潜夫論 / 實邊
夫製國者,必照察遠近之情偽,預禍福之所從來,乃能盡群臣之筋力,而保興其邦家。前羌始叛,草創新起,器械未備,虜或持銅鏡以象兵,或負板案以類楯,惶懼擾攘,未能相持一城,易製爾。郡縣皆大熾,及百姓暴被殃禍,亡失財貨人哀奮怒,各欲報仇,而將帥皆怯劣軟弱,不敢討擊。但坐調文書,以欺朝廷,實殺民百則言一,殺虜一則言百。或虜實多而謂之少,或實少而謂之多。傾側巧文,要取便身利己,而非獨憂國之大計,哀民之死亡也。又放散錢穀,殫盡府庫,乃複從民假貸,強奪財貨,千萬之家,削身無餘,萬民遺竭,因隨以死亡者,皆吏所餓殺也。其為酷痛,甚於逢虜。寇鈔賊虜,忽然而過,未必死傷,至使所搜索剽奪,遊踵塗地。或覆宗滅族,絕無種類,或孤婦女,為人奴婢。遠見販賣,至今不能自治者不可勝數也。此之感天致災,尤逆陰陽,且夫士重遷,戀慕墳墓,賢不肖之所同也。
新字:夫製国者,必照察遠近之情偽,預禍福之所従来,乃能尽群臣之筋力,而保興其邦家。前羌始叛,草創新起,器械未備,虜或持銅鏡以象兵,或負板案以類楯,惶懼擾攘,未能相持一城,易製爾。郡県皆大熾,及百姓暴被殃禍,亡失財貨人哀奮怒,各欲報仇,而将帥皆怯劣軟弱,不敢討撃。但坐調文書,以欺朝廷,実殺民百則言一,殺虜一則言百。或虜実多而謂之少,或実少而謂之多。傾側巧文,要取便身利己,而非独憂国之大計,哀民之死亡也。又放散銭穀,殫尽府庫,乃複従民仮貸,強奪財貨,千万之家,削身無余,万民遺竭,因随以死亡者,皆吏所餓殺也。其為酷痛,甚於逢虜。寇鈔賊虜,忽然而過,未必死傷,至使所捜索剽奪,遊踵塗地。或覆宗滅族,絶無種類,或孤婦女,為人奴婢。遠見販売,至今不能自治者不可勝数也。此之感天致災,尤逆陰陽,且夫士重遷,恋慕墳墓,賢不肖之所同也。
書き下し
夫れ国を製する者は、必ず遠近の情偽を照察し、禍福の従りて来る所に預かり、乃ち能く群臣の筋力を尽くして、其の邦家を保興す。前に羌始めて叛くや、草創新たに起こり、器械未だ備わらず、虜は或いは銅鏡を持ちて以て兵に象り、或いは板案を負いて以て楯に類す、惶懼擾攘して、未だ一城を相い持つ能わず、製し易きのみ。郡県皆大いに熾んにして、百姓暴かに殃禍を被るに及び、財貨を亡失し人哀奮怒し、各おの仇に報いんと欲するに、将帥は皆怯劣軟弱にして、敢えて討撃せず。但だ坐して文書を調え、以て朝廷を欺き、実に民を殺すこと百なれば則ち一と言い、虜を殺すこと一なれば則ち百と言う。或いは虜実に多くして之を少なしと謂い、或いは実に少なくして之を多しと謂う。傾側巧文、要は身を便にし己を利するを取るにして、独り国の大計を憂い、民の死亡を哀れむに非ず。又銭穀を放散し、府庫を殫尽し、乃ち復た民より仮貸し、財貨を強奪す。千万の家、身を削りて余り無く、万民遺れ竭き、因りて随いて死亡する者は、皆吏の餓殺する所なり。其の酷痛たること、虜に逢うより甚だし。寇鈔賊虜は、忽然として過ぎ、未だ必ずしも死傷せず、搜索剽奪する所をして、遊踵塗地ならしむるに至る。或いは宗を覆し族を滅ぼし、絶えて種類無く、或いは孤婦女、人の奴婢と為り、遠く販売せられ、今に至るまで自ら治むる能わざる者は勝げて数うべからざるなり。此の天を感ぜしめ災いを致し、尤も陰陽に逆うなり。且つ夫れ士は遷るを重んじ、墳墓を恋慕するは、賢不肖の同じくする所なり。
現代語訳
