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政談 / 御徒士衆與力を頭の心儘に入るゝ事並に御旗本諸役人に召出さるゝ事

與力は昔公儀を願ふものを頭の心にて與力に入れ置きて、見分せ取り持ちて召し使はれたる類ひ多し、中頃より浪人の腰掛け所と云ひて、高知取りたる浪人の本知にてぬと迄の內與力に入りて居たる多きゆゑ、歷々の士多し、今は金になりたるすへらちも無きことなり、昔は御旗本の二男三男召出たさるゝことなれとも、近年は此の事絕えたり、故に二男三男は唯〻養子の口あらんことを狙ひ居て、其の内に年よれは埓もなき者になるたくひ多し、此の輩を御徒士與力御勘定御祐筆なとに入れて使ひ込み見、夫より器量なる人をは立身をもさするやうにしたきことなり、

新字:与力は昔公儀を願ふものを頭の心にて与力に入れ置きて、見分せ取り持ちて召し使はれたる類ひ多し、中頃より浪人の腰掛け所と云ひて、高知取りたる浪人の本知にてぬと迄の内与力に入りて居たる多きゆゑ、歴々の士多し、今は金になりたるすへらちも無きことなり、昔は御旗本の二男三男召出たさるゝことなれとも、近年は此の事絶えたり、故に二男三男は唯〻養子の口あらんことを狙ひ居て、其の内に年よれは埓もなき者になるたくひ多し、此の輩を御徒士与力御勘定御祐筆なとに入れて使ひ込み見、夫より器量なる人をは立身をもさするやうにしたきことなり、

書き下し

与力は昔公儀を願ふものを頭の心にて与力に入れ置きて、見分せ取り持ちて召し使はれたる類ひ多し、中頃より浪人の腰掛け所と云ひて、高知取りたる浪人の本知にてぬと迄の内与力に入りて居たる多きゆゑ、歴々の士多し、今は金になりたるすへらちも無きことなり、昔は御旗本の二男三男召出たさるゝことなれとも、近年は此の事絶えたり、故に二男三男は唯〻養子の口あらんことを狙ひ居て、其の内に年よれは埓もなき者になるたくひ多し、此の輩を御徒士与力御勘定御祐筆なとに入れて使ひ込み見、夫より器量なる人をは立身をもさするやうにしたきことなり、

現代語訳

与力は、昔は公儀への奉公を願う者を頭の心づもりで与力に入れておき、人物を見定めて取り立て、召し使われた例が多い。中ごろからは「浪人の腰掛け所」と言って、高禄を取っていた浪人が元の知行に戻るまでの間、与力に入っていた者が多かったので、れっきとした士が多かった。今は金次第になって、とりとめもないことである。昔は御旗本の次男三男も召し出されたものだが、近年はこのことが絶えた。だから次男三男はただ養子の口があることを狙っていて、そのうちに年を取ればろくでもない者になる類いが多い。この者たちを御徒士・与力・御勘定・御祐筆などに入れて使い込んでみて、そこから器量のある人は出世もさせるようにしたいものである。

解説

与力はかつて、奉公を望む者や、高禄の浪人が再仕官するまでの「腰掛け所」として、れっきとした士の受け皿になっていた。ところが今は金で売り買いされる。一方、旗本の次男三男は召し出しの道を断たれ、養子の口を待つうちに年を取って役に立たなくなる。徂徠は、彼らを御徒士や与力、勘定、祐筆に入れて実地で使い、器量ある者を出世させよと提案する。眠っている人材に下積みの場を与え、働きぶりで選ぶという発想は、現代の若手登用や社内公募にも通じる。

この章句が説くこと

人材登用与力旗本器量政談

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