政談 / 儒者の事
御家に罷在る儒者とも心得の筋違ひたる故、何れも學問は怠り、御用にたゝぬもの多し、此の以前林內記が父春齋に人見友元異見を云ひたることあり、林家の學者は經學を說く何れも講釋下手なり、心を付けらるべしと云へば、春齋以ての外に立腹し、某か家は道春以來御用の筋を第一とし、弟子ともにも廣く學問をさすることにて、嘉右衛門などがやうに講釋を專らにせぬこと家風也、其方異見のことをせば家の學問は軈て廢るべしと云ふ、春齋は其の時分上野の下屋敷に居住す、屋敷の內に學寮を作り、弟子とも三十人計り付居たり、其の敎へ方五科十等と云ふことを立たり、五科と云ふは經學科讀書科詩科文科和學科なり、是は人々學問に得手不得手あること凡そ五科に分けて學問をさせるたる也、十等と云ふは十段に階級を立て、五科ともに學問の進み次第階級を昇せて褒美し、公儀より下されたる十人扶持、一人半扶持より七人半扶持迄段々に弟子どもに吳れて是にて勢を付け、貧學の者の助成にもしたるなり、此の時分までは惣躰世間の學問未だ前方なることなれとも、道春よりの傳來を失はず宜しき仕形也、
新字:御家に罷在る儒者とも心得の筋違ひたる故、何れも学問は怠り、御用にたゝぬもの多し、此の以前林内記が父春斎に人見友元異見を云ひたることあり、林家の学者は経学を説く何れも講釈下手なり、心を付けらるべしと云へば、春斎以ての外に立腹し、某か家は道春以来御用の筋を第一とし、弟子ともにも広く学問をさすることにて、嘉右衛門などがやうに講釈を専らにせぬこと家風也、其方異見のことをせば家の学問は軈て廃るべしと云ふ、春斎は其の時分上野の下屋敷に居住す、屋敷の内に学寮を作り、弟子とも三十人計り付居たり、其の教へ方五科十等と云ふことを立たり、五科と云ふは経学科読書科詩科文科和学科なり、是は人々学問に得手不得手あること凡そ五科に分けて学問をさせるたる也、十等と云ふは十段に階級を立て、五科ともに学問の進み次第階級を昇せて褒美し、公儀より下されたる十人扶持、一人半扶持より七人半扶持迄段々に弟子どもに呉れて是にて勢を付け、貧学の者の助成にもしたるなり、此の時分までは惣体世間の学問未だ前方なることなれとも、道春よりの伝来を失はず宜しき仕形也、
書き下し
御家に罷在る儒者とも心得の筋違ひたる故、何れも学問は怠り、御用にたゝぬもの多し、此の以前林内記が父春斎に人見友元異見を云ひたることあり、林家の学者は経学を説く何れも講釈下手なり、心を付けらるべしと云へば、春斎以ての外に立腹し、某か家は道春以来御用の筋を第一とし、弟子ともにも広く学問をさすることにて、嘉右衛門などがやうに講釈を専らにせぬこと家風也、其方異見のことをせば家の学問は軈て廃るべしと云ふ、春斎は其の時分上野の下屋敷に居住す、屋敷の内に学寮を作り、弟子とも三十人計り付居たり、其の教へ方五科十等と云ふことを立たり、五科と云ふは経学科読書科詩科文科和学科なり、是は人々学問に得手不得手あること凡そ五科に分けて学問をさせるたる也、十等と云ふは十段に階級を立て、五科ともに学問の進み次第階級を昇せて褒美し、公儀より下されたる十人扶持、一人半扶持より七人半扶持迄段々に弟子どもに呉れて是にて勢を付け、貧学の者の助成にもしたるなり、此の時分までは惣体世間の学問未だ前方なることなれとも、道春よりの伝来を失はず宜しき仕形也、
現代語訳
御家に仕えている儒者たちは心得の筋が違っているので、皆学問を怠り、御用に立たない者が多い。以前、林内記(鳳岡)の父の春斎(鵞峰)に、人見友元が意見したことがある。「林家の学者は経学を説くが、皆講釈が下手である。心を付けられるべきだ」と言うと、春斎はもってのほかに立腹し、「わが家は道春(羅山)以来、御用の筋を第一とし、弟子たちにも広く学問をさせるのであって、嘉右衛門(山崎闇斎)などのように講釈をもっぱらにしないのが家風である。そなたの意見のとおりにすれば、家の学問はやがて廃れるだろう」と言った。春斎はその頃、上野の下屋敷に住み、屋敷の内に学寮を作り、弟子たち三十人ばかりが付いていた。その教え方は「五科十等」というものを立てていた。五科というのは経学科・読書科・詩科・文科・和学科である。これは人々の学問に得手不得手があるのを、おおよそ五科に分けて学問をさせたのである。十等というのは十段に階級を立て、五科ともに学問の進み次第に階級を昇らせて褒美とし、公儀から下された十人扶持を、一人半扶持から七人半扶持まで段々に弟子たちに与えて、これで励みを付け、貧しい学生の助けにもしたのである。この時分までは世間全体の学問はまだ未熟であったが、道春以来の伝来を失わず、よいやり方であった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』學問の事昌平坂高倉屋敷は塲所悪しきなり、唯々儒者を江戸中所々に配り置き、人々勝手次第に参る様に有りたきことなり、然れは教ゆる人も学ぶ人も勝手よきなり、学問は公儀の勤めとば違ひて畢竟内証のことなれは、勝手よくならねはならぬことなり、新太郎少将は備前一国の身上にてさへ学校を三ケ所に立させたるなり、是れ遠方へ通ひては学ふものゝ不勝手なる故なり、当時急度学校と云ことにてなくとも、儒者共の宅に上より稽古所を御立下され、屋敷をも広く被下弟子とも多くて書写の御用をも勤むべきほどならは、弟子ともに御扶持にても是を下され当時与力などに仰付らるゝ御写物御用を右の者へ仰付られば、学者の取り扱ふこと故文字も正しく被合も宜かるへし、