国を治める者は、必ず遠近の事情の真偽をよく見て、禍福が来るもとを見通し、そうして初めて群臣の力を尽くさせ、国と家を守り興すことができます。先に羌が叛いたとき、起こったばかりで武器も整わず、賊は銅の鏡を持って兵器に見せかけ、板の机を背負って盾のように見せていました。慌て乱れ、一つの城さえ持ちこたえられない有様で、制するのは容易でした。郡県が皆盛んで、民がにわかに災いを被り、財貨を失い、人々が悲しみ憤り、それぞれ仇を討ちたいと思っても、将帥はみな臆病で弱く、敢えて討ちませんでした。座ったまま文書を整えて朝廷を欺き、実際には民が百人殺されても一人と報告し、賊が一人殺されると百人と報告しました。賊が実際に多いのに少ないと言い、実際に少ないのに多いと言うこともありました。言葉をねじ曲げて巧みに飾り、狙いは自分を便利にして利益を得ることで、国の大計を憂い、民の死亡を哀れんでいるのではありません。さらに銭や穀物を放出し、倉庫を空にし、そのあと民から借り上げ、財貨を強奪しました。千万の家が身を削って何も残らず、万民が尽き果て、そのために死んだ者は、皆役人に餓死させられたのです。その酷さと痛みは、賊に遭うより甚だしいものでした。賊の略奪は、突然通り過ぎるだけで、必ずしも死傷するとは限らず、探し回って奪われる人々を道に倒れさせるに至ります。一族を滅ぼして血筋が絶えたり、孤児や寡婦が人の奴婢となり、遠くに売られ、今に至るまで自分の力で立て直せない者は数えきれません。これは天を動かして災いを招き、とりわけ陰陽の道理に逆らうものです。そもそも士は移ることを重く見て、墳墓を恋い慕うのは、賢い者も愚かな者も同じなのです。
解説
この章句が説くこと
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うひ山ぶみ・注[ノ]又後世風をもすてずしておのづからの勢ヒにて、後世の歌に至りては、実情をよめるは、百に一ツも有がたく、皆作りことになれる也、然はあれども、その作れるは、何事を作れるぞといへば、その作りざまこそ、世世にかはれることあれ、みな世の人の思ふ心のさまを作りいへるなれば、作り事とはいへども、落るところはみな、人の実情のさまにあらずといふことなく、古ヘの雅情にあらずといふことなし、さればひたすらに後世風をきらふは、その世々に変じたるところをのみ見て、変ぜぬところのあることをばしらざる也、後世の歌といへども、上代と全く同じきところあることを思ふべし、猶いはば、今の世の人にして、万葉の古風をよむも、己が実情にはあはず、万葉をまねびたる作り事也、もしおのが今思ふ実情のまゝによむをよしとせば、今の人は、今の世俗のうたふやうなる歌をこそよむべけれ、古ヘ人のさまをまねぶべきにはあらず、万葉をまねぶも、既に作り事なるうへは、後世に題をまうけて、意を作りよむも、いかでかあしからん、よき歌をよまんとするには、
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『斉家論』下答ふ、此の御歌は、人々天地に受けたる心を直に用ゐるときは、即ち神なることをしらせ玉ふ所なり。汝は父が悪事を証す悪人を、反つて正直者と思ひ、御神託と同じやうに見なすは理に闇きゆへ是非わかれず。彼が不善を知らんと思はゞ、実情を知るべし。実情の発る処をいはゞ、こゝに人あらんに、その父、人を殺さば、はつと驚くは子の常なり。又父が羊を攘みしと聞くときも、はつと驚く情発るは、鏡に物の移り、形に影のそふがごとく、間に髪を入れず。此の所にて豈直不直を論ぜんや。これ惻隠の情にて実情なり。常人は勝手にひかれ思慮おほく、其の意に思ふは、此の事人が知るべきか、定めて知るべし、隠し課することはなるまじ、迚も隠されぬことならば、人にいはれぬ前に、
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うひ山ぶみ・注[ノ]又後世風をもすてずして後世の歌は、みな実情にあらず、題をまうけて、己が心に思はぬ事を、さまざまとつくりて、意をも詞をも、むつかしくくるしく巧みなす、これみな偽。
