言陽氣道竟,故曰:景風。其於十二子爲午。午者,陰陽交,故曰:午。其於十母爲丙丁。丙者,言陽道著明,故曰:丙;丁者,言萬物之丁壯也,故曰:丁。西至於弧。弧者,言萬物之呉落且就死也。西至於狼。狼者,言萬物可度量,斷萬物,故曰:狼。涼風居西南維,主地。地者,沈奪萬物氣也。北至於罰。罰者,言萬物氣奪可伐也。北至於參。氣之賊萬物也。其於十二子爲申。申者,言陰用事,申賊萬物,故曰:申。北至於濁。濁者,觸也,言萬物皆觸死也,故曰:濁。北至於留。留者,言陽氣之稽留也,故曰:留。八月也,律中南呂。故曰:酉。閶闔風居西方。閶者,倡也;闔者,藏也。言陽氣道萬物,闔黃泉也。其於十母爲庚辛。庚者,言陰氣庚萬物,故曰:庚;辛者,言萬物之辛生,故曰:辛。北至於胃。胃者,言陽氣就藏,皆胃胃也。北至於婁。婁者,呼萬物且内之也。北至於奎。奎者,主毒螫殺萬物也,奎而藏之。九月也,律中無射。
新字:清明風居東南維,主風吹万物而西之。軫。軫者,言万物益大而軫軫然。西至於翼。翼者,言万物皆有羽翼也。四月也,律中中呂。注者,言万物之始衰,陽気下注,故曰:注。五月也,律中蕤賓。蕤賓者,言陰気幼少,故曰:蕤;痿陽不用事,故曰:賓。景風居南方。景者,言陽気道竟,故曰:景風。其於十二子為午。午者,陰陽交,故曰:午。其於十母為丙丁。丙者,言陽道著明,故曰:丙;丁者,言万物之丁壮也,故曰:丁。西至於弧。弧者,言万物之呉落且就死也。西至於狼。狼者,言万物可度量,断万物,故曰:狼。涼風居西南維,主地。地者,沈奪万物気也。北至於罰。罰者,言万物気奪可伐也。北至於参。気之賊万物也。其於十二子為申。申者,言陰用事,申賊万物,故曰:申。北至於濁。濁者,触也,言万物皆触死也,故曰:濁。北至於留。留者,言陽気之稽留也,故曰:留。八月也,律中南呂。故曰:酉。閶闔風居西方。閶者,倡也;闔者,蔵也。言陽気道万物,闔黄泉也。其於十母為庚辛。庚者,言陰気庚万物,故曰:庚;辛者,言万物之辛生,故曰:辛。北至於胃。胃者,言陽気就蔵,皆胃胃也。北至於婁。婁者,呼万物且内之也。北至於奎。奎者,主毒螫殺万物也,奎而蔵之。九月也,律中無射。
書き下し
清明風は東南の維に居り、風の万物を吹きて之を西にするを主る。軫。軫とは、万物益々大にして軫軫然たるを言ふ。西して翼に至る。翼とは、万物皆羽翼有るを言ふなり。四月なり、律は中呂に中る。注とは、万物の始めて衰へ、陽気下に注ぐを言ふ、故に注と曰ふ。五月なり、律は蕤賓に中る。蕤賓とは、陰気幼少なるを言ふ、故に蕤と曰ふ。痿陽事を用ひず、故に賓と曰ふ。景風は南方に居る。景とは、陽気の道竟はるを言ふ、故に景風と曰ふ。其の十二子に於いては午と為す。午とは、陰陽交はる、故に午と曰ふ。其の十母に於いては丙丁と為す。丙とは、陽道著明なるを言ふ、故に丙と曰ふ。丁とは、万物の丁壮なるを言ふなり、故に丁と曰ふ。西して弧に至る。弧とは、万物の呉落して且に死に就かんとするを言ふなり。西して狼に至る。狼とは、万物度量すべく、万物を断ずるを言ふ、故に狼と曰ふ。涼風は西南の維に居り、地を主る。地とは、万物の気を沈奪するなり。北して罰に至る。罰とは、万物の気奪はれて伐つべきを言ふなり。北して参に至る。気の万物を賊ふなり。其の十二子に於いては申と為す。申とは、陰事を用ひ、申ねて万物を賊ふを言ふ、故に申と曰ふ。北して濁に至る。濁とは、触なり、万物皆触れて死するを言ふなり、故に濁と曰ふ。北して留に至る。留とは、陽気の稽留するを言ふなり、故に留と曰ふ。八月なり、律は南呂に中る。故に酉と曰ふ。閶闔風は西方に居る。閶とは、倡なり。闔とは、蔵なり。陽気万物を道き、黄泉に闔づるを言ふなり。其の十母に於いては庚辛と為す。庚とは、陰気万物を庚むるを言ふ、故に庚と曰ふ。辛とは、万物の辛生するを言ふ、故に辛と曰ふ。北して胃に至る。胃とは、陽気蔵に就き、皆胃胃たるを言ふなり。北して婁に至る。婁とは、万物を呼びて且に之を内れんとするなり。北して奎に至る。奎とは、毒螫の万物を殺すを主るなり、奎して之を蔵す。九月なり、律は無射に中る。
現代語訳
