潜夫論 / 思賢
夫治世不得真賢,譬猶治疾不得良醫也。治疾當真人蔘,反得支羅服;當得麥門冬,反烝橫麥。已而不識真,合而服之,病以侵劇,不自知為人所欺也,乃反謂方不誠,而藥皆無益於病,因棄後藥而弗敢飲,而便求巫覡者,雖死可也。人君求賢,下應以鄙,與真不以枉,已不引真,受猥官之,國以侵亂,不自知為下所欺也,乃反謂經不信,而賢皆無益於救亂,因廢真賢,不復求進,更任俗吏,雖滅亡可也。三代以下皆以支羅服烝橫麥合藥,病日痁而遂死也。
新字:夫治世不得真賢,譬猶治疾不得良医也。治疾当真人蔘,反得支羅服;当得麦門冬,反烝横麦。已而不識真,合而服之,病以侵劇,不自知為人所欺也,乃反謂方不誠,而薬皆無益於病,因棄後薬而弗敢飲,而便求巫覡者,雖死可也。人君求賢,下応以鄙,与真不以枉,已不引真,受猥官之,国以侵乱,不自知為下所欺也,乃反謂経不信,而賢皆無益於救乱,因廃真賢,不復求進,更任俗吏,雖滅亡可也。三代以下皆以支羅服烝横麦合薬,病日痁而遂死也。
書き下し
夫れ世を治めて真賢を得ざるは、譬えば猶お疾を治めて良医を得ざるがごとし。当に真の人蔘なるべきに、反って支羅服を得、当に麦門冬を得べきに、反って横麦を烝す。已にして真を識らず、合わせて之を服し、病以て侵いよ劇しく、自ら人に欺かるるを知らず、乃ち反って方は誠ならずと謂い、薬は皆病に益無しと、因りて後の薬を棄てて敢えて飲まず、而して便ち巫覡を求むる者は、死すと雖も可なり。人君の賢を求むるに、下は応ずるに鄙を以てし、真を与うるに枉げざるを以てせず、已に真を引かず、猥を受けて之に官し、国以て侵いよ乱れ、自ら下に欺かるるを知らず、乃ち反って経は信ならずと謂い、賢は皆乱を救うに益無しと、因りて真賢を廃し、復た求め進めず、更に俗吏を任ず、滅亡すと雖も可なり。三代以下は皆支羅服・烝横麦を以て薬を合わせ、病日びに痁みて遂に死するなり。
現代語訳
世を治めるのに本物の賢者を得られないのは、病を治すのに良い医者を得られないのに似ています。本物の人参であるべきところに、かえって支羅服が手に入り、麦門冬を得るべきところに、かえって横麦を蒸したものが手に入ります。しかも本物を見分けられず、それらを調合して服用し、病はますます重くなります。自分が欺かれたことを知らず、かえって処方が誠でない、薬はどれも病に益がないと言って、後の薬を捨てて飲まず、そのまま祈祷師を求めるなら、死んでも仕方がありません。君主が賢者を求めるときも、下の者は粗悪なものを差し出し、本物を与えるのに偽りを避けず、自分も本物を引き立てず、雑多な者を受け入れて官に就け、国はますます乱れます。自分が下の者に欺かれたと知らず、かえって経典は信じられない、賢者は皆乱を救うのに益がないと言って、本物の賢者を退け、再び求め進めず、さらに俗吏を任じるなら、滅亡しても仕方がありません。三代以降は、みな支羅服や蒸した横麦で薬を合わせるように人を用い、病は日々重くなって、ついに死に至ったのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『潜夫論』思賢夫れ死人と病を同じくする者は、生くべからず。亡国と行いを同じくする者は、存すべからず。豈に虚言ならんや。何を以て人の且に病まんとするを知る。其の食を嗜まざるを以てなり。何を以て国の将に乱れんとするを知る。其の賢を嗜まざるを以てなり。是の故に病家の厨は、嘉饌無きに非ず、乃ち其の人之を食らう能わず、故に遂に死に於いてす。乱国の官は、賢人無きに非ず、其の君之を任ずる能わず、故に遂に亡に於いてす。夫れ生飯粳粱、旨酒甘醪は、生を養う所以なり。而るに病人之を悪み、以て菽麦糠糟の清からんと欲する者に若かずと為す、此れ其の将に死せんとするの候なり。賢を尊び能を任じ、忠を信じ諫を納るるは、安を為す所以なり。而るに暗君之を悪み、以て奸佞瑽茸讒諛言の者に若かずと為す、此れ其の将に亡びんとするの征なり。老子曰く、「夫れ唯だ病を病とす、是を以て病まず」と。易に称す「其れ亡びん其れ亡びんとして、苞桑に係く」と。是の故に寿を養うの士は、病に先んじて薬を服す。世を養うの君は、乱に先んじて賢を任ず、是を以て身常に安くして国永永なり。