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『潜夫論』邊議禍福の実に明らかなる者は、虚論を以て惑わすべからず。治乱の情を察する者は、華飾を以て移すべからず。是の故に疑わざるの事は、聖人謀らず。浮遊の説は、聖人聴かず。何となれば、計は是の実に背かずして更ごも争い言うなり。是を以て明君は先ず人情を尽くし、独り夫の良将に委ねず。己の備えを修め、人に恃む無し、故に能く攻むれば必ず敵に勝ち、守れば必ず自ら全うす。羌の始め反せし時、計謀未だ善からず、党与未だ成らず、人衆未だ合わず、兵器未だ備わらず。或いは竹木の枝を持ち、或いは空手にて相い附き、草食散乱し、未だ都督有らず、甚だ破り易きなり。然れども太守令長、皆奴怯畏偄にして敢えて撃たず、故に虜をして遂に勝ちに乗じ上強ならしめ、州を破り郡を滅ぼし、日に炎炎たるを長ぜしむ。三輔を残破し、覃びて鬼方に及び、此くの若くして已に積むこと十歳なり。百姓の害を被ること、今に訖るまで止まず、而るに癡兒呆子は、尚お当に救助すべからず、且く天の時を待たんと云う。意を用うること此の若し、豈に人ならんや。
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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『韓非子』外儲說左上第三十二斉に居士田仲なる者有り、宋人屈穀之に見えて曰く、「穀聞く先王の義は、人を恃仰して食はずと。今穀に巨瓠有り、堅きこと石の如く、厚くして竅無し、之を献ぜん。」仲曰く、「夫れ瓠の貴ぶ所は、其の以て盛るべきを謂ふなり。今厚くして竅無ければ、則ち剖きて以て物を盛るべからず。而して任重きこと堅石の如ければ、則ち以て剖きて以て斟むべからず。吾以て瓠を為すこと無きなり。」曰く、「然り、穀将に之を棄てんとす。」今田仲人を恃仰して食はず、亦人の国に益無し、亦堅瓠の類なり。虞慶屋を為る、匠人に謂ひて曰く、「屋太だ尊し。」匠人対へて曰く、「此れ新屋なり、塗濡れて椽生なり。」虞慶曰く、「然らず。夫れ濡塗は重くして生椽は撓む、撓椽を以て重塗に任ず、此れ宜しく卑かるべし。更に日久しければ、則ち塗乾きて椽燥く。塗乾けば則ち軽く、椽燥けば則ち直し、直椽を以て軽塗に任ず、此れ益ます尊からん。」匠人詘し、之を為りて屋壊る。一に曰く、虞慶将に屋を為らんとす、匠人曰く、「材生にして塗濡る。夫れ材生なれば則ち撓み、塗濡るれば則ち重し、撓を以て重に任ず、今成ると雖も、久しくして必ず壊れん。」虞慶曰く、「材乾けば則ち直く、塗乾けば則ち軽し。今誠に乾くを得ば、日に以て軽直ならん、久しと雖も、必ず壊れず。」匠人詘し、之を作りて成る、間有りて、屋果して壊る。范且曰く、「弓の折るるは、必ず其の尽くるに於てし、其の始めに於てせざるなり。夫れ工人の弓を張るや、檠に伏すること三旬にして弦を蹈み、一日にして機を犯す、是れ之を其の始めに節して之を其の尽くるに暴するなり、焉んぞ折るること無きを得ん。且つ弓を張ること然らず、檠に伏すること一日にして弦を蹈み、三旬にして機を犯す、是れ之を其の始めに暴して之を其の尽くるに節するなり。」工人窮し、之を為りて、弓折る。范且・虞慶の言は、皆文弁辞勝りて事の情に反す。人主説びて禁ぜず、此れ敗るる所以なり。
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