政談 / 總して御觸の事
公儀よりの御ふれ御入國より以來當時に至る迄數十百にあまりて夥し、御旗本のともからも、國々にても町かたにても一々に覺え難きなり、其內に昔の御ふれの筋を引きちかへて替りたることもあり、何れは守らさる法やらん、いつればかり守る法やらん、是れ亦紛はしくて下の心に疑ひ多し、上よりも中頃の御ふれの趣をは用ひすして、遠き數十年以前の御ふれを取り出して下を御咎めあることも是あるやうに承はる、されはあまり法度多くて却て下たるものゝ迷ひとなる、昔よりの御法度の趣を調へ吟味して守らさる法をは省き、守るへき法計りを勝り定められたきことなり、法度は少きをよしとすること古の道なり、數多き時は下たるもの覺えにくゝて守らぬものなり、これは何ことも御役人の筋は老中を初め定めたる職掌なくて、何もかも一人へ取りこみて月番と云ふことにて、一月切りにさばく故忙かはしきと、又月番のちかひにて前後の相違も出來ると見えたり、
新字:公儀よりの御ふれ御入国より以来当時に至る迄数十百にあまりて夥し、御旗本のともからも、国々にても町かたにても一々に覚え難きなり、其内に昔の御ふれの筋を引きちかへて替りたることもあり、何れは守らさる法やらん、いつればかり守る法やらん、是れ亦紛はしくて下の心に疑ひ多し、上よりも中頃の御ふれの趣をは用ひすして、遠き数十年以前の御ふれを取り出して下を御咎めあることも是あるやうに承はる、されはあまり法度多くて却て下たるものゝ迷ひとなる、昔よりの御法度の趣を調へ吟味して守らさる法をは省き、守るへき法計りを勝り定められたきことなり、法度は少きをよしとすること古の道なり、数多き時は下たるもの覚えにくゝて守らぬものなり、これは何ことも御役人の筋は老中を初め定めたる職掌なくて、何もかも一人へ取りこみて月番と云ふことにて、一月切りにさばく故忙かはしきと、又月番のちかひにて前後の相違も出来ると見えたり、
書き下し
公儀よりの御ふれ御入国より以来当時に至る迄数十百にあまりて夥し、御旗本のともからも、国々にても町かたにても一々に覚え難きなり、其内に昔の御ふれの筋を引きちかへて替りたることもあり、何れは守らさる法やらん、いつればかり守る法やらん、是れ亦紛はしくて下の心に疑ひ多し、上よりも中頃の御ふれの趣をは用ひすして、遠き数十年以前の御ふれを取り出して下を御咎めあることも是あるやうに承はる、されはあまり法度多くて却て下たるものゝ迷ひとなる、昔よりの御法度の趣を調へ吟味して守らさる法をは省き、守るへき法計りを勝り定められたきことなり、法度は少きをよしとすること古の道なり、数多き時は下たるもの覚えにくゝて守らぬものなり、これは何ことも御役人の筋は老中を初め定めたる職掌なくて、何もかも一人へ取りこみて月番と云ふことにて、一月切りにさばく故忙かはしきと、又月番のちかひにて前後の相違も出来ると見えたり、
現代語訳
公儀からの御触は、御入国以来今に至るまで数十百を超えておびただしい。御旗本の者も、諸国でも町方でも、いちいち覚えることはできない。そのうちには昔の御触の筋を引き違えて変わったものもある。どれが守られていない法なのか、どれだけを守る法なのか、これもまた紛らわしくて、下の心に疑いが多い。上からも、中ごろの御触の趣旨を用いずに、遠い数十年前の御触を取り出して下をお咎めになることもあるように聞いている。だから、あまりに法度が多くてかえって下の者の迷いとなる。昔からの御法度の趣旨を調べ吟味して、守られていない法は省き、守るべき法だけを選び定めてほしいものである。法度は少ないのをよしとするのが古の道である。数が多いと下の者は覚えにくくて守らないものである。これは何事も役人の筋が、老中をはじめ定まった職掌がなく、何もかも一人に取り込んで、月番ということで一月切りにさばくので忙しく、また月番の違いによって前後の食い違いもできるのだと見える。
解説
この章句が説くこと
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『政談』總して御觸の事御ふれの文言近年は悪しくなりたり、正徳のころより文言廻はり遠きゆゑに、ふれ下への号令は下のよく合点してまがひなきやうにすること肝要なり、此等は経きことのやうなれとも、御ふれのこととも諸大名写し伝へて遠国まても見ることなる故、文言あしきときは必す下にて評判をするものなり、されは公儀の御役人の粗末なることを天下へ知らする道理なれは嗜むへきことなり、易に号令のことをは視の卦にこれをときて視はしめすとよむ字なり、人に見せしらすることなり、されは号令は天下に知らせ、その文言をも天下の人に見することなれは心を付ること古道也、