清明風は東南の隅にあり、風が万物を吹いて西へ向かわせることをつかさどる。(原文はここで途切れている)軫(星宿)。軫とは、万物がますます大きくなって、みっしりと盛んなさまをいう。西へ進んで翼(星宿)に至る。翼とは、万物がみな翼を持つ(伸び広がる)ことをいう。(これは)四月であり、律は中呂にあたる。(原文はここで途切れている)注とは、万物が衰えはじめ、陽気が下に注ぎ込むことをいう。だから「注」という。(これは)五月であり、律は蕤賓にあたる。蕤賓とは、陰の気がまだ幼く少ないことをいう。だから「蕤」(垂れ下がる)という。衰えた陽気がはたらきを表さないので「賓」(客)という。景風は南方にある。景とは、陽気の道が行き着いたことをいう。だから「景風」という。十二支では午にあたる。午とは、陰と陽が交わることで、だから「午」という。十干では丙・丁にあたる。丙とは、陽の道がはっきりと明らかであることをいう。だから「丙」という。丁とは、万物が壮んに成長したことをいう。だから「丁」という。西へ進んで弧(星宿)に至る。弧とは、万物が落ちしぼんで死に就こうとすることをいう。西へ進んで狼(星宿)に至る。狼とは、万物がはかり測れるようになり、万物を断ち切ることをいう。だから「狼」という。涼風は西南の隅にあり、地をつかさどる。地とは、万物の気を沈めて奪うものである。北へ進んで罰(星宿)に至る。罰とは、万物の気が奪われて伐ることができるようになることをいう。北へ進んで参(星宿)に至る。(原文はここで途切れている)気が万物をそこなうことである。十二支では申にあたる。申とは、陰がはたらきを表し、重ねて万物をそこなうことをいう。だから「申」という。北へ進んで濁(星宿)に至る。濁とは「触」の意で、万物がみな触れて死ぬことをいう。だから「濁」という。北へ進んで留(星宿)に至る。留とは、陽気がとどまることをいう。だから「留」という。(これは)八月であり、律は南呂にあたる。(原文はここで途切れている)だから「酉」という。閶闔風は西方にある。閶とは「倡」(導く)の意、闔とは「蔵」(しまう)の意である。陽気が万物を導き、黄泉に閉じ込めることをいう。十干では庚・辛にあたる。庚とは、陰の気が万物を改めることをいう。だから「庚」という。辛とは、万物が新たに生まれ変わることをいう。だから「辛」という。北へ進んで胃(星宿)に至る。胃とは、陽気がしまわれようとして、みな胃袋のように包み込まれることをいう。北へ進んで婁(星宿)に至る。婁とは、万物を呼び寄せて中に入れようとすることである。北へ進んで奎(星宿)に至る。奎とは、毒針のように万物を殺すことをつかさどるもので、殺したうえでしまい込むのである。(これは)九月であり、律は無射にあたる。
解説
関連する章句
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史記 律書陽気の垝るるを言ふ、故に危と曰ふ。十月なり、律は応鐘に中る。応鐘とは、陽気の応にして、事を用ひざるなり。其の十二子に於いては亥と為す。亥とは、該なり。陽気下に蔵す、故に該なりと言ふ。広莫風は北方に居る。広莫とは、陽気下に在り、陰は陽の広大なるに莫しと言ふなり、故に広莫と曰ふ。東して虚に至る。虚とは、能く実ち能く虚し、陽気冬は則ち虚に宛蔵するを言ひ、万物其の所を変動し、陰陽の気未だ相離れず、尚相胥つを言ふなり、故に須女と曰ふ。十一月なり、律は黄鐘に中る。黄鐘とは、陽気黄泉を踵みて出づるなり。其の十二子に於いては子と為す。子とは、滋なり。滋とは、万物下に滋るを言ふなり。其の十母に於いては壬癸と為す。壬の言為る任なり、陽気万物を下に任養するを言ふなり。癸の言為る揆なり、万物揆度すべきを言ふ、故に癸と曰ふ。東して牽牛に至る。牽牛とは、陽気万物を牽引して之を出だすを言ふなり。牛とは、冒なり、地凍ると雖も、能く冒して生ずるを言ふなり。牛とは、耕して万物を植種するなり。東して建星に至る。建星とは、諸々の生を建つるなり。十二月なり、律は大呂に中る。大呂とは。其の十二子に於いては丑と為す。条風は東北に居り、万物を出だすを主る。