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洗心洞箚記 / 箚記跋松浦誠之

夫先生嘗志學時海內儒風乃委靡非訓詁卽文詩躬行孝悌忠信以導後進者未之有也故先生亦陷其窠臼久矣一旦讀古本大學而默識神了其誠意致知之旨矣實與陽明王子相契乎曠世之下異域之外者也非歟藤樹蕃山執齋三子之後其緖絕於本邦旣百幾十年矣而先生獨悟焉則豈非亦繼不傳之學者矣乎藤樹之德行蕃山之才學執齋之篤信雖皆具王子之一體然闡明良知之奧則三子必當遜我先生二三步矣何者先生雖向陷世儒之窠臼然六經四子及史乘之類靡不研究如關閩濂洛諸賢之源委尤爲淹貫而後百慮千計以購姚江諸子之書上自錢王黃陳歐鄒下迄明季淸初之大儒皆以涉獵講磨非一朝一夕故得其微旨奧義固無論矣又洞看其瑕瑜病疵之所由在必深乎夫三子者也歟山陽賴翁寄先生詩曰號君當呼小陽明翁自以史居者也因知此非諛言矣

新字:夫先生嘗志学時海内儒風乃委靡非訓詁即文詩躬行孝悌忠信以導後進者未之有也故先生亦陥其窠臼久矣一旦読古本大学而黙識神了其誠意致知之旨矣実与陽明王子相契乎曠世之下異域之外者也非歟藤樹蕃山執斎三子之後其緒絶於本邦既百幾十年矣而先生独悟焉則豈非亦継不伝之学者矣乎藤樹之徳行蕃山之才学執斎之篤信雖皆具王子之一体然闡明良知之奥則三子必当遜我先生二三歩矣何者先生雖向陥世儒之窠臼然六経四子及史乗之類靡不研究如関閩濂洛諸賢之源委尤為淹貫而後百慮千計以購姚江諸子之書上自銭王黄陳欧鄒下迄明季清初之大儒皆以渉猟講磨非一朝一夕故得其微旨奥義固無論矣又洞看其瑕瑜病疵之所由在必深乎夫三子者也歟山陽頼翁寄先生詩曰号君当呼小陽明翁自以史居者也因知此非諛言矣

書き下し

夫れ先生嘗て学に志す時、海内の儒風乃ち委靡し、訓詁に非ずんば即ち文詩、孝悌忠信を躬行して以て後進を導く者、未だ之れ有らず。故に先生も亦其の窠臼に陥ること久し。一旦古本大学を読みて、黙識神了す、其の誠意致知の旨を。実に陽明王子と曠世の下、異域の外に相契ふ者なり。非なるか。藤樹・蕃山・執斎三子の後、其の緒本邦に絶えて既に百幾十年なり。而して先生独り悟る。則ち豈に亦不伝の学を継ぐ者に非ずや。藤樹の徳行、蕃山の才学、執斎の篤信、皆王子の一体を具ふと雖も、然れども良知の奥を闡明するは、則ち三子必ず当に我が先生に二三歩を遜るべし。何となれば先生向に世儒の窠臼に陥ると雖も、然れども六経四子及び史乗の類、研究せざる靡く、関閩濂洛諸賢の源委の如きは、尤も淹貫為り。而して後百慮千計して以て姚江諸子の書を購ひ、上は銭・王・黄・陳・欧・鄒より、下は明季清初の大儒に迄るまで、皆以て渉猟講磨すること一朝一夕に非ず。故に其の微旨奥義を得ること固より論無し。又其の瑕瑜病疵の由りて在る所を洞看すること、必ず夫の三子より深き者か。山陽頼翁先生に寄する詩に曰く、君を号して当に小陽明と呼ぶべし、と。翁は自ら史を以て居る者なり。因りて此れ諛言に非ざるを知る。

現代語訳

そもそも先生が学問に志したころ、国内の儒学の気風はしおれ衰え、字句の注釈でなければ詩文で、孝悌忠信を身に行って後進を導く者はいなかった。だから先生もまた長くその型にはまっていた。ある日『古本大学』を読んで、その誠意・致知の趣旨を黙って心で悟り、神妙に会得した。まことに陽明王子と、時代を隔て国を異にしながら心が合ったものである。そうではないか。中江藤樹・熊沢蕃山・三輪執斎の三人の後、その学統がわが国で絶えてすでに百数十年になる。それなのに先生は独り悟った。これもまた伝わらなかった学を継ぐ者ではないか。藤樹の徳行、蕃山の才学、執斎の篤い信仰は、みな王子の一面を備えているが、良知の奥義を明らかにすることでは、三人は必ずわが先生に二、三歩譲るだろう。なぜなら先生は、以前は世の儒者の型にはまっていたものの、六経・四書や史書の類は研究しないものはなく、関閩濂洛(張載・朱子・周敦頤・程子)諸賢の源流と展開は、とりわけ深く通じていた。そのうえで百方手を尽くして姚江(陽明)門下の諸子の書を買い求め、上は銭(銭徳洪)・王(王畿)・黄・陳・欧(欧陽徳)・鄒(鄒守益)から、下は明末清初の大儒に至るまで、みな読みあさり講じ磨いて、一朝一夕のことではなかった。だからその微妙な趣旨と奥義を得たことは言うまでもない。またその長所短所や病の由来を見抜いたことは、きっとあの三人より深いのではないか。山陽頼翁(頼山陽)が先生に寄せた詩に「君を号して小陽明と呼ぶべし」とある。翁は自ら歴史家をもって任じる人である。だからこれがへつらいの言葉でないことがわかる。

解説

誠之は中斎の学問の歩みを語る。訓詁と詩文に流れた当時の儒風の中で、中斎も長く型にはまっていたが、『古本大学』を読んで誠意致知の旨を悟り、陽明と心が合ったという。中江藤樹・熊沢蕃山・三輪執斎の後に絶えていた日本の陽明学を独り継いだとし、朱子学から陽明門下の諸書まで深く渉猟したからこそ良知の奥を明らかにできたと説く。頼山陽が中斎を「小陽明」と呼んだ詩も引かれる。型にはまった時期を経てこそ本物の悟りがあり、広い下地があってこそ一つの学の長所短所が見えるという順序は、どの分野の学びにも通じる。

この章句が説くこと

良知誠意致知陽明学大学大塩中斎

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