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『潜夫論』思賢上医は国を医し、其の次は下医疾を医す。夫れ人の国を治むるは、固より身を治むるの象なり。疾は身の病、乱は国の病なり。身の病は医を待ちて愈え、国の乱は賢を待ちて治まる。身を治むるに黄帝の術有り、世を治むるに孔子の経有り。然るに病愈えず乱治まらざるは、唯だ針石の法誤り、五経の言誣わるればなり。乃ち之に因る者其の人に非ず。苟くも其の人に非ざれば、則ち規は円ならず矩は方ならず、縄は直ならず準は平かならず、鑚燧は火を得ず、鼓石は金を下さず、金馬は以て速きを追うべからず、土舟は以て水を渉るべからず。凡そ此の八者は、天の張道にして、形有り物に見ゆるも、苟くも其の人に非ざれば、猶お尚お功無し、則ち又況んや道術を懐いて以て民氓を撫し、六龍に乗りて以て天心を禦する者をや。
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『潜夫論』賢難今の世主の士に於けるや、目に賢を見れば則ち敢えて用いず、耳に賢を聞けば則ち及ばざるを恨む、自ら知有りと雖も、猶お取る能わず、必ず更に群司の挙ぐる所を待つ、則ち亦た麟鹿を失いて艾猳を獲んことを懼る、奈何ぞ其の分かたざる者なるや。未だ風の変を過ぎざる者の故なり。俾し一朝奇政の両つながら集まれば、則ち険隘の徒、瑽茸の質、亦た将に別たれんとす。夫れ衆小は朋党して位を固め、讒妒は群れ吠えて賢を齧む、禍敗を為すこと豈に希ならんや。三代の以て覆り、列国の以て滅びしも、後人猶お革むる能わず。此れ万官の屢しば守を失い、天命の数しば常靡き所以の者なり。詩に云う、「国既に卒く斬たる、何を用てか監みざる」と。嗚呼、時君俗主、此れを察せざるかな。
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『潜夫論』潛歎凡そ国を有つの君は、未だ嘗て治まらんと欲せずんばあらず。而るに治の世に見われざるは、任ずる所の賢ならざる故なり。世に未だ嘗て賢無きにあらざるなり。而るに賢の用いらるるを得ざるは、群臣の妒めばなり。主に賢を索むるの心有りて、賢を得るの術無く、臣に賢を進むるの名有りて、賢を進むるの実無し。此れ人君の上に孤危にして、道の猶お下に抑えらるる所以なり。夫れ国君の治を致す所以は、公なり。公法行わるれば則ち軌乱絶ゆ。佞臣の身を便にする所以は、私なり。私術用いらるれば則ち公法奪わる。列士の節を建つる所以は、義なり。正節立てば則ち醜類代わる。此れ奸臣乱吏、無法の徒の、日夜に賢君義士の間を杜塞し、咸な相得ざらしむと謂う所の者なり。夫れ賢者の人臣たるや、君を損なわずして以て佞を奉じ、衆に阿らずして以て容れらるるを取り、公を惰らずして私を聴き、法を撓めずして剛を吐く。其の明は能く奸を照らし、而して義は党に比せず。是を以て范武晋に帰りて国の奸逃れ、華元朝に反りて魚氏亡ぶ。故に正義の士は、邪枉の人と両立せず。
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『潜夫論』思賢先王の制は、官民必ず其の材を論じ、論定まりて後に之に爵し、位定まりて然る後に之に禄す。人君也た此の君察せずして、苟くも親戚邑官の人を以て官を典らしむれば、譬えば猶お愛子を以て禦仆に易え、明珠を以て瓦礫に易うるがごとし。愛好すべきの情有りと雖も、然れども其の大車を覆して病人を殺すや必せり。《書》に「天工は人其れ之に代わる」と称し、伝に曰く、「夫れ天地の力を成す者は、未だ嘗て蕃昌せずんばあらず」と。地に由りて之を観れば、世主の無功の人を欲して、強いて之を富ましむれば、則ち是れ天と鬥うなり。徳況の無き人をして、皇天と鬥いて久しく立たんと欲せしむること、古より以来、未だ之有らず。
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『潜夫論』實貢国は賢を以て興り、諂を以て衰う。君は忠を以て安く、忌を以て危うし。此れ古今の常論にして世の共に知る所なり。然るに哀国危君の継踵として絶えざるは、豈に世に忠信正直の士無きならんや。誠に忠信正直の道の行わるるを得ざるに苦しむのみ。夫れ十歩の間にも、必ず茂草有り、十室の邑にも、必ず俊士有り。賢材の生ずること、日月相い属し、未だ嘗て乏絶せず、是の故に乱殷に三仁有り、小衛に君子多し。漢の広博、士民の衆多、朝廷の清明、上下の修治を以てして、官に直吏無く、位に良臣無きは、此れ今世に賢無きに非ず、乃ち賢者廃錮せられて、聖主の朝に達するを得ざるのみ。
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