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『政談』御觸の廻狀早速行屆ざる事御ふれの廻状当時は翌日の昼頃まても行き渡らす、明日惣出仕と云ふに出仕は済めとも廻状は未た行きわたらす、又鳴りもの停止なとの御ふれもかた〳〵にては知りて物音を立てぬに、かた〳〵にては乱舞琴三味線最中なる家もあり、公儀のことは大様なることゝて誉むる人もあれとも、国家の御ふれには急用も必すしもあるましきことにあらす、かやうにはあるましきことなり、されとも当時は屋数割悪しき故斯の如く不埒あるなり、異国の法五千一万の軍兵へも号令即時に行きわたること、何れも頭より支配へふれ、その上異国の組割のやう頭に頭あり、支配に支配ありて段々重りて七八段もあれとも、斯の如く神速なることは皆その組その支配を一所にさし置くこと故斯の如くなり、当時も一組を一町に置ことならは此不埒はあるまし、
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『政談』目付並に百日目付の事目付の役に当時欠けたることあり、衣服等諸事の儀に仰せ出され候御制禁の筋あれとも、搆はず之を破るを咎むる人なし、是によりて公儀の御法度は三日法度なりと世上に云ひならはす、有るましきことの第一也、其の向々より仰せ付られたることは向々支配々々の役なるへし、一統に仰せ出さることは目付の役として顕門商家を嫌はす人情なく咎めて、その支配々々へ屹とことはるへきことなり、但し当時は制度なき故下も守るへき形なく、御目付も咎むへきやうなき故に斯の如く成たる事なり、之に付きても制度は立てたきことなり、
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『政談』諸役人職分支配を分つ事惣して当時の有様我か事はい下の治むると云ふことをは夢にも知らす、何ことも下より申し出てさることは知りつゝも搆はず、只申し出てたるときに当りて申し出てたることばかりを捌くと云ふこと、執政を初じめ当時御役人のたて法なり、申し出てさることをも明かさ暗さを能く知り抜きて居て右の如くならは尤ものことなれとも、下に隔てられて何事の有るやらんも知らず、唯々申し出てたることばかりを捌かんとせは先例先格のあることはなるへし、先例も先格もなきことは当分の鼻の先きの智恵にて差当りに捌くこと必らす行支へ有るへきことなり、特に御老中若老中は御政務の役人なれは、一天下のことは皆知り尽してあるへきことなり、然れは何こと出来るとも捌き図に当るへし、
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『政談』諸役人職分支配を分つ事御当家の御定めなきと云ふは、土地を治むる人只年貢にても取ることはかりを我か役と覚え治めと云ふことをは夢にも知らす、偶然として暮したる故なり、其の悪弊皆下より申し出てぬことは搆はぬと云たるより出てゝ、其下より申し出てぬことは搆はぬと立つることは、上は下を咎むるものとばかり覚え居る也、これによりて世上に様々の公事六ケ敷は絶えさること也、
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『政談』諸役人職分支配を分つ事譬へは国境郷村の境山垂れ等分明ならす、度々所々の公事絶ゆることなし、是兼ねて其の所を支配する人明かに我か支配を知らぬ故なり、其の支配所を知りて事出つへき所は下より申し出てすとも、申し立てゝ御当家の御定めありたきことなり、御当家の御定め無きに遠国の事を在江戸の奉行之を捌かんとするとも詮方なし、これによりてかろきみのう撿使につかはせはかりもの格を取証拠無けれは捌かれぬ故小田原又は信玄又は信長公又は太閤なとのときの奉行の書物を証拠とす、これは先方の時分にて惣体の模様違ひたる時代を証拠に引くこと埓もなきことなり、或は室町家或は鎌倉或は往古の綸旨等を証拠に引くも年数遥かに隔りて埓もなきことは、是れ皆奉行をする面々兎角何ことも先例を引き付けたるくせにて引くましき先例を引く也、是れ皆御当家の御定めなき故也、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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