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『政談』學問の事学問の事上の御世話にて昌平坂高倉屋敷にて儒者とも講釈すれとも、御旗本の武士に聴く人絶えてなし、只町人町医者家中の士など少々承はる、此の輩のために計り御世話遊ばさるゝこと詮もなきことなり、是れ仕形宜からさる故上の思召と相違すると見えたり、第一稽古事は公役の稽古は人々せぬものなり、手前の信向なる師なれは付届に物入りても、稽古をする心なれば稽古をするなり、是れ人情の必とすること也、其の上師は尊く弟子は卑きものなる故、師の方に権なければ教はならぬものなり、右の如く講釈所へ役目に講釈をすることなれは師の方に権なし、是亦道理に背く故教の益なきなり、
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『政談』儒者の事此の外兵学は江家の家に伝へて、八幡太郎も大江匡房より兵学を伝へたまへり、当時も詩文章律和学兵学数学書学と八色ほどに分け、御家の儒者とも何れとも思ひ寄次第に此の内を一色つゝは請取り、子供にも教へ御用に立つやうに心掛くへしと仰渡され度こと也、経学は家業なれは、御催促に不及ことなり、其の筋々の請取り次第に御蔵の書籍をも御貸し、一色成就して御用にもたゝば芸料をも下され規摸なるやうにあらは、何れも御用に立つやうに成へし、白人の学問も是につれて御用に立つ筋に成へし、何れも何の用にもたゝず、心法のけしき理非の争など、無用の学問とすべし、
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『政談』儒者の事然るに御先々前御代に講釈を専らに遊されたるより、儒者ども外の学問はせず、講釈を役目の様に覚えたることに成りて、今は何れも無学に成り御用に立ぬことに成たり、且又内記父子計りに御用を仰付られ、格別に結搆に成りたる故、外の儒者共は自から御用なきものになりて、学問をせぬ筋もあるべし、惣して聖人の道は元来治国平天下の道なる故、政務の筋に入用あることを第一とすること古より斯の如し、其の上人の器量に得手不得手ありて、一人にて諸事は兼ねられぬ上に小身にては弘きことには力も届き兼ぬることもあるによりて、日本の古も四道の儒者と云ふことありて、第一記伝道と云ふは歴史を弘く見て諸文を専らとす、異国の御用吉国のはれわざする故是を第一とす、管家江家是なり、明経道と云ふは十三経を家業とす、清家中家是なり、明法道は律令格式を専らとす、坂上中原是なり、算道は算数にて歴学天文を兼ぬ小槻安倍等是也、
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『政談』學問の事偖又日本国中は相持なる道理にて、諸大名の家にて学問はやれば、学者の身上の片付あるによりて、善き学者も多く出来、御家の儒者も昏然と学問を励むべきことなれは、十万石以上の大名には其の在所に学校のやうなることを立させ度ことなり、大抵五百石ほどのもの入にて学校は出来することなり、松平民部大輔萩に学校のやうなることを立て、釈菜をもさせ扶持方等の料に五百石付置き、毎年書籍を求むる料に又五百石、合せて千石程のことにて家来に学問をさする故、今は彼の家中に学者多く出来したり、されども西国大名の習ひ、公儀を憚りて深く之をかくすなり、十万石以上さへ右ほどのもの入は心安きことなり、上より仰付られは何れも出来すべし、又不被仰付とも仕形によりて自から何れも取立ることにもなるべし、兎角世に久しく絶えたる学問を取興すことなれば、余ほど仰付なくては思ふやうには成がたかるべし、
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『政談』學問の事偖御旗本の学問あるをば、其の向寄の儒者ともより若年寄御番頭へ申さすへし、尤も学問なき人の贔負にて有と云やうなることも有べけれとも、兎角芸の事は其の芸者の方より申し立つるを証拠にせざれば知るへきやうなきことなり、偖学問ある人を撰みて御役人に仰付らるゝやうにもあらば、学問ははやるべきことなり、されども学問なく上も知行高と、家筋にて御役人にはなることと人々覚え居ることなる故気のつまることはせね道理なり、古は学問なければ公辺の勤めもならぬやうに徳を立て置きたる故、自から武家も学問を仕たると見えたり、源頼義大江匡房と書翰往来のこと本朝文粋に之あり、頼義奥州退治の時上表せられたることなどあり、又義家丹波の椽の時新田開発の下し文を先年見たり、共に仲々かたき文章なり、当時は学問なくても御奉公の差支はなきこと故、気のつまることをせぬ筈のこと也、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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