政談 / 諸役人に器量を選ふ事
偖又人を知るに筋きつかけのありと云ふ事は、大概癖のある人にすぐれたる人あるものなり、癖のある人か皆すくれたる人なりと云ふにはあらす、一癖ある者にすくれたる人多きもの也、是によりて魂に一癖ありとて名將の左樣の人を賞翫したること多きなり、聖賢の書には是を器と云ふ、器と云ふものは譬へは鎗は突くわざばかりにて切るわざなし、刀は切わざばかりにて突わざ疎し、錐は尖でさいづちの役ならす、さいづちは鈍くして錐の役ならす、惣してはものは鞘に入れて置かされは怪我をする大なる癖あり、是れ皆器なり、されとも其わさを能く取る、何れも使ふて見されは知らぬもの也、只見れは其のかたわなる所ばかりが目にかゝる是れ癖也、左れは癖のあるものにあらざれは器と云ふものにあらす、器と云ふものにあらされは役にたゝぬものなり、人も其の如し、故に人の才能智惠の面々に變りあることを器と云ふ、人々器量と云ふも比文なり、是人の才智樣々各別なる故、之を使ふて用に立つること右に云ひたる和而不同と云ふ道理に叶ふことなり、
新字:偖又人を知るに筋きつかけのありと云ふ事は、大概癖のある人にすぐれたる人あるものなり、癖のある人か皆すくれたる人なりと云ふにはあらす、一癖ある者にすくれたる人多きもの也、是によりて魂に一癖ありとて名将の左様の人を賞翫したること多きなり、聖賢の書には是を器と云ふ、器と云ふものは譬へは鎗は突くわざばかりにて切るわざなし、刀は切わざばかりにて突わざ疎し、錐は尖でさいづちの役ならす、さいづちは鈍くして錐の役ならす、惣してはものは鞘に入れて置かされは怪我をする大なる癖あり、是れ皆器なり、されとも其わさを能く取る、何れも使ふて見されは知らぬもの也、只見れは其のかたわなる所ばかりが目にかゝる是れ癖也、左れは癖のあるものにあらざれは器と云ふものにあらす、器と云ふものにあらされは役にたゝぬものなり、人も其の如し、故に人の才能智恵の面々に変りあることを器と云ふ、人々器量と云ふも比文なり、是人の才智様々各別なる故、之を使ふて用に立つること右に云ひたる和而不同と云ふ道理に叶ふことなり、
書き下し
偖又人を知るに筋きつかけのありと云ふ事は、大概癖のある人にすぐれたる人あるものなり、癖のある人か皆すくれたる人なりと云ふにはあらす、一癖ある者にすくれたる人多きもの也、是によりて魂に一癖ありとて名将の左様の人を賞翫したること多きなり、聖賢の書には是を器と云ふ、器と云ふものは譬へは鎗は突くわざばかりにて切るわざなし、刀は切わざばかりにて突わざ疎し、錐は尖でさいづちの役ならす、さいづちは鈍くして錐の役ならす、惣してはものは鞘に入れて置かされは怪我をする大なる癖あり、是れ皆器なり、されとも其わさを能く取る、何れも使ふて見されは知らぬもの也、只見れは其のかたわなる所ばかりが目にかゝる是れ癖也、左れは癖のあるものにあらざれは器と云ふものにあらす、器と云ふものにあらされは役にたゝぬものなり、人も其の如し、故に人の才能智恵の面々に変りあることを器と云ふ、人々器量と云ふも比文なり、是人の才智様々各別なる故、之を使ふて用に立つること右に云ひたる和而不同と云ふ道理に叶ふことなり、
現代語訳
さてまた、人を知るのに手がかり(筋・きっかけ)があるということは、たいてい癖のある人にすぐれた人がいるものである。癖のある人が皆すぐれた人だというのではない。一癖ある者にすぐれた人が多いものである。これによって「魂に一癖あり」といって、名将がそのような人を賞翫したことが多いのである。聖賢の書ではこれを「器」という。器というものは、たとえば槍は突く技ばかりで切る技はなく、刀は切る技ばかりで突く技は疎い。錐は尖っていて木槌の役にはならず、木槌は鈍くて錐の役にはならない。総じて刃物は鞘に入れておかなければ怪我をするという大きな癖がある。これらは皆器である。けれどもその技をよく果たす。どれも使ってみなければわからないものである。ただ見るだけでは、その片端なところばかりが目にかかる。これが癖である。だから癖のあるものでなければ器というものではなく、器というものでなければ役に立たないものである。人もそのとおりである。だから人の才能・知恵がそれぞれに異なることを器という。人々の「器量」というのもこの文字である。これは人の才智がさまざまに別々であるから、これを使って役に立てることが、前に言った「和して同ぜず」という道理にかなうのである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』誓詞の事先つ勝手の成らすして御奉公勤まらぬ人をは、其頭其の支配の世話にするこゝろあらは如何様にもなるへきことなり、不足なる生れ付き、或はむら気なる者は、是亦其の頭の世話にして家の潰れぬ仕方尤もなり、肥え太りたる人なとは肥え太りても勤まる役儀あるへし、当時は家筋きわまりて外の家にはならぬこと故病気と云ふより外の仕方なし、しゆつくはいの筋か頭と不和なることは甚た悪事のやうなれとも、皆意地あるものにあることにて、箇様なる人に器量あるものある事多し、古の明君名将は左様なるをば、様々にすかしなだめて引き出たすやうに仕玉へること多し、