条の言為る万物を条治して之を出だすなり、故に条風と曰ふ。南して箕に至る。箕とは、万物の根棋を言ふ、故に箕と曰ふ。正月なり、律は泰蔟に中る。也、故に寅と曰ふ。南して尾に至る、万物始めて生ずること尾の如きを言ふなり。南して心に至る、万物始めて生じて華心有るを言ふなり。南して房に至る。房とは、万物の門戸を言ふなり、門に至れば則ち出づ。明庶風は東方に居る。明庶とは、衆物を明らかにして尽く出だすなり。二月なり、律は夾鐘に中る。而して出づるなり。乙とは、万物の生ずること軋軋たるを言ふなり。南して氐に至る者。也。
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『淮南子』天文訓夏日至れば則ち陰陽に乘ず。是を以て萬物就きて死す。冬日至れば則ち陽陰に乘ず。是を以て萬物仰ぎて生ず。晝なる者は陽の分、夜なる者は陰の分なり。是を以て陽氣勝てば則ち日修くして夜短く、陰氣勝てば則ち日短くして夜修し。帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす。月ごとに一辰を徙り、復た其の所に反る。正月は寅を指し、十二月は丑を指し、一歲にして匝り、終わりて復た始まる。寅を指せば、則ち萬物螾螾たるなり、律は太蔟を受く。太蔟なる者は、蔟りて未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は則ち茂茂然たり、律は夾鐘を受く。夾鐘なる者は、種始めて莢するなり。辰を指せば、辰は則ち之を振るうなり、律は姑洗を受く。姑洗なる者は、陳きもの去りて新しきもの來たるなり。巳を指せば、巳は則ち生已に定まるなり、律は仲呂を受く。仲呂なる者は、中充ちて大なるなり。午を指せば、午なる者は、忤なり、律は蕤賓を受く。蕤賓なる者は、安んじて服するなり。未を指せば、未は、昧なり、律は林鐘を受く。林鐘なる者は、引きて止むるなり。申を指せば、申なる者は、之を呻くなり、律は夷則を受く。夷則なる者は、其の則を易うるなり、德以て去るなり。酉を指せば、酉なる者は、飽なり、律は南呂を受く。南呂なる者は、任じて大を包むなり。戌を指せば、戌なる者は、滅なり、律は無射を受く。無射は、入りて厭く無きなり。亥を指せば、亥なる者は、閡なり、律は應鐘を受く。應鐘なる者は、其の鐘に應ずるなり。子を指せば、子なる者は、茲なり、律は黃鐘を受く。黃鐘なる者は、鐘已に黃なるなり。丑を指せば、丑なる者は、紐なり、律は大呂を受く。大呂なる者は、旅旅として去るなり。其の卯酉に加うれば、則ち陰陽分かれ、日夜平らかなり。故に曰く、規は生じ矩は殺し、衡は長じ權は藏し、繩は中央に居りて、四時の根と為る、と。
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呂氏春秋・音律②大聖の至理の世、天地の氣、合して風を生ず。日至れば則ち月ごとに其の風を鐘め、以て十二律を生ず。仲冬日短かきこと至れば、則ち黃鐘を生じ、季冬は大呂を生じ、孟春は太蔟を生じ、仲春は夾鐘を生じ、季春は姑洗を生じ、孟夏は仲呂を生じ、仲夏日長きこと至れば、則ち蕤賓を生じ、季夏は林鐘を生じ、孟秋は夷則を生じ、仲秋は南呂を生じ、季秋は無射を生じ、孟冬は應鐘を生ず。天地の風氣正しければ、則ち十二律定まる。
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『淮南子』天文訓兩維の間、九十一度と十六分度の五にして、升日一度を行き、十五日を一節と為し、以て二十四時の變を生ず。斗子を指せば則ち冬至、音は黃鐘に比す。十五日を加えて癸を指せば則ち小寒、音は應鐘に比す。十五日を加えて丑を指せば則ち大寒、音は無射に比す。十五日を加えて報德の維を指せば、則ち陰を越えて地に在り。故に日冬至を距ること四十六日にして立春、陽氣凍解すと曰う。音は南呂に比す。十五日を加えて寅を指せば則ち雨水、音は夷則に比す。十五日を加えて甲を指せば則ち雷驚蟄、音は林鐘に比す。十五日を加えて卯を指して繩に中たる。故に春分すれば則ち雷行くと曰う。音は蕤賓に比す。十五日を加えて乙を指せば則ち清明風至る、音は仲呂に比す。十五日を加えて辰を指せば則ち穀雨、音は姑洗に比す。十五日を加えて常羊の維を指せば、則ち春分盡く。故に四十六日有りて立夏、大風濟むと曰う。音は夾鐘に比す。十五日を加えて巳を指せば則ち小滿、音は太蔟に比す。十五日を加えて丙を指せば則ち芒種、音は大呂に比す。十五日を加えて午を指せば則ち陽氣極まる。故に四十六日有りて夏至と曰う。音は黃鐘に比す。十五日を加えて丁を指せば則ち小暑、音は大呂に比す。十五日を加えて未を指せば則ち大暑、音は太蔟に比す。十五日を加えて背陽の維を指せば則ち夏分盡く。故に四十六日有りて立秋、涼風至ると曰う。音は夾鐘に比す。十五日を加えて申を指せば則ち處暑、音は姑洗に比す。十五日を加えて庚を指せば則ち白露降る、音は仲呂に比す。十五日を加えて酉を指して繩に中たる。故に秋分に雷戒め、蟄蟲北に鄉うと曰う。音は蕤賓に比す。十五日を加えて辛を指せば則ち寒露、音は林鐘に比す。十五日を加えて戌を指せば則ち霜降、音は夷則に比す。十五日を加えて𨂜通の維を指せば、則ち秋分盡く。故に四十六日有りて立冬、草木畢く死すと曰う。音は南呂に比す。十五日を加えて亥を指せば則ち小雪、音は無射に比す。十五日を加えて壬を指せば則ち大雪、音は應鐘に比す。十五日を加えて子を指す。故に曰く、陽は子に生じ、陰は午に生ず、と。陽は子に生ず、故に十一月は日冬至、鵲始めて巢を加え、人氣首に鍾まる。陰は午に生ず、故に五月を小刑と為し、薺・麥・亭歷枯れ、冬生の草木必ず死す。
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呂氏春秋・音律③黃鐘の月は、土事作すこと無く、慎みて蓋を發する無く、以て天を固め地を閉づ。陽氣且に泄れんとすればなり。大呂の月は、數將に終わりに幾からんとし、歲且に更め起こらんとす。而ち農民、使う所有る無かれ。太蔟の月は、陽氣始めて生じ、草木繁動す。農をして土を發せしめて、時を失うこと或る無かれ。夾鐘の月は、寬裕和平にして、德を行い刑を去り、事を作して、以て群生を害すること或る無かれ。姑洗の月は、道を達し路を通じ、溝瀆修利す。此の令を申ぶれば、嘉氣趣やかに至る。仲呂の月、大衆を聚むること無く、巡りて農事を勸む。草木方に長ず、民心を攜つこと無かれ。蕤賓の月、陽氣上に在り、壯を安んじ佼を養う。本朝靜かならざれば、草木早く槁る。林鐘の月、草木盛んに滿ち、陰將に刑を始めんとす。大事を發して、以て陽氣を將うこと無かれ。夷則の月、法を修め刑を飭し、士を選び兵を厲ぎ、不義を詰誅して、以て遠方を懷けよ。南呂の月、蟄蟲穴に入る。農を趣して收聚し、敢て懈怠すること無く、多きを以て務と為す。無射の月、疾く有罪を斷じ、法に當りて赦すこと勿れ。獄訟を留むること無く、以て亟やかなるを故と以てす。應鐘の月、陰陽通ぜず、閉じて冬と為る。喪紀を修別し、民の終る所を審らかにせよ。
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『淮南子』天文訓何をか八風と謂う。日冬至を距ること四十五日にして條風至り、條風至りて四十五日にして明庶風至り、明庶風至りて四十五日にして清明風至り、清明風至りて四十五日にして景風至り、景風至りて四十五日にして涼風至り、涼風至りて四十五日にして閶闔風至り、閶闔風至りて四十五日にして不周風至り、不周風至りて四十五日にして廣莫風至る。條風至れば則ち輕繫を出だし、稽留を去る。明庶風至れば則ち封疆を正し、田疇を修む。清明風至れば則ち幣帛を出だし、諸侯を使わす。景風至れば則ち位有るを爵し、功有るを賞す。涼風至れば則ち地德に報い、四郊に祀る。閶闔風至れば則ち縣垂を收め、琴瑟張らず。不周風至れば則ち宮室を修め、邊城を繕う。廣莫風至れば則ち關梁を閉じ、刑罰を決す。
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