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『政談』諸役人器量の選別なる事諸役に各々その掌りありて、人の器量もその役儀に随ひて撰ひ別なるへし、老中なとは政務の本締なれは国政の全体に通達し、依怙贔負なく人の善きを育てゝをとなしき人にあらすんはその職に叶ひかたし、其の中に老中は遠大の智恵あらは瑣細なる働なくとも然るへし、若老中は仮令遠大成る智恵のかたは少くとも才智の筋を専らにすへし、両役ともに人を知り人を見出すことを職分の第一となすへし、右に云たる如くにつかさどりのすずを分けは、その筋々に随ひて器量の撰ひ人別なるへし、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事されば人を知ると云ふは如何様にして知るかと云ふに、其の人を一日廻り居たれはとて其人の器量は知れぬことなり、然かるに愚かなる人は大将の目かねと云ひて、名将は一目見ても器量ある人を知るなとゝ云ふやうにて褒むるなり、夫を愚かなる人は真と心得、己れの眼力にて器量ある人を見出さんとす、ト者か神道にあらすんは知れぬ事なり、其の仔細は人になし、ちか身の器量如何なることに得手なりや、譬へはさむらい大将ならは昔甲州にて名を得たる馬塲美濃かやうなりや、内藤修理かやうなりや、山県三郎兵衛かやうなりや、高坂弾正左衛門かやうなりや、古漢の代の季慮かやうなりや、程不識かやうなるかと問はんとき、其の人己れか自身の器量を自身とさけすみて見んに全く知れまじ、其の仔細は如何なることぞと云ふに、ついにいりなと云ふものをして見ねは自身にても知れぬなり、自身にてさへ知られぬことを外より見て知るべきやう曽て之なき事なり、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事惣して今の世は諸役人ともに器量の人なし、是れ国家を第一とするに大なる憂ひなり、惣して人と法との二つをうけて知るへきこと也、法は仕方なり、人とは夫を取扱ふ人也、人さへ善けれは仕方は悪しく定めたりとも、人々器量ある故能く取扱ひて国は治まるなり、人なければ仕方を何程に吟味して能くし置きたりとも、取扱ふ人未熟なる故其の仕方のもとまて違ひて、覚えす悪しくなりて仕方を吟味して立てたるも何の用にも立たぬなり、故に国を治むる道は人を知ることを第一肝要なることとすること古より聖人の道斯の如し、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事人を知り人を使ふものは右の如し、左れとも今の世には器量の人なきやうなり、是は代末になりたる故にや、器量の人さへあれは使ふて見たらは知らるへけれとも、実に器量の人なけれは何程使ふて見ても有まじきと云ふ人あり、是亦大なる僻事也、惣して天地は古も今も同しに天地なり、古の天地は古の天地より生するものにて、人の食物も衣服も家居も何の不足もなし、今の天地は今の天地に生するものにて、是亦何の不足もなし、人も亦右の如し、今日の天地には今日生する人にて不足なし、其の代相応の器量の人なしと云ふことは道理に於いて之なきことなり、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事是に依りて人の器量を知ることは其人を使ふて見て、其の器量を知ること古よりの道なり、但し使ふと云ふに様々の差別あり、人を使ふて其の器量を知ると云ふは、上より物好きを出たさす、とせよかくせよと差図をせす、其の人の心一盃にさせて見ることなり、末世には利発なる大将程差図をして人を使ふことを好み、我か心を能く知りたるものなりなと、云ひて寵愛す、是は出頭人倖幸の臣と云ものにして真の人才にあらす、左様に使ふて見て役儀を能く取捌くと思ふは全く人の器量を使ふと云ふものにあらす、唯々我か身をいくつにも分けて諸役人をして働かす訳なれは、我か一人の智恵を用ゆるまてにて、専ら自ら用ゆると云ふものなり、
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